満天星

増田朋美

満天星

満天星

ある日杉ちゃんと蘭が、ちょうどバラ公園の近くを散歩していた時の事である。

「おう、きれいじゃないか。見事に咲いてるじゃないか。蘭、一寸見てみろよ。」

杉ちゃんが、ある家の前で、車いすを止めた。そこには、確かに一軒の家が建っている。そしてその庭には、一本の満天星が植えられている。その満天星が、一部だけであるけれど、白い花を咲かせ始めたのだ。ほんの一部の枝の部分に、白い釣り鐘みたいな花が、きれいに咲いていた。

「おかしいね。今の季節に、この花を咲かせる季節ではないと思うんだがね。」

確かに、こんな冬の季節に、満天星が咲くなんて、おかしな話だった。満天星という植物は、三月から四月ごろに花をつけるものだ。だけど、なんで今時咲いているのだろう。日本の気候も、なんでこんなにおかしくなってしまったのだろうか。植物は嘘をつかない。暖かくなってしまったので、急いで花をつけたのだ。

「ちょっと、ここのお宅に挨拶に行くか。この可愛い満天星が、なんだかきれいだから、きっと、ここに住んでいる人は、なんだか、きれいな人であるような、気がしてきちゃった。」

不意に杉ちゃんがそういうことを言った。蘭は何を思いつくんだと驚いた顔をして、杉ちゃんを眺めたが、もう一度その家を見て、なんだかこの家がおかしいことに気が付いた。

「あれ、家の窓が、全開になっているな。これはどういうことだ。」

なぜか、その家の窓は、あっけらかんと開いていた。

「開けっ放しで、空き巣でも入ったら、どうなるんだろう。」

玄関扉に鍵がかかっているかどうか不明だが、確かに、それでは、防犯としてまずい。ちょっと注意をしたほうがいいのではないかと蘭も思った。もうちょっと、その家を観察してみると、何だか長い棒のようなものが窓から飛び出している。よく見ると、それは、人間の足であった。なんで、窓から足を出して昼寝をしているんだろうか?と思って蘭は、

「あの、すみません。ちょっと、そんな風に昼寝をして、何をやっているんですか?」

と、声をかけた。ところが、何も反応がない。おかしいなと考えていると、

「おい、蘭。警察へ電話した方がいいんじゃないか。」

と、杉ちゃんが言った。杉ちゃんが、すぐに、そういうことがいえるというのは、一寸変わったところがあると思われるのだが、蘭は、そうなっていることが、すぐにわかって、ああ、わかったよ、と、急いで、警察に電話をした。明らかに、昼寝をしているわけではなかった。そういう場合、警察に電話をするのが一番である。

蘭から電話を受けた警察は、急いでその家にやってきた。家はあっという間に、事件を捜査する警察のものになる。蘭と杉三も通報者という事もあり、その家の中で話をさせてもらった。杉ちゃんと蘭が中に入ると、丁度、目の前から若い男性の遺体が、警察官によって運び出されていったのだった。華岡たちが、身元の分かるようなものを探すと、テーブルの上に、お薬手帳があって、そこに、稲葉優紀と書かれている。これが、彼の名前だとわかった。さらに、その近くには、影浦医院の診察券。

「警視、おかしいですね。」

と、部下の刑事が、華岡に言った。

「この家の、物取りではなさそうですね。争ったような形跡もないし、財布から現金も抜き取られておりません。それでは、なんで、この家に侵入し、この男性を殺害しなければならなかったのかなあ。」

「この男性の、ご家族か、そういう人はいないのか。」

と、華岡が言うと、部下の刑事たちは、そういうものにつながるモノは一つもなさそうだといった。つまり、一人暮らしだったのだろうか。そうなると、家は持てるという事になるので、結構な暮らしをしているように見える。

「よし、遺体をすぐに監察医の先生に回して、すぐに指紋採取だ。」

と、華岡たちは、そういうことを言って、直ぐに行動を開始した。蘭と杉ちゃんは、もう邪魔はしないほうがいいなと、家に帰っていった。


その数日後。杉三と蘭が夕食を食べていると、誰かがどんどんどんどんと、玄関の戸を叩く音がした。

「おーい蘭、風呂貸してくれ。もう、寒くて寒くてたまらない。はやく!」

「華岡だ。また捜査に行き詰って、うちの風呂に入りに来たんだよ。自分の家のユニットバスでは、風呂に入った気がしないというかそういう事だろ。」

蘭がそういうと、華岡はどんどん上がってきてしまっていた。そして勝手に、蘭の居間のドアを開けて、

「おい、風呂貸してくれ。お前の家って、いつでも風呂にはいれるようになっているだろ。」

と、でかい声で言った。呆れた蘭の代わりに杉三が、

「ああいいよ、思いっきり入ってきな。」

と言った。華岡は、大喜びして、風呂場に向かっていく。確かに車いす利用者は、介護者に風呂を手伝ってもらう必要があるので、ちょっと風呂を広く作ってあることは確かだった。華岡はそれを目当てに来ているのだろう。

「おゆのなかーでー、もうこりゃ、花が咲くよ、ちょいなちょいな。」

華岡は、でかい声で、そんな歌を歌っていた。あーあ全く、と蘭がため息をつく。その間に、杉三は、急いでカレーライスを作り始めていた。華岡が風呂から出てきたら、次にすることは、カレーを食べることだ。

暫く経って、カレーライスは出来上がった。カレーライスというと、長時間煮込まなければならないので、結構な時間がかかるものなのだが、そうなると、かなりの長風呂だ。まだ、でかい声で、お湯の中で、なんて歌っている声が聞こえてくる。カレーを盛り付けて、テーブルの上に置いて、数分後、カレーがだいぶ冷めてきたころ、華岡は風呂から出てきた。

「あーあ、いい湯だった。有難う蘭。あとは、おいしいカレーが楽しみだなあ。お、もう用意してくれてあるのか、杉ちゃん気が利くねエ。有難う!」

杉ちゃんからスプーンを受け取って、華岡はカレーにかぶりついた。

「ああーウマイ。こんなうまいカレーを作ってもらえるなんて夢みたい!」

華岡は、涙を流してカレーを食べ続けた。華岡、そんなにカレーが好きなら、作り方でも習ったらどうなんだ、と蘭は呆れて溜息をつく。

「で、今日はどうしたの、華岡さん。こっちへ来るんだから、いつものパターンだろ?」

杉ちゃんが聞くと、華岡は、最後の一口を飲み込んで、急いで水で流し込み、こんな話をした。

「そうなんだ。あの、稲葉優紀の事件さ。あれ、なんのメリットがあったのかなあ。少し、彼の、生活範囲なんかを調べてみたんだが、彼は、現在、仕事を失っていて、親からの仕送りにより生活しているらしい。で、死因を調べてみたんだが、ただ単に、心臓を鋭利な刃物で刺されただけ。さらに、現金は持ち去られていないし、わずかばかりの預金通帳からも引き出されていない。それでは、何のために、稲葉優紀さんが殺されなければならなかったんだろうか。うーん、何も殺していい点はないよ。」

「はあ、それはどういうことだ。いい点はないって、誰か、怨恨のある、女性がいたとかそういうことはないの?」

と、蘭は、華岡に聞いた。

「そうなんだけど、それすらないんだよ。彼は、ここのところ仕事をしているわけでも無いし、近所で関係があった人だっていないんだよ。」

「じゃあ、親御さん何かは、その人に何も関わっていなかったとでも?」

多分それだけはあると思うので、蘭はそう聞いてみた。華岡も、

「そうだねえ。親御さんは、磐田市に居るらしいという事は、影浦医院に聞き込みをして、わかっているんだけどねエ。」

とだけ答えを出す。

「磐田市。それはまた遠いところだな。」

と、蘭は言った。それに、影浦医院に通っていた患者さんだったという事も、蘭も杉ちゃんも驚いてしまった。

「稲葉優紀さんは、影浦医院に通っていたのか?何か具合の悪いところでもあったんだろうか?」

「そうなんだ。影浦医院に何回か顔を出していたそうだ。体には別に悪いところはなかったらしいが、なぜか、体調を崩してしまったらしい。」

確かに、冬なのに、満天星が咲くのだから、体調を崩してしまっても不思議はない。理由もなく、体に大きなものがあるわけでも無いのに、体調を崩してしまうという人は、後を絶たないという話がテレビでも紹介されている。

「そうですか。それでは、自殺という事も考えられませんか?」

と、蘭がそういうと、

「そうだけど、犯人は、背中から凶器を刺している。自分でそうすることは、不可能だと、監察医から言われているよ。」

と、華岡は答えた。

「それでは、どうして死ななければならなかったんですかね。特にその人が、悪いことをしたようなこともないの?」

と、蘭が聞くと、そのあたりはまだ捜査中だと、華岡は答えを出した。どうもこの事件は、何もメリットのない事件であるというのは本当のようだ。犯人は、金目的でもないし、金品になりそうなものを盗み出したという事もない。

「あーあ、この事件は、なんだか砂を噛むような行事になりそうだ。犯人に伝わりそうなものは何もない。犯人の残した指紋らしきものもないし、足跡らしきものもない。そういう偽造工作ができるほど、余裕のある犯人だったのだったら、もうちょっと、金銭と乱暴目的とか、はっきりわかるはずなんだけどなあ。何もないんだよ。」

華岡は、テーブルの上に顔を付けた。と、同時に華岡のスマートフォンが鳴る。

「はい、もしもし。」

「警視、何をやっているんですか。捜査会議、もうすぐ始まりますよ。早く帰ってきてください。」

と、部下の刑事がでかい声でそういうことを言っている。華岡は、ああ、そうだった、と急いで椅子から立ち上がって、ありがとなとお礼を言って、警察署に帰っていった。


そしてまた数日後。杉三は、製鉄所に手伝いに出かけた。ブッチャーが、水穂さんに料理を作ってくれとお願いしたのだ。ブッチャーが、水穂さんに、ほら、食べてください、と、一生懸命催促している間、杉三は、往診に来ていた影浦先生と話をしていた。

「杉ちゃんのおかゆは、おいしそうですね。本当に、そこいらに売っているレトルトパウチのおかゆとはわけが違う。改めて、僕たちも、杉ちゃんに料理を習いたいくらいだ。」

そう、影浦先生が言うと、

「へへん、お世辞が上手ですなあ。僕が作っているものは、みんなバカの一つ覚えだからな。おしえるなんて、出来ないよ。」

と、杉ちゃんは、からからと笑った。

「ただ、それを、水穂さんが食べてくれないのが、困るところだけどな。」

杉ちゃんはチラリと後ろをみた。後ではブッチャーが、ほら、水穂さん、食べてくださいよ、出ないと大変なことになりますよ、と言いながら、水穂さんにおかゆを食べさせている。水穂さんは、また発作が出るのが怖いのか、ブッチャーが匙を差し出す度に、顔を横に向けてしまうのである。

「なんで、食べ物拒否してしまうんでしょうかな。どうしたら、ご飯を食べてくれるようになるんだろう。」

「そうですねえ。」

と、影浦はため息をついた。

「僕は、免疫の異常の事はよくわかりませんが、それよりも水穂さんの、飢餓のほうが、心配です。そのうち、飢餓が進んでしまうと、本当に態度がおかしくなっていきますからね。今のとおり、彼は彼の意思で食べ物を拒否していますけど、そのうち、彼は、食べないで当たり前の世界に入ってしまいます。僕も、たくさん拒食症を方を診てきましたが、みんな拒食を繰り返すと、そうなっていきました。人間の意思っていうのは、体までコントロールすることはできませんから、体はどんどん衰弱していって、死に至ってしまいますよ。そうなったら、僕達も手の施しようがない。そうなってしまうのが、僕は、非常に、心配なんです。」

「そうですか。それじゃあ、なんとしてでも飯を食って貰わなきゃならんなあ、ところで影浦先生。」

と、杉ちゃんは急に話を変える。

「あの、先生のところにさア、稲葉優紀っていう、患者さんが来ていたと思うんだけどさ。そいつ、どんな患者だった?」

「ああ、あの人ですか。警察の方も、しきりに聞かれましたが、彼は僕のところに、なぜかわからないけど、やる気が出ないとか、気分が落ち込むとか、そういう症状で来院されました。まあ、いわゆるうつ病ですね。僕は、何回か彼と話をしましたが、どうしても原因らしきものを突き止めることができなくて、彼とは、常連の客のようになってましたよ。」

影浦は、意味深そうに言った。確かに、精神関係だと、軽い鬱でも何十年も治らないという例も多いほど、医者がいくら努力しても治らない例は多い。精神科医が、本当に治せるという人は、ほんの一握りしかいないという事も、あまり公表されていない。

「で、彼の家族構成とか、そういうのは、聞いていた?」

と、杉三が聞くと、

「ああ、そうですね。なんでも、学生時代に鬱になって、磐田市から出てきたそうです。親御さんはお金を出してくれては居るようですけど、それ以外交流はないようですね。まあ、僕たちは、そういう患者さんを何人か知っています。中には絶縁状態にまで陥ってしまう患者さんも多いんですけどね。」

と、影浦は答えた。それは、精神関係であれば普通にあるらしい。

「きっと、理想通りに育ってくれなくて、自身の責任を放棄したいと思っているんじゃないですか。御金だけ送って、犯罪さえ犯さなければそれでいい、そう思っている親御さんは多いですよ。」

「そうだねエ。まあ、きっと、子どもとしては、俺の許可なく勝手に生みやがって、しか言えないでしょうからね。まあ、それでは、いけないでしょうけど、どっちもどっちだよなあ。」

と、杉ちゃんは言った。

「まあね、世のなか、誰のせいでもないけれど、不幸な目に合うってことは、よくあるよ。」

「そうですね。もしかすると、心が病むってことは、そのサインなのではないかと、僕は勝手に思っているんですよ。それでは、もう出来ないという運命からのサイン。」

杉ちゃんの発言に、影浦は、そういうのだった。確かにそうなるのかもしれなかった。それが、変わると、事件というものになるのかも知れなかった。

「それじゃあ、その、、、優紀さんはどうして殺されなければならなかったんだろうか。」

「そうですね。僕もよくわかりませんが、詐欺集団にリンチされたのかなと思ったんですけど、金品は取られていないようですね。警察の方から聞きました。」

影浦は、一つため息をついた。確かに、そうである。今回の事件は、犯人側にとって何もメリットもない。

不意に、咳き込む音が聞こえてきたので、杉ちゃんも影浦も後ろを振り向いた。ブッチャーが、水穂さんの口元についた、内容物をふき取っている。あーあ、またかいな、と杉ちゃんは大きなため息をついた。

「おい。お前さんもさあ、そうなると苦しいだろう。そうならないように、ご飯を食べるってことをしないのかよ。少し、ご飯を食べて、おいしいものを食べようかという気になってくれや。」

杉ちゃんも、影浦も、あーあ、あきれたという顔をして、ブッチャーたちを見た。影浦も、タオル変えましょうか、とか、ブッチャーに声をかけて、作業を手伝った。水穂さんは、こんなに世話をしてもらって、幸せだね、と、呟きながら。


さらにそれから数日後の事であった。例の、稲葉優紀の住んでいた一軒家は、まるでお約束されていたかのように取り壊され始めた。まるでその時を待っていたような節がある。遺体は、ご両親が引き取ったと華岡が言っていたが、それ、本当は、悲しんでいるのではなく喜んでいるのではないかと、華岡は言っていた。

「ほらほらお姉ちゃん。そこに居ると、危ないよ。ちょっとどいてくれな。」

解体屋の人が、道路に立っている女性にこう声をかけた。丁度そこへ、杉三も通りかかった。

「おい、お前さん。そこに居ると、ほこりが立つぜ。」

と、杉三は声をかける。女の人は、ぎょっとした顔で杉三を見る。

「何にも、恐ろし気なやつじゃないよ。ただ、お前さんがほこりで汚れてしまわないか、心配だったから、声掛けただよ。」

杉三はにこやかに笑った。

「あの。」

「ああ、気にせんで置いてな。僕は、ただのバカだからなあ。お前さん、一寸バラ公園の公園でも行って、話し合おうじゃないか。」

杉ちゃんは、そういって、車いすを動かし始めた。彼女もその通りにしたほうがいいと思ったのか、彼の跡をついてきた。

「お前さんは、どう見ても訳ありだよ。解体される家を、真剣な顔してみているんだからよ。そんな奴、なかなか居るもんじゃない。ま、訳ありだよな。」

杉三は、にこやかに言って、バラ公園のベンチに彼女を座らせた。ちょうど、周りには、満天星が植えられていて、小さな花が所々に咲いていた。

「あの、壊された家に住んでいる奴の家の周りにも、満天星があった。管理も行き届いていて、僕はそれを眺めるのが、何よりも楽しみだった。満天星、きれいだったなあ。剪定がうまいと思っていたんだ。」

と、いう杉ちゃんに、彼女は、ちょっと意外そうに彼を見た。

「お前さん、名前なんて言うんだ。」

「私、茂木清子。」

と、彼女は本名なのかどうか不明だが、そう名乗った。

「で、茂木さんよ。何で、あのお宅を、悲しそうな顔して眺めてたの?」

と、杉三は聞いた。

「あ、いや、その、ただ、解体しているなと思っただけで。」

「それは違うだろ?」

彼女がそう答えると、杉三は、一寸からかうように言った。

「本当は何かわけがあるんだと。ちょっと話してみろよ。僕も、ただ、知りたいからという訳じゃないんだ。僕は、直感で気が付いたんだよ。なんか訳があるんじゃないかってな。」

杉ちゃんの直感は、実によく当たることで知られていた。それも、大事件が起きれば起きるほど、そういう事になってしまうのである。

「なあ、お前さん、あの満天星の家の住人と、なにかあったんだろ?胸にためとかないで、吐いちまえよ。」

杉三は、そういった。その顔も、真剣な顔になっている。

「ううん、大したことじゃない。本当にそれだけでいいから。」

「そうか?」

と、杉三は言った。ちょうどその時、パトカーが目の前の道路を走っていくのが見えて、清子は、ハッとする。

「ほら、警察を怖がるんだったら、なにか訳があるんだろう。そういうもんだろうが。僕も、車いすで生きているんだからな。なんか、周りに常に申し訳ない気持ち抱えて生きてるんだ。だから、事情がある人の話は、ちゃんと聞こうと思うわけ。」

杉ちゃんは、そういった。それでは、もう話してしまった方がいいと思った。

「あたしは、ただの手伝い人だったんですけど、あの、稲葉さんのところに手伝いに行ってました。稲葉さんは、誰からにも捨てられて、あたしが、唯一の話し相手みたいなもので、それで、よく、自分の話をよくしてくれました。学校に行けなくなって、それから親御さんと対決するようになって、家を追い出されて、今は、玄関先に植えられてる満天星だけが、自分が言葉を交わせる相手だって、笑ってました。」

つまるところの、ヘルパーのようなものだったのだろう。彼女は、そう静かに言った。

「で、それをなんで、向こうに逝かせちゃった?」

杉ちゃんは、そういう事を言った。もう、初めから彼女の事をわかってしまっているのだろうか。

「ええ、彼がそう言ったんです。その通りにしてくれって。あたしも、彼にとってはそれが一番だと思いました。このまま、誰にでも捨てられてしまって、一人で生きていかなきゃならない彼にはそれが一番だと。」

杉ちゃんは、犯行の方法については何も語らせなかった。そんな事は、誰かに知らせなくてもいいだろう。それよりも、彼女が、なぜ、向こうに逝かせてしまったのか、そこを聞きたがった。

「ああ、そうなのね。でも、彼を何とか生かしてやりたいとはおもわなかったの?本来であれば、そういうところに行くよなあ?」

「そうね。あたしだって考えたけど、あたしは、そうしてやったほうがいいと思ったわ。だって、本当に、社会の中でごみみたいに扱われて、生きている人をたくさん見てるから。そのほうが、きっと何か変わってくれるんじゃないかと思いますから。」

「そうですか。何となくわかる気がする。でも、生まれたときから、ごみみたいに扱われている奴も、僕は知ってら。そいつも、生きようとする気がまるでないが、でも、僕たちは、満天星と同じようなもんだと思っているから、なんとかしようと、考えておりますよ。お前さんは、満天星も切り倒してしまうのか。」

と、杉ちゃんは、ほっと溜息をついた。






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満天星 増田朋美 @masubuchi4996

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