【第22話:かばでぃと参考書】
皆でお昼を食べるようになって、二週間ほどが経とうとしていた。
あれからカミカミマンこと道明寺が何度か押し掛けてきたけど、みんなかかわり合いになりたくないのは同じだったようで、貴宝院さんの異能の力で追い払ってもらっている。
なんでも彼は、実は隣のクラスで委員長も務める優秀な男らしい。とてもそうは見えないけど……。
ただ、噂で聞いた話だと、好きな子の前に立つと、突然どもりまくるという、ある種、同情してしまうような、そんな可哀想な人物なのだそうだ。
あと、学校内にいくつかある、貴宝院さんの非公認ファンクラブの一つに所属しているらしく、貴宝院さんがたまたま先生に呼ばれて席にいないときに現れた時、
『我こそは「貴宝院様を遠くから眺めて愛でてお守りする会」のナンバーツーなのだ!』
と叫んでいたので、たぶん間違いない。
ちなみに、噂通り好きな対象がいなければ、まともに話せるようだった。
だからと言って、話の内容がまともかどうかは、また別の話だけれど……。
まぁそんな道明寺のことを置いておけば、僕たち四人の高校生活は、思いのほか平和で順調と言えるだろう。
そして今は、何故か皆で僕の家にいた。
「おーい。とまっちゃん、この野菜ジュース貰ってもいいか~?」
ひとの家の冷蔵庫を勝手にあさっていた正が、既にパックにストローをさしながら聞いてくる。
「僕の貴重な野菜を……ところで、だいたいなんで僕の家なのかな?」
そんな中、突然発生したイベントが、この中間テストに向けての勉強会だ。
ただこの勉強会、頼んでもいないのに、なぜか僕のために開かれる事になった勉強会だった。
「そりゃぁ、みんなで試験勉強するってなれば、友達の家に押しかけるものって相場が決まってるだろ? そもそも『兎丸の成績向上
「でも意外ね~。兎丸のことだから、もっと変わった感じかと思ったけど、案外普通の部屋じゃない。まぁ部屋の捜索はあとでする事にして、まずは『兎丸の成績向上の集い』をはじめよっか」
なに人の部屋の捜索する気満々でいるかな!
と言うか、なんか委員会になったり、集いになったり適当だよね……。
まぁ確かに、この四人の中では僕がダントツでテストの点は悪いかもしれない。
でも、これだけは言いたい。
君らが成績良すぎるだけで、僕の成績は普通なんだよ!
そんな無駄な叫びを心の中であげていると、貴宝院さんがうちに来る途中に買ったジュースをコップに入れて、お皿にあけたお菓子と一緒にお盆で運んできてくれた。
貴宝院さん……何気に、貴宝院さんも結構うちのキッチンをがっつり利用しているよね。
そのお盆と大きなお皿、どこから出してきたの……?
「はい、どうぞ。じゃぁ、さっそく神成くんを励ます会始めちゃう?」
「特に励まされるつもりは無いんだけど、ジュースとお菓子はありがと……」
僕がジュースを受け取り、リビングのテーブルに置くと、僕の背中、いや、正確には僕の後頭部あたりの耳元で大声でこたえる声があがった。
「どういたましてー!」
「うがっ!? み、耳が……」
「こら! さやか、そんな事したらダメでしょ?」
そう。この場には、貴宝院さんの妹のさやかちゃんも来ていたのだ。
ちなみに、今は僕の背中にしがみついている……。
「さやか? もういい加減、神成くんの背中から降りなさい。でも、良かったのかな? さやかまで連れてきちゃって?」
「お姉ちゃん、呼び方がちがーう!」
「はいはい。兎丸くん、兎丸くん」
貴宝院さんはすごい適当に返事を返しているけど、こんな適当に呼ばれてるだけなのに、照れてどきどきしてしまう自分が情けない。
ちなみに何故こんな事になっているかと言うと、小岩井が僕の事を兎丸って呼ぶのを聞いて、「とまる」って響きが気に入ったからだ。
「僕も久しぶりにさやかちゃんに会えて嬉しいし、ぜんぜん構わないよ」
でもさやかちゃん、僕の言葉に喜んで、背中から頭の上にまで登ろうとするのはやめてね……。
「しかし、兎丸。あんた偉くさやかちゃんに気に入られてるわね? 前に一回会っただけなんでしょ?」
「しんじょうが、シャーシャ見つけてくれたの!」
さらにちなみに言うと、さやかちゃん自身は「しんじょう」のままだった。
小っちゃな子の考えは中々難しい……。
「さやかちゃん、シャーシャってな~に? お姉さんに教えて~」
「シャーシャはシャーシャだよ!」
「そ、そうなんだ~ははは」
誰とでもすぐ仲良くなる小岩井だけど、さやかちゃんには少し手子摺っているようだ。
さやかちゃん、独特の感性の持ち主だからね……。
「心愛。シャーシャって、そこに置いてある、さやかの鞄にぶら下がってるのだよ」
そう言って貴宝院さんがシャーシャロボを指さす。
「ま、まさかのロボット……てっきり可愛いお人形さんとか想像してたわ……」
うん。普通そうなるよね。
などと、眺めていると、僕の目の前に「どん!」と本の山が積まれた。
「え? 正、これなに?」
「ん? 何って、それ俺が普段使ってる参考書だぜ?」
くっ、そのがたいと顔で、この大量の参考書で勉強しているのか……。
見た目とのギャップが詐欺レベルだよね……。
「んじゃ、始めるか。まずは国語から」
そう言って参考書の山から二冊の本を取りだし、手渡してきた。
「じゃぁ、さやかちゃん。
あっ……小岩井よ……その誘いは……。
「うん! さやか本だいすき~! じゃぁ、
「にゅぁ!? ら、らのべ……?」
そう呟いて呆然とする小岩井。
そして、ラノベの読み聞かせをせがまれていると言う事実に気づくと、キッっとこっちを睨んできた。
「と、兎丸……あんた、さやかちゃんに何吹き込んだのよ……」
僕は、小岩井の視線から目を逸らしながら、
「ボ、ボクハ、コレカラオベンキョウダカラ、コイワイ、ラノベノオンドク、ガンバッテネ!」
と言って、国語の参考書を手に取った。
あ、あぶなかった。
もう少しでみんなの前で僕がラノベの読み聞かせをするところだった。
と、安心していると……。
「おい。とまっちゃん」
「ん? この参考書で良いんでしょ?」
「じゃねぇよ。
正、君は何を言っている……?
「勉強はな。声出して読んだ方が、ぜってぇ効果的なんだよ。はい。じゃぁそこの例文から」
そう言って正が指をさした所に載っているのは、
「大宮ハルキの憂鬱……」
そう言えば前に見たネットニュースで、最近の教科書にはラノベが載る時代とか読んだ気がする……。
「あぁ……正? 他のページでも良いんじゃないかな?」
「何言ってんだよ? 次の中間の試験範囲じゃなきゃ意味ねぇだろ?」
こうしてその日、僕の家では、二人の男女が魂を削られながら、ラノベを朗読すると言う光景が展開されたのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます