【第21話:かばでぃとぐっじょぶ】

「おぉぉおぉぉぉおま、おま、おまえりゃー!」


 なんだ……このカミカミマンは?

 ん? よく見てみると、どこかで見たことのある顔な気がする。


「なんだお前? ん? お前、確か隣のクラスの奴だよな?」


 そうだ。正の言葉で思い出したけど、体育の授業の時に一緒に授業を受けている。

 名前までは思い出せないけど、間違いないだろう。


 ただ……こんなだったかな……。

 もっとシュッとして、ちゃんとした奴だった気がするけど?


「よくわからないけど、それで私たちに何か用?」


 正の言葉聞いても何も答えない、隣のクラスのカミカミマンに痺れを切らした小岩井が、ちょっと不機嫌そうに尋ねると、そいつはようやく話し出した。


 どうも、正が怖くて固まっていただけのようだ……。

 それでも、何か言いたいことがあるようで、逃げずに踏みとどまり、ようやく口を開いた。


「おおおま、おまえたた! いったい、これはどどどうことだ!」


 相変わらずカミカミで聞き取りにくいが、どうも「お前たち、これはいったいどう言うことだ?」と尋ねてきているようだ。


「どう言うことって、それこそどう言うこと?」


 どうも正と小岩井は聞き取れなかったようなので、代わりに僕が話してみた。


「おぉ! とまっちゃん、謎の言語を話せんのか!?」


 とりあえず、バカな事を言っている正にはジト目を向けてみたのだが、興味津々と言った様子でこちらを見ていて扱いに困る……。

 だめだ……正にかまっていると、話が進みそうにないので、今はスルーしておこう。


「そもそも君は誰なの? さっき正も聞いたけど、隣のクラスの人だよね?」


 そして、そこまで僕が尋ねると、ようやくまたどもりながらも口を開いた。


「よよよよくじょきいたくれた! 我こそふぁ……!」


 キーンコーンカーンコーン♪


 と、その時、昼休みが終わる予鈴のチャイムが鳴り響いた。


「あ、チャイムなっちゃったし僕たち行くね。じゃ」


 ナイスチャイム! ぐっじょぶチャイム!


 とりあえず変なのとは、あまりかかわり合いになりたくないので、僕たちはそそくさとレジャーシートを畳んで、皆で教室に戻る準備を済ます。


 僕たちの行動を見て口をパクパクとしながら、カミカミマンが予鈴のチャイムが流れるスピーカーに恨めしそうな視線を向けた瞬間だった。


 僕の裾を誰かがひっぱった。


「カバディカバディカバディ……変なのに巻き込んでごめんねカバディカバディ……今のうちに行きましょカバディカバディ……」


 貴宝院さん意外とこういう変なのの対応は心得てる感じだね……。


 とりあえず、ナイスかばでぃ! ぐっっじょぶかばでぃ!


 こうして僕たちは、周りがこちらに興味をなくしていく中、堂々と教室まで戻ったのだった。


 ~


 午後の最初の授業が終わったあとの休み時間。

 ちょっと想定外の事がおきていた。


「ねぇねぇ貴宝院さん! お昼休みに屋上でうちのクラスの子とご飯食べてたって本当?」


「俺たちを差し置いてひどいよ~。それなら俺たちのグループと一緒にお昼ご飯食べようよ?」


 午後一の授業の間に、貴宝院さんがクラスメートの誰かと屋上でお昼ご飯を食べていたらしいと言う情報が、拡散されてしまっていたのだ。


 正と小岩井にもそのメッセージが回ってきたらしく、苦笑いを浮かべている。

 まぁ一人だけそのメッセージが回ってこなくて、心の中で苦笑いを浮かべている奴が一人ここにいるけどね!


「しかし、参ったわね……。私はあまり気にしないようにして貴宝院さんと話していたから、ここまで酷いとは思わなかったわ」


 この三人の中では唯一、以前から貴宝院さんと交流のある小岩井だけど、貴宝院さんの取り巻き……と思っていた奴らが、これほど粘着質だとは知らなかったようだ。


「きっとあの子たちにとっては、葵那って芸能人みたいなもので、その芸能人みたいな子が友達なんだって言うのがステータスになってるんじゃないかしら?」


「なんだよそれ! 俺が行って、ぶっ飛ばしてやろうか?」


「もう、脳筋なんだから……やめなさいよね? そんな事しても何の解決にもならないし、本郷が停学処分くらってお終いじゃない」


 たしかに小岩井の言う通り、正の力に頼って解決しても、その場はおさまっても、良い方向には向かわないだろう。

 それに、もしそれで正が停学にでもなろうものなら、貴宝院さんは責任を感じて二度と僕たちに頼ろうとしなくなるかもしれない。

 せっかく友達になったのに、そんなことは絶対に避けたい。


 何か良い手は……そうだ!


「ねぇ、正、小岩井……」


「ん? どした?」


「なに? 珍しくあらたまって?」


「僕にちょっとした作戦があるんだ。ちょっと耳かして」


 まぁ、作戦と言うほどのものではないのだけど、僕の思いついた案に、正も小岩井も二つ返事でOKしてくれた。


「じゃぁ、メッセージ僕が打つね」


 僕はスマホを取り出すと貴宝院さんにメッセージを送った。

 そして、五秒とかからず返ってくるメッセージ……。


『わかったよ。じゃぁ、すぐに使うね! ちゃんと二人もお願い!』


「は、早いわね……それも異能とか言うんじゃないわよね……?」


 僕がスマホでメッセージをやりとりしているのを、後ろから覗き込んでいた小岩井が思わずそう呟いていた。


「ははは。僕は、もしこれが異能だって言われたら、疑うことなく信じるかも。あ、おっと、もう始まったみたいだし、今からあの辺りに移動するから引っ張っていくよ」


 二人にそう話し終わった時には、すでに前方から「カバディカバディ」との声が聞こえ始めていた。


「おぉ! なんか知らねぇが、とまっちゃんについて行けばいいんだな?」


「相変わらず、正への効果抜群だね……」


 正が僕を信用しててくれて良かった。

 もう貴宝院さんを認識できなくなっているみたいなので、僕の言うことを素直に聞いてくれる奴じゃなかったら、連れていけなかっただろう。


「うぅ、兎丸、早くして……」


 それに対して小岩井は、意識さえしていれば、多少は抵抗出来るようだ。


「わかった。じゃぁ、二人ともちゃんと僕に・・着いてきてよ!」


 貴宝院さんの席に行くと言うと、認識阻害の効果で色々難しいものがあるかもしれないけど『僕についてくるのが目的』なら問題ないはずだ。

 僕は貴宝院さんが能力を使い、ヒエラルキー上位グループを退散させるのを確認してから、二人を誘導して貴宝院さんの席に向かったのだった。


「……カバディカバディカバ……ふぅ、来てくれてありがと」


 僕たちが席のすぐ側まで着くと、そう言って小岩井と正の袖を掴んだ。

 途中で触れても、最初から掴んでいた時ほどの効果はないようだが、それでも短い時間で貴宝院さんのことを認識できるようになっていった。

 これは昨日のファストフードの実験でわかったことの一つだ。


「おぉ。なんか変な気分だが、面白いな!」


「こんな事で面白がらないでよね。葵那にとっては大変な事なんだから」


「まぁまぁ、でも、上手くいって良かったよ」


 本当なら貴宝院さんの方から能力を使って、こちらに来てもらった方が早いんだけど、僕らは敢えて貴宝院さんの席に集まって、仲良く話をしていることをアピールしたかったんだ。


 これから堂々と仲良くするには、まずはクラスメートの皆に認めさせなければいけないし、それなら、こそこそと教室を抜け出して隠れて話すよりは、こっちの方が良いと思ったんだ。


「みんな、ありがと。ふふふ。私ちょっと泣いちゃいそうだよ……」


 貴宝院さんは、笑顔を浮かべながらも、本当にちょっと目を潤ませていた。


「ま、まぁ、こんな感じで、休み時間も皆で一緒に過ごそうよ。僕たちは今までも三人で他愛も無い話してたわけだし、そこに貴宝院さんが加わるだけだから、負担とかもないしね!」


「だな! 今まで花が無かったしな!」


「ちょ、ちょっと本郷!! それどういう意味よ!? この心愛さんを目の前にしてよくそんな事言ってくれたわね!」


「そうだよ? 本郷くん知らないかもだけど、心愛、かなり男子に人気なんだよ?」


「え? 私が男子に人気なの?」


「え? なんで心愛本人がそこで聞いてくるかな……ふふふ」


 うん。これでいい。


 自己満足かもしれないけど、こうやって貴宝院さんが、正や小岩井と楽しそうに話している姿を見て、僕はそのことが無性に嬉しくなって、なんだか気がづいたら僕も笑ってしまっていた。


 それからしばらくして効果が切れ、クラスメートたちが僕たちに気づいたけど、楽しそうに談笑する姿を見て、誰も近づけないようだった。


 そして休憩時間の終わりを告げる、割れたチャイムの音が、教室に鳴り響いた。


「おおおまままりゃ! ちゃチャイムぅ!? 覚えておこー!」


 何か教室の入り口辺りから、聞き覚えのある声が聞こえた気がしたが、気のせいと言うことにしておいた。

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