【第11話:かばでぃとラノベ】

 お鍋を食べ終わった僕は、食器をキッチンまで運ぶと、せめてものお礼という事で、洗い物を引き受けていた。


「もう~……神成くんって、意外と変なところで頑固だよね? 置いておいてくれれば良いって言っているのに……」


「いや、せめてこれぐらいはさせてよ。本当に凄い美味しかったしね」


 美味しいお鍋をご馳走になったのだ。

 洗い物ぐらいするのが当然だろう。


「えっと、だからね。そうじゃなくて……」


 貴宝院さんとそんな会話をしていると、僕の服の裾をくいくいとさやかちゃんに引っ張られた。


「ねぇねぇ、しんじょう?」


「ん? どうしたの?」


「どうして食洗機・・・使わないの~?」


「……え……」


 しまった……こんな家なのだから、そりゃぁ食器洗い乾燥機ぐらいあるよね!?


 ま、まぁでも、お鍋とかはさすがに手洗いじゃないと……。


「ここにあるよ~!」


「まさかの巨大食洗機!?」


 さやかちゃんの開けた扉には「業務用か!?」とツッコミたくなるぐらい大きい、お鍋すらすっぽり収まるレベルの巨大食洗機が備え付けられていた……。


「もう~……だから、良いよって言ってたのに」


 結局僕は、その場を貴宝院さんに任せて、いそいそとさやかちゃんに案内されたリビングのソファーに座った。


 洗い終わったらすぐにお暇しようと思っていたのに、タイミングを逸してしまった……さすがに、片づけている貴宝院さんをそのままに帰れない。


 ちなみにその作業もやろうかと思ったけど、うちに食洗機が無いのでどうすれば良いのかがわからない。


 おのれ文明の利器……。


「ねぇねぇ、しんじょう!」


 キッチンに立つエプロン姿の貴宝院さんを眺めて待つという、この落ち着かない待ち時間をどうするべきかとそわそわしていると、さやかちゃんが話しかけてきた。


「ん? なにかな?」


「しんじょう、さっきらのべ? とかいう本を読むのが好きだって言ってたでしょ?」


 さっきお鍋を食べている時に、普段学校から帰った後にどうしているのかという話題になったので、僕はライトノベルを読んでゆっくり過ごす事が多いよと話したのだ。


「そうだね。ライトノベルって言う本を読むのが好きなんだよ」


「それ、さやかも読みた~い!」


「え? ラノベ読みたいの? さやかちゃんには、ちょっとまだ早いと思うよ?」


「読みた~い!」


 少し自分の持っているラノベを思い出してみるが……さすがに今僕が持っているラインナップで、八歳前後の女の子が読むのに適した内容のものはなかった……。


「本を貸すのは全然かまわないんだけど……」


 それに、そもそも漢字が読めないだろう。

 かわりに絵本か何かを買ってあげようと、そう話そうとしたのだが……。


「それより、今度……」


「やったー!! じゃぁ、約束ね! 今度お家着たときに、読み聞かせてね!」


「え″ぁ″!?」


 思わず変な声が出た!


 またここに来る約束を、貴宝院さんに内緒で勝手に取りつけるなど、変な目で見られかねない。

 しかし、それよりも何よりも「ラノベの読み聞かせ」とか、それなんていう拷問だ!?


 もう本を読んで貰えると思ってはしゃいでいるさやかちゃんに、どう説明しようかと思っていると、食洗機を動作させた貴宝院さんがちょうどこちらにやってきた。


「ふふ。神成くんって、同じような失敗好きだね。神成くんさえ良かったら、また晩御飯でも食べに来て」


「いやほんとに、ごめん……でも、また来たいとかそういうのを狙ったのではないから!」


「わかってるわよ。なんとなくだけど、神成くんの事わかってきたし。でも、そうだな~。私も楽しみにしているね。ラノベの読み聞かせ・・・・・


 死んだ……僕きっと羞恥心で悶絶死する……。


 ~


 その後、さやかちゃんがはしゃいで中々帰るタイミングが見つからず、一九時を回る頃まで居座ってしまった。


「葵那、なんか長居しちゃってごめんね」


「いいよ。さやか、随分神成くんの事気に入って、大はしゃぎだったし」


 そしてそのさやかちゃんは、今は夢の中だ。

 幸せそうな顔をして、むにゃむにゃと何かを言いながら、ソファの上で眠っている。


 そのままラノベの事は夢の中に忘れて来てくれ……。


「そうなんだよね~。こんな冴えない奴の何が気に入ったんだろう?」


「まぁ、自己評価と他人の評価なんて、全く違う事も多いしね。私は神成くんは、性格が穏やかで優しいし、悪くないと思うよ」


「へっ!?」


 なんかさらりとそんな事言われると、勘違いしそうなのでやめて欲しい……。

 僕が慌てているのを見て、貴宝院さんは、


「ほら。そういうとことか?」


 そう言って、可笑しそうにクスクスと笑った。

 やっぱり揶揄われているのだろうな……。


「ん~、よくわかんないや。とりあえず、あまり真には受けないようにしておくよ。それじゃぁ、僕は帰るけど、さやかちゃんが起きたらよろしく言っておいて」


「わかった。でも、本当に良かったらでいいんだけど、その、またさやかに会ってあげて。たぶん、私がねだられる事になりそうだし」


 貴宝院さんはそう言って苦笑すると、ソファーで横になるさやかちゃんに目を向けた。


「わかったよ。葵那もありがとう。お鍋も凄い美味しかった……って、もう貴宝院さんで良いんだった。下の名前で呼び捨てにしちゃってごめんね」


「あの豆乳鍋の元、美味しいよね~。あと、名前の事はさやかのわがまま聞いて貰っただけだから、気にしないで。なんだったら、学校でもそう呼んでも良いよ?」


 どう考えても市販の豆乳鍋の元だけで、あの旨さは出ないと思うけど、まぁ今日はあまりしつこく話し込んでも迷惑だし、そういう事にしておこう。


 あと、学校で葵那とか呼ぼうものなら、僕はその日謎の失踪を遂げる事になるから……。


 その後、僕たちは玄関まで移動すると、最後に別れの挨拶をする。


「お邪魔しました。思ったより長居しちゃってごめんね」


「こっちこそ、遅くまでひっぱっちゃってごめんね。それで……送って行かなくも本当に大丈夫?」


 食事中にも過去の方向音痴エピソードを少し聞かせたせいか、本当に心配してくれているようだ。


「だ、大丈夫だよ。スマホも充電させて貰ったし」


 僕はそう言って、ポケットからほぼ満充電状態になったスマホを取り出して、画面を見せた。


「ん~……なんか自信なさげだし、不安だなぁ……そうだ! ちょっと待ってて」


 僕の自信なさげな返事に苦笑する貴宝院さんだったが、何かを思い出したようで、慌ててリビングに戻っていった。


 すぐに戻ってきた貴宝院さんは、スマホをささっと操作すると、


「ごめんごめん。お待たせ~。はい、じゃぁ、登録よろしく」


 と言って、画面が僕に見えるように手を突き出す。

 そこには……メッセージアプリのフレンド登録画面が表示されていた。


「……え?」


「え? じゃないよ。もし、さっきみたいに迷ったらメッセージくれるように」


 そう言って僕のスマホを勝手に操作すると、さくっとフレンド登録してしまった。


「あ、ありがとう。で、でも、迷わないように気をつけるから」


「うん。そうして貰えると助かるな。家に招待した手前、帰りに遭難されても困るからね」


 貴宝院さんは笑いながらそう言うと、僕たちは今度こそ本当に別れの挨拶を交わして、別れたのだった。

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