【第10話:かばでぃとお鍋】

 鬼教官の指導が入ったので、僕は出来るだけ心を無にして指導に従った。


「アイナ、ジュウデンケーブル、アリガトウ」


「ふふふ。どういたしまして。でも、どうしてカタコトなのよ……」


「しんじょう、シャーシャみたーい!」


 ボクハ、ロボジャ、ナイゾ?

 まぁでも、なんとか合格は頂いたようだ……。


 だけど、なにか急に恥ずかしくなってきたので、誤魔化すようにいそいそとスマホにケーブルを差しこみ、充電をさせて貰う。

 ちゃんと充電させて貰っておかないと、また帰りに迷ってしまう可能性があるからね。


「じゃぁ、しんじょうの席はここね!」


 それにしても、さやかちゃんに随分気に入られてしまったようだ。

 ふかふかの座布団をどこかから抱えて持ってきてくれて、ここに座れとパンパンと座布団を叩いている。


「さやかちゃん、ありがと」


 僕がその座布団に座ると、貴宝院さんはさっそくお鍋の準備を始めた。


「えっと、なにか手伝おうか?」


「ありがと。でも、大丈夫だよ。もう野菜や鶏肉の切り分けも終わってるし、あとは鍋に入れて煮立たせるだけだから」


「そっか。まぁ手伝える事も少ないけどね」


 ちなみにお鍋は、市販の豆乳鍋の元を使ったお鍋のようで、鶏肉に豆腐、そして白菜や椎茸、水菜など野菜が多く、中々ヘルシーな感じで美味しそうだ。

 さやかちゃんの要望で今日はお鍋だと聞いて、ちょっと季節感がズレてる気がしたけど、こうして目の前にすると凄くお腹が空いてきた。


 よく考えると、一人暮らしをするようになってお鍋なんて食べていなかったので、凄く久しぶりな気がする。


 そう思うと、なんだか早く食べたくなってきて、口の中に唾が溢れてきた。


「しかし、驚いたな~。さやかを迎えに行ったら神成くんが一緒にいるんだもん」


 僕がお鍋に心を奪われていると、貴宝院さんが話しかけてきた。


「はははは。それを言うなら僕の方が驚きの連続なんだけどね。能力もそうだし、まさか泣いてた子に声を掛けたら、それが……その、葵那、の妹だったとは思わなかったよ」


 うっ……下の名前で呼ばないといけないから、会話の途中で変な間が入ってしまう。


「シャーシャ……あのロボットはね。元々、私が生まれる前、まだお父さんが生きていた頃に、男の子が生まれたらこれをプレゼントするんだって言って買っておいたものらしいの。女の子が生まれたらって言って買ってたのは、私が貰っちゃったから、だから……見つけてくれて本当にありがと」


 生まれる前の男の子か女の子かもわからない時に、どっちが生まれても良いようにと二つのプレゼントを買っておくなんて随分気の早いお父さんだ。

 だけど、そのお陰で二人の子供にプレゼントする事が出来たんだから、お父さんも喜んでいるだ、ろう……え……ちょっと待って?


 何かおかしくないか?


 貴宝院さんは、お父さんは自分が生まれる前に亡くなったって言ってなかったか?

 そうすると、まだ七、八歳ぐらいにしか見えない、さやかちゃんとの計算が合わなくないだろうか?


 そう思っていると、葵那が口元の前で人差し指を立てて、こっそりとウインクをしてきた。


 どうやら、何か事情があるようだ……。


 僕はそう判断すると、それ以上この話題に触れない事にした。


「そ、そう言えば、さやかちゃんも周りに認識されなくなる能力……だっけ? その能力が使えるって事は、葵那、の家は、皆その能力を持っているってこと?」


「さやか、みーんみーん! 使える~!」


「そうだね。さやかも使えるね。でも、半分・・正解ってとこかな?」


「半分? その能力が使える人と使えない人がいるって事?」


「そう。でも、ランダムってわけじゃなくて、なぜかうちの家系の中でも、女性にだけ現れる能力なんだって」


 一瞬、貴宝院家の親戚の集まりとか想像してしまい、注いで貰った麦茶を吹き出しそうになった。


「……ちょっと神成くん? なにかとっても失礼な想像してないかな?」


「ハハハ、マサカ、ソンナコトハナイヨ?」


「しんじょう? 麦茶嫌なら一緒にオレンジジュース飲む~?」


「ダ~メ。さやかがオレンジジュース飲みたいだけでしょ?」


 鍋が出来上がるのを待つ間、そんな風に三人で他愛もない話を続けた。


 ~


 貴宝院さんがお鍋の蓋を開けると、湯気が部屋の中に広がった。


 久しぶりのお鍋で少しテンションがあがるが、やはりなんで僕が貴宝院さんの自宅で、妹と一緒に三人でお鍋を囲んでいるのかと、考えれば考えるほど不思議だ。


「あ、ありがとう……」


 今も、あろうことか貴宝院さんが手ずからお鍋を取り分けて、よそった器を手渡してくれた。


 隣では、さやかちゃんが既に食べ始めていて、


「はふはふ~お豆腐大好き~! はふはふ~」


 と、喜んでいる。


 ちなみに、猫舌の反対は何というのだろうか?

 ついさっきまで、ぐつぐつと煮えたぎった鍋の中にあった豆腐を、ガツガツと食べるその様子に、若干ひいているのは内緒だったりする。


「い、いただきます……う、旨い! なにこれ!?」


 一口食べた瞬間、僕は思わず叫んでいた。


 僕は手始めに良く煮込まれた鶏肉から食べたのだけど、この鶏肉がとろとろで、豆乳鍋の出汁が凄く染みていて、ジューシーで本当に美味しかったのだ。


「ふふふ。結構美味しいでしょ? お鍋はいろいろとアレンジしてるんだ♪ いっぱいあるから、沢山食べてね」


 貴宝院さんが完璧すぎてヤバイです。

 うちで昔食べた鍋など比較にならず、それどころか外食で何度か行った、有名な鍋料理店で食べた鍋より美味しいのだから。


「葵那って、料理までこんな美味しく作れるとか、チート過ぎるね……」


「ちょ、ちょっと、チートってやめてよね。せっかく神成くんには素を見せてるんだから」


「え? 僕に酢を?」


「……な、なんか違う『ス』に聞こえた気がするけど、そうよ。どうせ変な・・能力もバレちゃったしね。隠しても仕方ないでしょ?」


 まぁ確かにあんな特殊な能力を持っている事を知られる事と比べれば、ちょっと被っている猫を脱ぐぐらい、大したことじゃないのか?


「まぁでも、猫被るってほど、かぶってない気もするけどなぁ」


「お姉ちゃん、猫飼ってるの!?」


 おうふ……あまり迂闊な事を言い回しをしないようにしよう。

 さやかちゃんの目がキラキラしているのを、誤解を解く羽目になった。


「ごめん、さやかちゃん。猫を被るって言うのはね……」


 と、いろいろと説明してみたのだが……、


「そうなの~? それで、猫は~?」


 無限ループに突入したようだ。


「神成くん、とりあえず説明は良いから、お鍋食べちゃって。さやかも説明後にして先にご飯食べて」


 貴宝院さんにそう言われると、さやかちゃんは呆気なく「じゃぁ、後で~!」と言って、またアツアツのお豆腐をガツガツと食べ始めた。


 さすが姉だけあって、妹の扱いが上手い。


「きほうい……葵那、ありがとう」


「いいよ~、気にしないで」


 その後も他愛もない会話を交わし、僕は絶品の鍋をたっぷりご馳走になったのだった。

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