佐倉島こみかん様 Story-5

 ——すべての準備は整った。つまり。


 兄魔王ハンス、そして妹魔王グレーテ。二人の率いる魔物の軍勢が、王国の中枢たる王都へと向かうのだ。といっても、何も戦争を仕掛けようというわけではない。王都では既に、私ことハンスとグレーテの兄弟にあたる少年が王位に就いている。わが魔王軍の目的は、王国の民と魔族との間に、講和を結ぶことであった。


 あれからしばらくして、知ったのだが。


 城の主の魔物は、年老いた獅子の変化であった。人々の噂していたのと違って、普段から人間を常食しているような凶暴な魔物ではなかったのだが、老いに勝てず、誘惑に従った。つまり、人間の子供を食べれば長命が得られるという迷信を信じて、私とグレーテを食べようとしたのだ。


 城主が……そして、私たちの義父となったその老獅子が、初めて私たちの前に姿を見せたのは、私とグレーテが森の城に住み始めてから三か月後くらいのことであった。毎日毎日、身の上の話などを語って聞かせたところ、ついに、まるで人間のようにほろほろと涙を流しながら、かれは私たちの前に姿を現し、赦しを乞うたのである。


 その後、人間の世界に戻るわけにもいかない僕たちは、そのまま城で暮らすようになり、老獅子の養嗣子となり、そして彼の跡目を継いで、森に棲むすべての魔物たちを率いる存在となった。兄妹が二人して王位に就くというのは人間の社会ではあまり考えられないことではあるが、魔物の社会では別に珍しいことでもないということなので、そういうことになった。


 城での暮らしに不自由はなかった。この城では、城主が願ったものは何でも出てくるのである。最初は主である魔物がそういうものを作ったのかと思ったが、少なくとも義父ではない。ずっと大昔に、今となっては誰だったのかも分からない、つまり魔物だったのか人だったのかも謎であるところの大魔導士の作品なのだそうだ。


 というわけだから、願いさえすれば魔物の軍勢全員に行き渡るだけの剣や槍を出すこともできる。私も魔物を率いる王の片割れとして、いずれこの城の魔術に頼るだけでなく(いくらなんでも永遠にこのままだとは思えないし)、魔物が魔物たち自身で自立して暮らすことのできるための産業の育成などに励まなければならないと思ってはいるが、暫定的には王都に持っていくための貢納品などを取り出すこともできたのであった。


 というわけで、無事に『弟』との間で講和は成立した。帰ると、城ではほかほかと御馳走が湯気を立てている。トマトやオリーブ、海産物がふんだんに使われた料理。もちろん海老は酸っぱくないし、オリーブが甘くもない。すべては最善に整えられている。


 この城は、準備が良いのである。

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