宮古遠様 Story-5

 


 世界から。


 いな、この宇宙から。あるいは、この次元から。


 死という死が滅びた。


 誰も死ななくなった。その代わり、何も生まれなくなった。生というものは死と表裏一体で、死のないところに生もまたないのだと、おれと父はおのが愚行の結果としてそれを知り、ついでに全人類と、もしかしたら宇宙の果てにいるのかもしれない未知の知的生物の皆さんなども、それを知った。


 それから、百年の歳月が流れた。


 おれと父は、それから百年間ずっと、世界に死を取り戻すため、『生』そのものを探し続けていた。探し出して、おれの『ダークネス』によってそれを討ち滅ぼすために。


 何しろ、この異常事態がおれたちの仕業だということは百年の歳月のうちにみんな知っているので、地球上どこに行っても針のむしろの上であり、誰もおれたちの味方などはしてくれないのである。誰も死なない手前殺されはしないが、誰も死なない手前、どんなムカつく目に遭わされたからといって仕返しに相手を『ゴースト』でゴーストにしてやることもできない。というか、『ゴースト』はもう何の役にも立たない。捨てるのもなんだからまだ持ち歩いてるけど。


「おやじぃぃぃ、見つけたぞぉぉぉ、今度こそこれが『生そのもの』じゃないかぁぁぁ」

「おおー息子よぉぉぉ、そんじゃ、わしが構えるからのう、お前がそれをその、えーとなんていったかのう、その銃で撃つんじゃあ、外すんじゃあないぞう、どこにどう当たったって死にはせんとはいえ、痛いもんは痛いからのう、ほいじゃせーの」

「ばーん」


 それも外れだった。まあ、適当に選んだものを適当に撃っただけなのだから当然といえば当然ではあるのだが。


 それからまた百年が過ぎた。


「おやじぃぃぃ、きょうもいい天気だのううう」

「そうじゃのうぅぅぅ」


 我々は死なないが、老いる。その事実はあまりにも残酷だった。


「撃つぞぉぉぉ」

「花子さんや、めしはまだですかいのぅぅぅ」

「ばーん」


 また百年が過ぎた。


「はて、どちらさんでしたかいのう」

「はなこさんや、おしめを代えてくださらんかのう……」


 さらに百年が過ぎた。


「ふが……ふがふが……」

「はい、今年で85歳になりました。とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ」


 もはや時間の経過すら把握できない。


「はて……この大きくて黒いものは、なんじゃったかのう……」

「はてのう……」


 ふが……ふが……


「ばーん」


 そのとき、なぜダークネスが効果を発揮したのか、理屈はおれにも説明できない。もしかしたら、閉ざされた永劫の果てに、生と死はすべて混ざり合い、すべてが『生そのもの』となったのかもしれない。


 それは夢か、幻か、それとも現か。


 ふと気が付くと、おれは暗い夜、嵐の中、大きな洋館の前に立っていた。


 そうだ。すっかり忘れていた。


 今から親父を殺して、財産を奪い取りに行くのだった。


 ―――めんどうだな。


 ―――はやく殺して済ましたいのに。


 おれは、そう、思った。


 まあいい。この屋敷の中で、鬼が出るか、それとも仏が出るか。


 どちらが出ようと、おれはこの二丁の愛銃で、撃ち殺して進むだけだ。

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