狂フラフープ様 Story-5

 そもそも吸血鬼というものは不老だが、不死ではない。真祖はどうだか知らないが、ふつうは真なる吸血鬼であっても例えば心臓に杭を打たれれば死ぬし、他にも吸血鬼を殺害する手段は色々ある。ましてや半吸血鬼ならばなおさらだ。


 まず重大な前提として、この目の前にいる巨竜がどの種類の吸血鬼なのか、ということがあった。さすがにヴァンピールではあり得ないだろうが、レッサーなのか、それとも真なる吸血鬼なのか。人間由来の吸血鬼であれば匂いで嗅ぎ分けるなり何なりできるのだが、竜の吸血鬼なんてのは初めて遭遇する相手であり、そもそもそんなものがこの世に存在することすら知らなかったので、この場この状況下ではわたしには分析し切れない。


「聞かせてくれ。なぜ、あんたはそんなに夥しい血を流し続けてるんだ? 平気なのか?」


 竜は、笑ったようだった。竜がどういう風に笑うか知らないからもしかしたら違うかもしれないが、少なくともそんな印象を受けた。


「平気だよ。私は不老不死だからな、君たちとは違って」


 本当だろうか。仮に自分が動脈などを傷つけられ、血を流し続けることになったらどうなるか、ということを考える。吸血鬼といえども血液は流れているわけなので切ったりすれば血は出る。ふつうはすぐ再生するが、吸血鬼の再生を阻害する手段がないわけではなく、大量に出血すれば体力を失う。人間が失血死するレベルの流血があれば、わたしはもちろん、真なる吸血鬼でも行動の自由を奪われる。竜の場合はどうなのか、となると、情報が不足しているためこの竜のいま言ったことの真偽を判断する手段はない。


「一つ目の質問に答えてもらっていないようだが」

「そうだな。別に教えられないというわけではない。ただ、本当に知りたいか? 世の中には知らない方がいいということというのも、あるのだが。その質問の答えは、私の究極の目標に繋がっていて、それを知ると、その時点で君たちは大きな敵の存在を知り、そしてそれだけで彼らからある程度まで敵対視されることになるが」

「構わない。ここで灰になって全滅するよりはマシだ。聞かせてくれ」


 隊長なので、わたしが仕切るのである。今のところ、部下のレッサーたちはみな大人しい。


「ならば教えてやる。私ほどの存在に傷を負わせ、そしてその再生を阻害することのできる存在は、一種しかいない」

「もったいぶるな」

だよ。ここまで話したのだからすべて教えるが、私の最終的な目標は、だ。君らを手駒にしたいのも、長期的視点に立てばその目的のためであって、それ以上でもそれ以下でもない」


 成程。神か。竜については、情報はほとんどないが実在するということだけは知っていた。神の実在についての手がかりを得るのはこれが初めてだ。途方もない。しかし、嘘にしては荒唐無稽が過ぎる。情報のすべてを晒してはいないだろうが、言っていること自体は嘘ではないと判断してよいと思う。


「お前を吸血鬼にした存在に対して、復讐をしたいのではないのか?」

「そんなものはいない。私は自ら吸血鬼になった。神々に復讐するために」

「……まさか」

「そうだ。お前たちが漠然と真祖と呼んでいる存在、それは私のことだ」


 なんということだ。


「そもそも吸血鬼がなぜ不死性を持つのかと言えば、君らは全員、私の血を引く竜の眷属だからだよ」


 なるほど。筋は通っている。ちなみに、吸血鬼は自分の主に対しては絶対服従だが、その原理は世代をまたいでは適応されない。例えば、私の父である真なる吸血鬼である御方にも、そのまた主というのがいる(いや、存命ではないので、いた、と言うべきか)が、その主の主が目の前にいたとしても、わたしに対して直接的な支配力を発揮することはできない。というわけで、私の父から上にどんどん辿っていけば最終的にこの竜に辿り着くのだとしても、この竜自身にわたしやわたしの部下たちに命令を下す権能はないのだと考えられる。だいたい、それがあるならわざわざこんな回りくどいことをせずとも、世界全土の吸血鬼を命令一下に統率できるだろうし。


「それを聞いて安心した」


 そうだ。本当に安心した。それなら話が違う。なぜなら。


 我々には課せられた一つの任務がある。それは、どこかに存在しているはずの真祖を探し出し、殺すことだった。我々がわざわざあえて全員半吸血鬼から構成されているのは、半吸血鬼であれば絶対に真祖の命令権が直接には及ばないだろうと考えられたからでもある。真祖の存在と能力に関しては分かっていることより謎の方が多いので。


 戦闘能力はどうだか分からない。本人は平気だと言っていたがハッタリかもしれないし。ただ、わたしがこいつに対して、真祖に対して決定的に有利になるカードが一枚だけできた。


 向こうは、我々の目的が真祖の殺害であることを知らない。ただの半吸血鬼の集団に過ぎないと思っている。で、なければとっくにもっと強硬な手段を使っているはずだ。


 わたしはとりあえず、友好的な態度を装い続けることにした。会話を続ける。もう少し。もう少しでもいい、何か情報を引き出したい。時間的余裕は大いに生まれた。何故って、レッサーの部下どもはともかく、我々ヴァンピールは父からの命令さえ遂行できれば、そのあとは死んでもいいのだから。ただ。


 ……我々の部下たちの一人でも竜の血を飲めば、その情報格差による優位性は一瞬で相殺されることになる。気を抜けない状況であることに変わりはなかった。


「あんたを傷つけたのはどんな神だったんだ?」

「そいつは暴風雨と嵐の神だった。私はかつて八本あった首のうちの七本までをそいつに斬り落とされたが、最後の一つの首で、死力を尽くしてそいつを呑み込んだ。嵐をコントロールする能力を得たのはそのときからだ。その傷を癒すために、私は自ら禁術を開発し、吸血鬼という新しい――その当時は新しかったのだ――存在と概念を創り出した」

「なるほど、なるほど。そうして、我々の祖になられた、と」


 こいつがそんな真似をしたせいで人の世にどんな呪いと災いが振り撒かれることになったか、わたしはもちろん知っているが、それを説明し出すと長くなりすぎるからここではやめておこう。


「そして、まだすべての傷は塞がってはいない。だからこの通り、血を流している。血を流しても平気だし、傷口は竜血に覆われているから日光に晒すこともできるのだが、そうはいってもこの身体のままでは、やはり不便も多くてな。手足となる部下が欲しいのだよ。どうだ。私とともに、神々と戦わないか。もちろん、単に真なる吸血鬼となってさらに不死を得るというだけではなく、その他にも全員にそれ相応の待遇を約束する。例えば人間社会で通用する金銭だ。言わないでも知っているとは思うが、吸血鬼にとっても決して無価値ではない」

「ほうほう。いい話じゃないか」


 どうすればこいつを殺せる? わたしはひたすらにそれだけを考える。いま、取れる最善手は何だ。頭をフル回転させる。わたしは考える。父様。最愛なるわたしの御父様。どうか、お力を。


「もちろん、我々があんたの仲間になるとすれば、とうぜん最初にあんたの血を飲むのはリーダーであるこのわたしだ。その権利は認めてくれるな?」

「いいだろう。それは当然だろうからな」


 ちなみに同じ吸血鬼の眷属同士では先後の順で地位の差ができる。とはいえ今のは部下たちを牽制するために言っただけだ。実際に飲むつもりはまったくない。しかしこれで、レッサーの部下たちがわたしを裏切って血を飲み、竜の側に寝返る、というのをかなりのところまで抑止できるはずだ。


「ところで、だな。実は私も腹が減っている。私は真祖だから、吸血以外の食事も必要としている」

「何が食いたいんだ?」

「処女のヴァンピールが最も好い」


 ひっ、とヴァンピールの部下たち何人かが悲鳴を上げた。成程な。半吸血鬼をわざわざ狙いたがるわけだ。


 それで時間稼ぎができるなら部下の一人くらいは捨て駒にしたってよいのだが、現実問題としてはそれはできない相談だった。ひとり食わせたら、こちらの記憶を読まれる。そうなったら皆殺しにされるか、全員奴隷にされて終わりだろう。


「……さすがに、今この場で姉妹の命を犠牲にするのは躊躇われるな。生娘のヴァンピールの生き血では足らんのか?」

「無いよりはマシだが」

「そうか。なら、わたしの生き血で我慢してくれ。どうだ、わたしとあんたとで、お互いの生き血を交し合おうじゃないか。わたしもあんたの血を飲みたいが、傷口から出た古い血よりも、できれば生き血がいい」

「そうか。では、こちらに来い。……お前ひとりでだ」


 できれば部下たちにアシストをさせたいが、竜に悟られないように部下たちにだけ分かるような命令を発する手段がなかった。わたしは覚悟する。刺し違えてでも、こいつを殺すことを。


「竜の鱗の上からでは無理だと思うが……どこに噛みつけば、生き血を吸える?」

「喉元に、剥がすことのできる鱗が一枚だけある。いま、場所を教えてやろう」


 わたしは竜自身から逆鱗の場所を教えさせることに成功した。首尾がいい。あと問題は、わたしが隠し持っている真祖を殺すための手段が、こいつに通用するかどうか、ということだけだった。


 この世界には魔術というものがある。遠い昔に滅びた体系だが、父はそれを研究していた。それを、わたしは隠し持っている。どんな吸血鬼でも殺すことのできる魔術を、わたしの死によって発動できるように、いま、設定した。わたしが死ぬと、わたしの持っている紅玉は小さな太陽となり、陽の光を発する。部下たちも全滅だが、それはたいした問題ではない。任務が成功すればそれでいい。


「待て。その前に。服をすべて脱げ」

「……人間型の女の身体に興味でも?」

「そんなものはないが。今の自分が完全に信用されているとでも思うのか?」

「まあ……それはそうだろうな」


 まずい。私が死ねば発動するとはいっても、隠してあるのは服の中だ。できれば、限界まで距離を詰めてから発動させたい。服の中に隠してここに脱ぎ捨てた状態から、確実にこの竜を仕留められるかどうかは不透明だ。


 そこで、わたしは。紅玉を隠した。わたしの身体そのものは、人間の女のそれと同じ形であるからして、一ヶ所だけ違和感なくものを隠すことができる場所がある。具体的な説明は控えさせてもらうが。


「それじゃあ……そちらへ行くぞ」

「ああ」


 竜に近付く。


「私の血をお前が飲めば、その時点でヴァンピールの性質は失われる。従って、先に血を飲ませてもらう。それは分かっているな?」

「ああ」


 それは織り込み済みだ。十分に近づくことができれば、それでいい。


 で、わたしの身体に竜の牙が突き立ちそうになった、その瞬間だった。


 部下の一人が叫んだ。レッサーの部下だ。


「竜どの! その女は、女陰に武器を隠しておりまするぞ!」


 とうとう裏切り者が出たか。まあ、いい。あとは時間との勝負。


「おのれ……!」


 竜はわたしの上半身を噛み千切った。だが、その直前、わたしは自分の隠していた紅玉を取り出し、そして念を込めていた。自分の死後、この腕が逆鱗を引き剥がし、そして父様が込めた魔術が発動するように。


「姉さま……!」

「姉上様!」


 部下たちの中に混じっていたヴァンピール二人が、わたしに向かって叫んだ。その二人が、裏切り者のレッサーを即座に殺害した。既に戦闘は始まっている。しかし、さすがにわたしはその指揮を取れる状態にはもうない。これ以上そんな続くと言うほど続きはしないとは思うが。


 そろそろ意識が遠くなる。この戦いの結末を見届けられずに果てることだけが、少し無念ではある。


 ―


 ―


 ―


 ―


 ―


 気が付くと、わたしは父のもとにいた。


「ト・オ・サ・マ?」

「おお、わたしのカミーラ。意識を取り戻したのかい」

「ワ・タ・シ・ハ」

「お前は首尾よく、真祖を討ち果たしたのだよ。それを知らせるために、こうして、目を覚ましてもらった。お前はよくやった。お前はもうヴァンピールではない、それとは異なる存在となっているが……どうする。このまま土に還るか、それとも」

「イ・イ・エ」

「うむ」

「ト・オ・サ・マ・ト」

「いいだろう」


 皆まで言わずとも、父は、ヴラド公はわたしの望むことを分かってくれた。わたしは、父に愛される権利を得たのだ。きっと、これからずっと、永遠に。


 死がふたりを分かつまで。

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