辰井圭斗様 Story-3

 それから海辺の家で、女と四年暮らした。四年。子供が生まれるのに十分な時間であった。女は乳飲み子を抱えている。


 女は確かにライラーそのものだった。少なくとも、俺にはそのように感じられた。どこに触れると一番感じるか、などということまで本人とそっくりだった。本人とそっくり、というのは、それが本物のライラーではないということ自体は、分かり切ったことだからだ。


 だが、それでも。


 俺はその女を愛し、生まれてきた我が子を愛おしいと思い始めていた。


 だが、もちろん。


 平和な暮らしはいつまでも続きはしなかった。当たり前だ。勇者であるこの俺が、魔王グランドノアを倒すための冒険に出なかったのだから、人類はそれからまもなく、魔王の軍勢によって蹂躙される羽目になるのは必然であった。俺たちが暮らしていた海辺の家は辺境にあるが、それでもいずれはそこにも魔物が現れるようになった。


「カイトさま」


 女は俺のことをカイトさま、と呼ぶ。俺はその女をライラーとは呼ばないが、ライラーがそうしていたのと同じように、同じ口調、同じ声で、そいつは俺のことをカイトさまと呼ぶのだ。それが俺の心を千々に乱す。


「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか。お前、本当の名は何というんだ」

「何をおっしゃっているのですか」


 女は薄く笑う。


「私はLiar。あなたの妻で、あなたの子であるシーリアの母ですよ」


 全く。よく言ったものだ、Liarライラーとはな。本物のライラーの名前の綴りは、Lirerだったのだが。


「もういい。俺はとっくに、お前の術中に嵌っている。今更抵抗するつもりもない。ただ教えてくれないか、お前の狙いは薄々分かるからもうわざわざ訊きはしないが、本当の名前だけでも」


 女は笑みを消した。


「そうですか。ならばお教えしましょう。私の本当の名は、スズネ。あなたがかつて滅ぼした魔王軍の、魔王グランドノアに仕えた魔軍四天王の最後の生き残り。“魔将”スズネでございます」

「お前が、スズネか。やはりな」


 魔軍四天王という連中がいたことは知っていた。三人までは直接対峙して、殺した。四人目は、もちろん名前くらいは知っていたが魔王を先に仕留めてしまったから、会う機会すら一回もないままだったのだった。どういう能力の持ち主だったのかもよく知らない。ただ。


 その種族はサキュバスだ、という事実だけは知っていた。


「それで。これから、俺たちはどうなるんだ。今いるこの世界は、ただの幻だろう」

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