居眠り喫茶〜恥出しコーヒーの作り方〜

岩水晴檸

序章 居眠り喫茶にようこそ

 喫茶店。それはオーナーの趣味や意向によって店の雰囲気も変わる。独特の落ち着いた雰囲気に重きを置く店、ジャズなどの音楽と共にお茶を楽しむ店など様々だ。

そんな様々な喫茶店が存在する中でこの『居眠り喫茶』のオーナー、稲垣恥得はコーヒーの豆にこだわり、特に店を構える場所にこだわっていた。


 今日も彼女の喫茶店にはコーヒーのいい香りが漂っている。窓から差し込む朝日が観葉植物を照らし、シックな家具たちがより際立って見える。コーヒーサーバーからは薄く煙が立っていて、恥得はそれをカップに注ぐとカップを軽く揺すって香りを楽しむ。

「んん〜。甘〜い香り」

一口それをすするとその香り通りの味が口内、鼻腔へと広がり微かな体の震えを覚えた。

「最高だわぁ〜!!」

右頬に手を当てて満面の笑みを浮かべる。

窓から外を見てふぅと一旦落ち着き、軽く伸びをして扉から外へ出ると入口にあるかけ札をCLOSEからOPENにひっくり返した。

そして快晴な空を見上げて両手を高く上げる。

「今日はどんなお客が来るかしらね」

誰かに聞くように、大空に話しかけるように彼女は言うのだった。


お昼頃、この喫茶店は常連客やたまたま寄った客で満席になることが多々あった。恥得が一人で忙しく接客や料理をしていると一人の男性サラリーマンが来店した。

風貌からするに30代後半だろうか。

「恥得さん!」

男はそう呼ぶとかばんから麻の袋を取り出してジャラジャラと音を立てた。

「村上さんすごい!ちょっと席に座ってて!」

他の客に一通り注文の品を提供すると恥得は村上という男の前でコーヒーを入れるとそのまま提供する。それと交換するかのように村上も麻の袋をカウンターの内側に置いた。

「ありがとう。いやぁ採るには採れたんだが、今回はあんまり味に期待はできなそうだよ。」

村上は肩を竦ませて、コーヒーを一口すする。

「あら、そんなの挽いて淹れてみなきゃ分からないわ。大丈夫、毎回美味しいわよ」

麻の袋を開けてコーヒー豆をすくい上げながら慰める。

「そうだといいんだがなぁ。あ、フレンチトースト一枚」

「あ、はいはい。お昼休みは1時まで?」

村上はコーヒーを飲みながら小さく頷いた。


「次の目標は決まってるの?」

ホカホカのフレンチトーストを手渡しながら聞く。

「あぁ。次のは味が保証された上玉だよ」

フレンチトーストをコーヒーの横に置いて鞄の中に手を入れて写真を一枚取り出す。

中指と人差し指で挟んで恥得に渡した。

「これって、あの有名お笑い芸人じゃない……?」

「その通り、お笑い芸人のサーモン高谷!彼さ、O-1グランプリ優勝後に結婚発表したんだけど、なんとあれから約半年の明日!不倫の記事が週刊字春に載るんだよ!!」

フレンチトーストを一口噛り、鞄から一冊の雑誌を取り出す。

軽い音を立ててカウンターにそれを置くと、フレンチトーストを手に持って一口二口と急ぐように食べる。

恥得はその雑誌を手にとって例のページを見つけて軽く記事や文に目を通す。

「ふふふぅ〜ん!あぁ〜!甘ぁ〜い恥の予感!これは美味しいコーヒーが採れそうね!村上さん、お願いできる?」

口いっぱいにトーストを含んだ村上は目を大きく開けて親指を立てる。

「ん!もひろん!……んっ!記事が出回ってネットでもいい感じに炎上してる辺りでアタックしよう!」

「分かった!その日はお店、開けておくわね!ちゃんと、居眠りの時間もチェックしておいてね!」

「おうよ!」

元気よく村上は返信すると時計を見て、コーヒーを一気に飲み干す。

「時間だ!じゃあ、詳しい日取りとかはまた後で!」

「あ、はぁ〜い!お仕事頑張って〜!」

村上は支払いもせず店から出ていき、恥得もそれをにこにこと送り出した。


サーモン高谷が人間の恥としての醜態を公に晒すのはまた、少しあとのお話……。






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居眠り喫茶〜恥出しコーヒーの作り方〜 岩水晴檸 @boru_beru

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