私、ヘルムントがクレムを買うこと、またクレムの身の上話を聞くこと
「君を買いたいのだが」
次の日、私はあの酒場に赴きクレムと交渉した。
二つ返事でクレムは私の手を取った。
酒場(非公式の娼家だったのだろう)の二階に上がり、部屋へと入った。
「このままでいたします? その方が良いかしら」
寝台に腰かけて問うクレムに私は首を振った。
「いえ、全部脱いでください。お願いします」
私は敬虔な教徒ではなかった。
クレムはくすりと笑い、蠟燭を灯した。それから私は美しい彼女との夢のような時間を蠟燭がなくなるまで過ごした。
行為が終わったあと、私は彼女の生まれを聞いた。
生家は私と同じような田舎の豪農で、貴族の身分を買い、商いもしていた富裕層だったという。
* * *
『実家の父と母、兄は私を死んだ者としておりますわ。私ももう帰郷することはないと思っております。ええ、自分から出てきましたの。理由? さあて、きっかけといえばアレでしょうねえ』
クレムはかつて精神病(ヒステリー)を患い、心配した家族が内科医を呼んだのだという。
『内科医の治療を受けましたの』
私は医学に関して全くの無知だったのだが、女性の不調の原因は全て子宮にあるとされており、荒ぶる子宮を抑えることが主たる治療法なのだそうだ。つまり何をするかというと、内科医は女性患者を自らの手で愛撫して絶頂に導くのである。
クリームヒルトの内科医は容姿端麗で若い男だった。
『彼は巧みでしたわ。子供だった私はあっという間に達してしまって』
私はこの美しいクレムに内科医が最後まで手を下さないわけがないと思い、彼とは関係を持ったのかとクレムに聞いた。
クレムは陽気に吹き出した。
『いえ、残念ながら彼は不能でしたの』
内科医の職業病かもしれませんわね、とクレムは言って私の胸に頬を寄せた。
『彼は私にとって特別な人でした。彼が私に快楽を教え、私の適性を見抜き、進言したのです』
内科医はクレムが奔放で強い気性ゆえに、常に抑圧される富裕層女性の生活が耐えられず、ヒステリーを起こすのだと診断した。
『教えていただきましたの。フランスにはある種の職業女性が居ると。その頂点となる女性たちならば男性のように書庫に入って読書することも可能になるのだと。金髪青眼の君ならば努力すれば夢ではないと』
家を出て高級娼婦になれなどとは、思い切った助言をする内科医である。その助言のとおりに、クレムは家を出て現在の状況に至ったらしい。
フランスには行こうとは思わないのか、と私は聞いた。
『結構ですわ。今のままで満足しておりますの。こちらの図書館にも入れますもの。そうそう、この格好をしていると、スムーズに図書館に入ることが出来るのですよ。もちろん、一人ではなく殿方とご一緒してですけど』
彼女が書を読むと聞いて、私は話題をそちらに変えた。いくつかの書について感想を交わしたあと、私たちはルターの『95ヵ条の論題』『キリスト者の自由』『教会のバビロニア捕囚』についても意見を交わした。
『あの方は非常に人間らしい人間でございますわね』
クレムは彼の文章ではなく、彼自身を評した。
『その上、二枚舌でコロコロ意見を変えなさるの。柔軟で世渡りが上手いと言えば良いのかもしれませんけど。これからはあの方に裏切られる方も沢山出てくるでしょう』
ルターと会ったことがあるのか、という私の問いにクレムは答えず微笑するだけだった。
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