私、ヘルムントが路地で美女クレムと話すこと

 私は動揺した。とてつもなく動揺した。

 慌てふためき、混乱する頭で出てきたのは次の言葉だった。


「き、君は女性だろう! なんて格好をしているんだい!」


 そうだ。規律正しい厳格な信徒のふりをしよう。街中で風紀を乱すような奇抜な格好をした女を見つけ、注意するつもりで後を追ったのだと主張しよう。尻に惹かれてフラフラとついて行ったのだと知られてはいけない。

 彼女はきょとんとした反応で私に問い返した。


「私が男装をしているから怒っていらっしゃいますの? だから追いかけていらしたの?」

「破廉恥な! 恥を知りなさい!」


 私は正論である、という自信が私を高揚させて声を大きくさせた。

 そうだ。身体の線が顕になる格好をしているこの女性に非があるのだ。ぴちりとしたショースで脚の形丸出しだなんてけしからん。


「そんなに、脚の形を出して……」


 と、彼女のすらりとした下肢を視線でなぞった私は股間に存在している袋にまたもや仰天した。


「な、な、なんとそんな物までつけて!」


 私の大声に彼女は眉をひそめて大袈裟に両耳の穴に指を突っ込んだ。


「な、なんだね、それは!」

ラッツコッドピース(独語)ですわ」

「そんなことは見れば分かる!」


 真っ赤になって叫んだ私に彼女は微笑んだ。


「失礼。もしかしたらご存知ではなかったのかと。貴方は身につけていらっしゃらないから」


 彼女が私の股間に目をやったので私はますます顔を赤くした。

 コッドピースは男性の性器を守るために本来、ドイツの農民が身につけ始めた股袋であるが、現在ではファッションの一部としていたるところで男性の股間にぶら下がっている。中に詰め物をする者、更にはおっ立てる者もいて、地域にて多種多様の姿をしている。私の生まれた村では私の母をはじめ、コッドピースを下品だと評価する者が多く、コッドピースは流行らずにいた。だから私は自身の股間には何もつけず、ショースとブレー(丈の長い昔ながらの上着)だけの姿であった。しかし、都市部に来ると私のような格好をしている者は誰も居らず、いかにも田舎者と宣伝しているような自身の様に私は恥ずかしい思いをしていたのだ。


「お願いですから、少し声を落としていただけるかしら?」

「ど、どうしてそんな物まで」


 しかも立派にコッドピースはそそり立っている。美女の股間が立ち上がっているのは異様な光景である。

 私は少し落ち着き、声量を落として聞いた。


「女性である君が男装の上、何故、そんな物をつけて立たせる必要があるのだ」

「あら、それはもちろん、ぺしゃんこだとキマらないからですわ」


 それはそうかもしれないが。あっさり答えた彼女に私は次に言う言葉を無くした。

 しかし、立派な立ち具合である。

 その盛り上がっている理由にひかれ、私は中身の正体に非常に興味がわいた。ただ単にハンカチを詰めてもこんな形にはならない。


「中に何が入っているのか興味がおあり? ならばどうぞ、確かめてみてくださいな」


 私の視線に察したのか、彼女が少し股間を突き出した。

 躊躇いながら私は彼女の股袋に手を伸ばした。

 冷静に考えると、女性の股間にある股袋に手を突っ込むなどということはまことに滑稽な図であると思うのだが、当の私は動揺していたのだろう。そんなことには気が回らなかった。

 股袋のポケットに手を入れると硬い物に触れた。その棒のようなものを掴み出すと、金属製の男性器をかたどった張り型だった。


「なんだね、これは!」

「戯れに、あるお方から頂いた物ですの。高価ですのよ」


 性器をかたどった先の丸みには男の顔まで細工してある。何という見栄の塊だろう!


「お気に召したなら、差し上げましょうか?」

「わ、わ、私にはこんな物、必要など……!」

「あら素敵ですこと」


 彼女が目を細めて私の股間を見つめて微笑んだので、私はカッとしてその張り型を彼女に突っ返した。


「とにかく! 君の格好は風紀を乱す! 男なのか女なのか人々を混乱させる!」

「私は女ですわ」

「それは分かる!女性が男装をするなんておかしいと思わないのかね! 貞淑な淑女はそんなことはしないものだ。脚の形を見せるなど淫乱と思われても仕方がないのですぞ!」

「私はどなたかに迷惑をかけているかしら? この格好をしたがために、誰かが苦しむとでも?」


 彼女が私に近づいた。


「誰も苦しむ者などおりません。貴方がそんなことお気になさらなくても街はいつもどおり平和ですわ」


 私の手を取り、彼女は自らの股間へと導いた。


「さあ。あとは何が入っているか。最後まで確かめてごらんなさい」


 彼女の細い指の柔らかさと、彼女の編み込んだ髪から漂ってくるしのばせたクローブの香り。ごくりと私は唾を飲み込んだ。有無を言わさない彼女の迫力に私は彼女のコッドピースに手を入れた。


「もっと奥まで」


 彼女のささやきに私は手を伸ばした。


「あっ」


 想像がつかないわけでもないのに、私は驚いて声を上げた。

 コッドピースは用便の時に性器を取り出すものだ。奥には穴が空いているのは承知の上であったのに。私は女を知らない訳でもあるまいに狼狽して、手を引っ込めた。


「君は。娼婦なのか」


 彼女は悠然と微笑んだ。


「教会の方にはご好評ですわ。麻袋よりマシでしょう?」


 教会では理想的な男女の性交として麻袋を使った方法を推奨している。すなわち、妻が穴の開いた麻袋に入り、夫が穴から性器を入れるのである。情欲が高まるのを防ぐためにお互いの肌を見ずに性交するのが望ましいのだ。

 確かに、コッドピースを使えば衣服を着たままで性交が可能だ。

 それにしても昨今の聖職者の腐敗には辟易する。


「私はクリームヒルトと申します。貴方様は?」

「ヘルムント・ホフマン」


 クリームヒルトは私から身体を離した。


「私のことはクレムと。ホフマンさん、私はいつもあの酒場におりますわ」


 あとには、彼女の後ろ姿を眺めて立ち尽くすしかない私があった。










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