コッドピースの女

青瓢箪

1523年 私、ヘルムントが酒場で男装の美女、クレムと会うこと

 その酒場に入ったのは私の喉の渇きを癒すためで全くの偶然である。

 田舎から上京したばかりの私は、これから居住する地を把握するために歩き回っていたのだ。入った酒場では何人かの先客が居り、サイコロ賭博に興じていた。エールを注文した私は、昼の日中に労働もせずサイコロ賭博に熱中する輩とはどんな奴らなのかと、軽蔑を込めてそのテーブルに目を向けたのだった。一瞬のち、私は動揺のあまりエールが気管に入り、勢いよくむせた。私が大きく咳き込んだ音に、彼女が視線をテーブルからこちらに移した。


 美しい人だった。

 美の基準では最上となる金髪青眼に加え、肌は美しく、輪郭は柔らかく上品な口元をしていた。目鼻立ちの配置は整っており、小さめの鼻が愛らしかった。

 私が動揺したのは、彼女が美しかったからではない。彼女のような女性が野卑な男たちに交じってサイコロ賭博に興じていたからでもなく。

 彼女が男の格好をしていたからだ。


 私は彼女が女性的な美貌を持った男ではないのかとすぐさま疑った。しかし、ぴたりと身体に沿うプールポワンの胸元は豊かな二つの丘で押し上げられていたし、ショースを履いた脚の線はほっそりとした優美なラインを描く女のそれである。

 次には彼女が女装趣味の男ではないのかと考えた。つまりは胸に詰め物をしたりという本格的な性癖の女装男の場合を考えたのだ。だが、サイコロ賭博仲間と話す彼女の声は紛れもなく若いソプラノであり、真に女性であると告げていた。

 私は信じられずに彼女を凝視した。

 貴族や裕福な商人の男たちの一部で、女装趣味が存在する事実は聞いていた。だが真逆の、女性が男装をするなどという事実は私には天地がひっくり返るほどの衝撃だったのだ。

 彼女は細く華奢な指で皿からクミンパイを食べ、ひとしきり賭博を楽しむと男たちと別れを告げた。

 私は彼女の後を追うように店を出た。


 彼女の後をつけずにはいられなかった。

 ショースであらわになった彼女の弾むような尻と続く伸びやかな脚の線は、たまらなく淫らで魅惑的だった。

 女性の脚の線など滅多に見られるものではない。多くの女性、いや、今まで私が会ったすべての女性は長いスカートで身体の線を覆い隠していたのだから。肩を大きく出した服で胸元をちらつかせ、コルセで腰を締めてほっそりとした上半身を見せつける女性は多くいる。上半身は奔放だが、下半身は貞淑に、というのが女性の衣服の定例だと思っていた。まさかその逆を堂々と見せる女性がいるなど思ってもみなかった。都市部にはこのような女性が存在するのか。

 彼女が右によれ、建物と建物の間にある路地へと入った。私は当然のようにその後を続いた。

 すると彼女が私を待ち構え、腕組みをして立っていた。


「私の後をつける御仁は貴方? 酒場で私のことをずっと見ていらしたのは貴方でしょう?」



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