大人の階段上る頃

騒がしい二人組が帰った後

数多のお客様らしき方々が窓から店内を覗いていた

彼女達は覗くだけで、決して入店はして来ない

そもそも名前を思い出す事すら怪しいお客様らしき人も混じっているから


そんな中、久しぶりのお客様がご来店です


玉川由香里様、深層の令嬢です

気の強そうな顔立ちですが、実は凄く甘えん坊な彼女

私にはわかりませんが、身に付けている物はすべて高価なブランド品だそうです


玉 こんにちわ

私 いらっしゃいませ

玉 未だ怒っているのかしら?

私 いいえ、随分前の事ですから

玉 その時は怒ってたでしょ?

私 どうでしょうか、貴方がそう思うのであれば怒っていたのでしょう

玉 私の嘘は見破ってたよね?

私 そうですね

玉 何故、もっと追及して怒らなかったの?

私 嘘をついてまで成し遂げたい用事があるならば、私の出る幕はないです

玉 そう、でもそれは詭弁よね?


そう、後に彼女は私が怒らなかった本当の理由を、共通の知り合いから聞いている

彼女の嘘とは、私との約束を反故にして別の誰かと逢っていたこと

僕の詭弁とは、それを良いことに彼女と疎遠になり、別の相手に走った事

つまり、互いに別の新しい相手に向かったのだが、少し彼女の方が私より早く行動しただけなのだ


私 ご存じのようで

玉 後悔はした?

私 しましたよ

玉 そう、相変わらず優しいのね

私 ありがとうございます

玉 私はね・・・

私 ・・・


私の知るところでは、彼女は結局誰とも結婚せずにいたらしい

少なくとも30代半ばまではそうだったようだ


玉 本当に楽しかったわ

玉 貴方は私の正体を知らなかったのに優しかったから

私 知ってましたよ

玉 最初から?

私 いいえ、最後の頃に

玉 そっか・・・

玉 それが原因かしら?

私 滅相もない、その頃にそんな事考えませんよ

玉 今なら?

私 当然、考えたでしょうねw

私 そう・・・


呆れたような安心したような笑顔だった


玉 私には何を出してくれるの?

私 こちらをどうぞ


形の崩れたハンバーグを出した


玉 懐かしいわ・・・

玉 今ならもっと上手に出来るのよ

私 そうですか、でもこれも味はかなり良かったですよ

玉 だって、いい肉使ったからねw


そう言いながら玉川由香里は帰って行った

いつの間にか、カウンターの少し離れた椅子に次のお客様がいつの間にか座っていたようだ

お客様の名前は、山口貴子様


私 お待たせしました

貴 初めて見たわ

私 ・・・

貴 噂のお金持ちの彼女さんね

私 元、ですが


若気のなんとやらだろうか、仲間内で当時の彼女自慢をした時に口が滑ったらしい


貴 若さ、可愛さ、育ち、あんたへの愛情

貴 全部に於いて私より上だよね?

私 ・・・

貴 なのに、どうして?

私 わかりません

貴 しかも、私は俊君が好きだったの知ってるよね?


俊君=当時の私の親友である


私 存じてました

貴 俊君が私に気が無いのも知ってたよね

私 はい

貴 しかも、私は年上よ!

私 そこは関係ないですね


貴子さんが言うように、多分条件的なものを比較すれば貴子さんを選ぶ男性は少ないのかもしれない


貴 本当に何故?

私 理由はないです、私にもわかりません

貴 そうなんだね


貴子さんも40過ぎまで独身だったのは、風の噂で聞いていた

多分、知り合った当初は貴子さんも僕を可愛がってくれていた

それに私が反応し、想いを寄せると同時に貴子さんは優しく拒絶をはじめた


貴 本来、私はここの客の資格はないのよ

私 そんな事はありません、資格の有無は私が決めますので

貴 そうなんだ

貴 で、私が出してもらえるものはあるのかしら?

私 ・・・


ハッキリ言うと出す料理はおろか食べ物もない

強いて上げればコレくらいしか・・・


私 どうぞ

貴 缶ビールか・・・そんなにビールは好きじゃなかったけどね

私 それでも当時、バドワイザーを頼む貴子さんは・・・

貴 私は?

私 背伸びしている感じが可愛かったと思いますよ

貴 そうなんだ・・・


山口貴子は最後まで飲み干して店を出た

あの頃は全部飲めず、半分はこっそり捨てていたのを私は知っていた


当時から、何故貴子さんが良いのか、仲間から不思議がられていたが、今ならその理由が少しわかる気がする

私は優しく接してくれる相手に、好意を抱く度合いがかなり高いのだろう



それからも何人ものお客様候補が、店内を見ては入らずに帰って行った

そのうち何人かはお客様に成り得たのだろうが、そうならなかったのは私の過信であろう

いわゆる、馬鹿丸出し時代とでも言っておこう


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