第24話天草の歴史



「人と穢れのです」



清導天廻最上階にある大天導師、総葉のフロアの隠し部屋。


その中で総葉から驚くべき事実を告げられた紫苑と桜華は驚きを隠せなかった。


特に桜華は幼少期から穢れ人は悪であり敵であると教わって来た為、その事実は非常に受け入れがたいものなのだ。



「ちょっと待って下さい……それでは初等や中等で教えられて来た歴史などが全て覆ってしまいませんか!?」



「ええ、そうですね」



「何故……」



「それをこれからお話しします」



いつの間にか用意されていた新しいお茶をズズっと一口飲むと、総葉がゆっくりとその口を開いていった。



「穢れ人が出現したのは今から凡そ1000年前と言われてます。

これは歴史の本でも書かれておりますね。

勿論、それ以前にはまあ、所謂物の怪や妖の類と呼ばれていた時期もあったようですが……」





東方倭国は遥か昔から物の怪、妖の類が描かれた伝書が多く存在する。


それらはフィクションであったり、ノンフィクションであったり、様々な為にもはや今となってはどれが現実のものかは専門的な知識がなければ解明出来ない。


そして1000年前、世間が灰色の衣を纏った存在を始めて認知した。


この時は人の心に潜む邪な思想が穢れ人への種だと知る者はおらず、新たな妖の類だと言われた。


その為、この時代では天導士ではなく霊媒師や陰陽師と名乗る者達が悪しき存在を祓っていたのだ。


だがそれから300年後に今度は初めて〝主〟と言う存在が現れる。


主は言葉を話し、まるで人間の様に振る舞いながらも人に非ず、人間を穢していく存在であった。


故に主の出現によって忽ち穢れ人の数が増え、ここでようやく穢れ人という存在が妖の類ではなく、〝元は人間〟だったと知らされる事になったのだ。



「この時、穢れを祓う霊媒師や陰陽師は成す術を持ちませんでした。

何故なら、今で言う浄勁力と言う存在を知らず、念を唱え、札を用いていたからです。

最初はそれでも祓われたと勘違いをしていたのですが、実際にはただ動けなくしただけ。

そのまま焼き尽くし、消し去っていく……」



「穢れを祓う為にはその為の力が必要で、その時代にはまだ明かされていなかった……だから対抗手段としては焼き尽くすしかなかった……」



総葉の言葉に桜華が続ける。



「そうです。 その当時、主や穢れ人に襲われ壊滅した村や町は少なくありません。

今でもその跡地などが各地に残ってますね。

そして、このままでは東方倭国が終わりを迎えてしまう……そう考えた当時の将軍家が霊媒師、陰陽師達を集めて極秘に研究を始めました。

穢れ人を祓わず生け捕りにし、どの様な手段が効果的なのか、徹底的に調べ上げたのです」



捕らえた穢れ人に対して念仏を唱え、札を張り、効果が見られないと更に強い念を込めた呪符を使う。


しかし、それでも穢れ人が祓われる事は無かったのだ。



「では、どうやって浄勁力という存在を知ったのですか?」



紫苑はそのまま疑問をぶつける。すると、「それをこれからお話しします」と優しく告げると、一冊の本を取り出して広げた。


そこには研究結果と記載されており、横には灰色の腕を普通の人間にねじ込んでいく様な絵が描いてあった。



「これって……」



「そう、祓う手段が出てこなかった事で、研究所では強硬手段を取りました。

穢れ人に襲われる事で穢れ人になる。

しかし、主が時おりその穢れ人に手を掛け、その時穢れ人が水色の光になって消えていくのを見てたものが居たのです。

つまり、穢れ人の力を取り込めば祓う事が出来ると考えました」



そしてその男は自分の片腕を斬り飛ばし、捕らえていた穢れ人の腕を切断面に押し当てたのだ。


すると、手が切断面から結合された。


だが、普通の人間の身体と穢れ人の身体はまるで違う。


その為、灰色の部分が徐々に男の身体を腕から浸食し始めた。


男は変化していく感覚を文章に残していった。



〝痛みはやがて心地良さとなり、解き放たれた様な感覚になった。

だが、それは衝動の始まり。 全てが欲しい……全てを壊したい……〟



「今でこそ穢れ落ちのシステムが判明してますが、この時は自身の身を以て初めて理解が出来たのですね。

そしてここから、男の戦いが始まります」



男は襲い掛かる欲望の感情を必死に抑えていた。


しかし、時おり意識を失うと近くの者を襲ったり、女性が近寄れば襲い掛かるなど、その都度取り押さえられ、拘束されていったのだ。


男もまた、どうにか心を静める為に瞑想を行なうなどして葛藤を続けた。


こうしたまるで地獄の様な月日が半年続いたある日、男の見た目が大きく変化したのだ。


黒だった髪が真っ白になり、灰色だった穢れ人の腕が人の手に戻っていたのだ。



衝動と理性の葛藤、血に流れる穢れの要素の抑制、意識を解き放ち悟りへと至らせる瞑想、それが合わさり、男の中である一つの力が生まれた。



「それが浄勁力です。 自身の中でその力が生まれ、広がった事で穢れ人の腕だったものが自分の手となってその姿を戻した。

これは歴史的な発見であり、男はそれらを特に精神の強い修行僧や武士へと伝え回りました」



「医療と同じですね……自分の身体で実験を重ねてって……」



桜華はしみじみと人の歴史によって今がある事を深く受け止めていく。



「そうですね。 そして浄勁力を持つ者を増やし、穢れ人をしっかりと祓う事へ至った人間達は奮起し、主等を追い返す事に成功しました。

それが今から400年前。

ここまでが大枠で描かれている歴史の詳細です」



「「はぁ~」」



二人は壮大な話を聞かされた事で少々疲れた様子で一息付く。


だが、まだここまでの話しは歴史上の、皆が知っている一般的なものに過ぎない。



「ちなみに、初めて浄勁力を発揮させた者の子孫が草結家です。

李円ちゃんの髪が白いのはその血が濃いのでしょう。

娘の麗羅ちゃんもだけれど」



「そうだったのですか。 天草もそうですが、天導伍家はどれも歴史が深そうですからね」



「どうしましょう桜華ちゃん、私……天草の歴史全然知らないです……」



「貴女は山奥に居たのだから仕方ないでしょうに。 これから学べばいいのよ」



「二人は仲が良いのですね。 素敵な事です。 伍家の同い年の子達は皆、自分が一番になるんだと闘争心を燃やしますから仲が良いのは珍しいですよ」



「はい、桜華ちゃんには感謝してます!」



「二人とも、双方の存在を大切にして下さい。

では、これから天草の歴史に入ります」



「「はい」」



総葉が別の本を広げて話を始めていく。



浄勁力を開花させ、伝えていった草結の祖先とも言える男。


そして、穢れ人やその根源たる主を追い払う事に成功した人々は、当時、特に高い浄勁力を持った者を集めた。


それが天導伍家の元となる五人の人間だ。



「歴史書にも載ってますが、草結彌榮くさむすびやえい御華喜代助みはなきよすけ天草時三郎あまくさときさぶろう玖天葉天理くてんばてんり蓬辰乃進よもぎたつのしん……これが伍家の始祖となります」



伍家は当時の将軍に招集され、そこで初めて組織としての形を成した。


それが天導の始まりとなる。



「ちなみに私、総葉はこの伍家を率いていた将軍家です。

その形が今でも続いてる事で、私が統括に、伍家がそこに仕える者達になっているのです」



「清導天廻の始まり……」



「そうです。 桜華さんは優秀ですね」



総葉家は五人を道場にて徹底的に鍛え上げていった。そして、穢れ人が現れる度に五人が一丸となって祓い、その武勇から次第に人数が増えて行ったのだ。


気付けば数百人となる大規模な道場となり、総葉流の武芸をベースにそれぞれが道場を開くと、門下生が増え、浄勁力を扱える人達も多くなった。


そこで総葉が穢れ人を祓う専門の組合を立ち上げ、それが今の清導天廻へと至ったのだ。



「それからは平和な国へと至り、穢れ人の脅威も薄れて行きました。

伍家もそれぞれが特色を生かして家柄を拡大し、今の様な形になっているのですよ。


その上で天草です」



総葉の言葉に二人はゴクリと生唾を飲む。



「今から300年前、天草時三郎の息子で二代目当主だった時海が一人の主と出会いました」



「「えっ!?」」



「主って常闇の、ですよね? その主と出会うというのは……」



少し混乱した様に桜華が口を開いた。



「文字通りですよ。 主とは、常闇に住まう穢れの根源たる存在。

しかし、時海が出会ったのは美しい女性の主だったと記されているのです。

心優しく、人に害を与える事のない主。

だからこそ、時海は清導天廻に隠れて主との愛を育みました」



「桜華ちゃん……素敵なんですけど、素敵なんですけどぉ~……ん~」



「紫苑、気持ちは分かるから落ち着きなさい」



紫苑は喜んでいいのかどうか分からず、何とも言えない表情を浮かべていた。



「常闇とは現世と表裏一体。 つまりはこちらが表の世界なら、あちらは裏の世界。 とは言え、穢れの皆が皆危害を与える悪しき存在とは限らない。

そう考えた時海は、主に常闇の状勢や状況などを聞き、共存を考えました」



「穢れと人との共存……」



桜華も紫苑もそのフレーズに様々な思いが馳せる。


同じ天草の人間がそうした思考へと至った不思議さ、そして自分達に何が受け継がれているのか、考え出せばキリがない。



「勿論、愛があればなんて考えもあるでしょうね。

しかし、穢れ人は人に非ず。

特に主は寿命も長ければ子を成す事も出来ない。

何より、伍家の一員だからこそ一緒になるには相応の覚悟が不可欠だった。

だから時海は必死に研究を重ねたのです。

そしてようやく辿り着いたのは、〝自分に穢れの因子を取り込む事〟」



「「穢れの因子……?」」



「そう、初代草結の男は自ら穢れ人の腕を繋いで浄勁力へと至らせました。

当然、その中には穢れの因子が身体を浸食していたでしょう。

それと同じく、愛した主と一つになる為に、自分が穢れ側に寄り添う事を選んだのです」



そして時海が主から因子を貰い、己の体内へと浸食させていく。


当然、変化は起こる。


次第に灰色の衣が溢れ、その身を包み込もうとする。


しかし、このまま飲み込まれてしまってはただの穢れ人に成り果ててしまう。それでは自我も無く、目の前の主を愛す事すら出来ない。


時海は必死に抗い、目の前の主と一緒になる事だけを考え耐え続けた。


それはまるで初代草結の男と同じように――


そして一週間が過ぎ、ようやく理性を安定させる事に成功した時海は、主と契りを交わした。


だが、人と人成らざる者、そう簡単に子を成す事は叶わずにいたが、その5年後にようやく子を成す事に至った。


しかし、その頃から時海の身体は病に蝕まれていった。


何より、病によって弱った身体はその理性を抑える力も薄れていき、灰色の衣に包まれてしまいそうになる事が増えていったのだ。


だが、時海は諦めずに必死に抵抗した。


主もまた、そんな時海の力になりたいとその力を以て制御を促した。


そうした努力が功を奏し、第一子となる時乃進ときのしんが誕生。


二人は大層喜んだ。


そして幸せな日々を過ごしていくのだが、世間的に時海は未婚。


清導天廻や、伍家として見れば後継ぎ問題は必ず出てくる。


故に時海は時乃進を連れて聖導天廻を訪れ、しっかりと跡を継ぐ者が居ると知らしめたのだ。



「時乃進は生まれてすぐ、浄勁力が異様に高い事がバレてしまった。

当然、穢れの主との子である以上その力が大きいのは必至。


時海は主の存在を隠し切る事が出来ず、ついにその存在が清導天廻にバレてしまったのです」



「そんな事が……」



「可哀そうですね……」



二人とも天草の公にされていない歴史を知り、同時に時海への同情を抱いた


人間側にとって穢れ人、何より常闇の主は敵。


だからこそ、その敵と混じった時海は決して許されない行為をしてしまったのだ。


それから主は時海の目の前で祓われ、時海は島流しとなった。


そして、伍家から一時的に天草の名が消えたのだった。



「でも、時海の息子である時乃進はすくすくと成長し、立派な天導士になりました。

その頃には時乃進がどの様な存在なのか、もう忘れられていたのです。

いえ、上層部が隠し通したと言った方がいいでしょうね。

そして、200年前に再び常闇の主が穢れ人を引き連れ都を襲撃しました」



「夏火の乱ですね……」



「そうです。 200年前の夏の夜、突然常闇の主が現れ、都を襲い、街全体を火の海にしました。

まるで先日の様に……」



天導暦1800年・夏


深夜の民が既に寝静まっている時間帯に突然大きな地震が起こった。


眠りについていた者達は慌てて飛び起き、外へ避難すると既に街は火の海と化し、大きな灰色の龍が飛び回っていたのだとか。


空にはそうした灰色の生き物、地上には穢れ人、正に地獄絵図だったと。


事態の収拾には数か月掛かり、ようやく悪しき者達を祓い終えた頃には秋を迎えていた。



「その時、時海が愛した主の姿らしきものがあったと噂されました。

実際には祓われたはずなのですが、もしかしたら常闇の中でそうした出来事があったのかもしれませんが……

また、現在では二人が目にした主の一人、穢狐姫と呼ばれる着物を着た女性がそうなのでは、とも考えられております」



「それって……」



桜華も紫苑もその言葉に驚愕した。



「そう、天草家の先祖に当たる主かもしれないのです。

なお、時乃進は夏火の乱にて多大なる功績を残し、それが認められて天草家が再び伍家に戻りました。

しかし、その乱期に主と接触したようで、自分の出生を知り、自分で調べるようになったようですね」



「私達は主と血縁関係……」



「だから浄勁力が高いのでしょうか……天草の人間は基本的に高い勁力を持つと言っておりました」



紫苑は思い出したようにそう尋ねると、総葉がコクっと頷く。


そして、再び口を開いた。



「紫苑さん、貴女の父影時も恐らく主との関係など、時乃進が行なっていた研究を継いでいたのでしょう。

時乃進、その息子であり紫苑さんの祖父となる時宗、そして影時……もしかしたら主等と直接的な繋がりがあったのかもしれません」



「だから何かしらを封じる為に殺された? もしくは裏切られた……」



「未だその部分は詳しく判明しておりません。 勿論調べておりますが、なかなか難しいのです」



「大丈夫です。 お母様とも約束しました。 私が解明して父の汚名を晴らすと」



「叶恵さんですね。 良い娘を持って良かったです。

こちらでも何か分かりましたらお伝えします。

先ずはしっかりと天導としての力を高めて下さいね」



「「はい」」



ようやく話を終え、二人は下の部屋へと戻った。



「総葉様、この話はどこまでの人間が知っているのでしょうか?」



桜華はボロが出ない様にしっかりとその範囲も聞いておきたかった。



「貴女の母、桔叶は知ってます。 現当主ですからね。

また、影時や叶恵さんも知っていたはずです。

今はそこまででしょう。

ですから、桔叶さんだけになってしまったかもしれませんね」



「分かりました。 ありがとうございます」



「桜華さん、貴女の力はまだまだ眠っている状態です。

楽しみにしてますよ」



「はい!」



「紫苑さん、主との純粋いな血縁は今や貴女と時正だけです。

とは言え、まだ発展途上の二人ですから頑張って下さいね」



「ありがとうございます」



「今日は時間を作ってくれてありがとう。

二人は穢れ人討祓の実績がありますから、また大規模な戦の時には呼ぶ事になるかと思います。


その際は宜しくお願いしますね」



「「はい」」



こうして天草の秘密を知った二人は再び初音に送られ、屋敷にて桔叶へと報告をした。

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