第16話主
「あら、もう帰っちゃうのかしら?」
東の都で穢れ人が出現し、それらを祓い終えた天導士達の前に艶めかしい声が響いた。
「何者だ!?」
「あら、若い天導士達は私の事知らないのね? 悲しいわぁ~」
ふふふっ、と何やら楽しそうに、そして嬉しそうな表情を浮かべて天導士達を眺める一人の女性。
あまり見る事のない非常に豪華な着物を着ており、しかし首から肩までがしっかりと露出され、色気が漂っている。
また、白く長い髪は簪など沢山の装飾品で留められていた。
「何者だ?」
ここら一帯は穢れ人の出現によって既に民間人は避難している。
にも関わらず、場にそぐわない豪華な着物と屋根の上に座っているという異質な雰囲気から天導士の部隊長が尋ねた。
「まあ、その内分かるかと思うわよ? でもせっかくだから遊んでいかない? サービスす・る・わ・よ?」
ふふふっ、と不敵な意味を浮かべると女性は屋根から降り立ち、天導士達の前に対峙した。
「各自武器を取れ! こいつ、危険だ!」
「「「はっ」」」
体長の指示に従い、天導士達は再び武器に浄勁力を流した。
「まぁ怖いわぁ? 幼気な女性にそんな刃物向けて、男としてどうなのかしらぁ――」
「――ねぇ?」
「ひっ――!?」
着物の女は天導士達が構えると怯えた様な表情を浮かべ、〝女性に対しての扱い〟を投げ掛ける。
そして、言葉の途中で瞬時に一人の天導士の前に移動し、耳元で疑問を囁く。
誰もその動きについて来れなかった。だからこそ、突然耳元で囁かれた天導士は慌てて手に持つ刀を振るってしまった。
「ぎゃあっ!? お前、何を!?」
「す、すまん!」
しかし、刀を振るった時には既に女は元の位置に戻っており、囁かれた男は隣の天導士の腕に攻撃をしてしまったのだ。
「ふふふっ、仲間割れは良くないわよ? 仲良くしなきゃねぇ?」
両手を広げ、くるくると回り始める女はどこか楽し気な表情だ。
「落ち着け馬鹿者! 相手を見極めろ!」
再度部隊長が指示を送ると、それぞれが気を引き締めて武器を構える。
「突撃!」
「はぁ!」
「たぁ!」
部隊長の号令で天導士達が次々と刀を振るっていく。
しかし、それはヒラリとまるで舞い踊るかの様に躱されてしまっている。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ~」
女は手を叩きながら天導士達を翻弄していく。
「まだまだねぇ~? じゃあこんなのはどうかしら?」
すると、近くに居た天導士を掴まえて妖艶な吐息でその唇を重ね合わせた。
「んっ!? ん~……あぁ、」
唇と唇が離れた途端、男は顔が赤らみ、まるでこの世の天国にいるような表情を浮かべていた。
「あぁ、何て気持ちよさだ……ここは天国なのか?」
「おい、しっかりしろ!」
「ん~? おい、何でこの人に武器を向けている?」
唇を奪われた男はまるで先程までの記憶が無くなっているかのように、同時に部隊長や仲間の天導士達が他人同然だと言わんばかりに武器を向け返した。
「この人達がね、私をいじめるのぉ……怖いわぁ~」
女が泣き真似をしながら男の方にもたれ掛かる。
「大丈夫だ。 俺が守ってやる」
「嬉しいわぁ。 守ってくれたら――」
女は男の耳元で何かを伝え、後ろに下がった。
「はっはっは! 来い雑魚共! お前達の穢れた心、俺が祓ってやるぞ!」
次第に、少しずつ男は灰色の煙が纏い始める。
「まずい! 穢れ落ちする! 貴様、何をした!?」
「ゆ・う・わ・く」
女が人差し指を口に当て、片目を閉じて嬉しそうに答えた。
「覚悟!」
そして誘惑されてしまった天導士が浄勁力を流した刀を振るって部隊長へと襲い掛かった。
キン!
「目を覚ませ! 私はお前の上官だぞ!」
「黙れ! 俺の愛しい彼女に剣を向けるとは何たる狼藉!
俺が成敗してくれるわ!!」
部隊長の言葉は一切届かず、男は剣を振るい続ける。
そして数十分後、遂に男は穢れ落ちしてしまった。
「くっ、妬み、恨み、全ての罪を清めて純魂へと還りたまえ。
我が浄勁を以て汝の命、天へと導かん!」
部隊長は止むを得ず、落ちてしまった自分の部下をその手に掛け、そして水色の粒子となって消えて行った。
「ふふふっ、楽しかったわぁ~」
「貴様ぁぁ!!」
部隊長は怒りで刀を女に向けて勢いよく振るった。
ギン!
しかし、女にその刀は届かなかった。
女はいつの間にか手に持っていたキセルでそれを受け止めると、そのまま屋根の上へと跳躍した。
「ごめんなさい。 あなたは私の好みじゃないのよ。 でも、どうしてもって言うならまた今度遊んであげるわねぇ? じゃあごきげんよう」
ぶわっと花弁の様な物が女の周辺に舞い散ると、その姿は闇に消えて行ったのだった。
「清導天廻へ戻り、報告する」
「「「はっ……」」」
天導士達は仲間を一人失う形でその場を後にし、部隊長は大天導師達へと報告を終える。
・
・
・
『遂に主が現れましたか……』
「はい、その様です。
豪華な着物姿で簪、キセル、花弁、恐らくは〝穢狐姫〟でしょうか」
『そうね。 間違いないでしょう。
ただ、という事は他の主も近くに居るか……あるいは常闇で動いているかです』
大天導師達が情報を基に割り出し、それらを天導元帥へと伝えていく。
「まだ目的は分かりませんが、こうした動きを見れば……先日に起きた動物の穢れ化は主等の仕業であると考えられます」
「調査を拡大して即刻対処致しましょう」
二人の大天導師が立ち上がり、元帥へと進言する。
『そうですね。 お願い致します。
こちらも動きますので』
「「「はっ」」」
会議を終え、大天導師達から天導師へ通達。
そして、東の都では天導士達が常に街を警備する形を取り、何かと物騒な状況となってしまった。
・
・
・
「と、いう事だから皆も常に警戒してちょうだい。
そして、何か変わった動きがあれば即報告する事。
間違っても単身、独断で動かない様にしてちょうだい」
「「「はっ」」」
天草家でも通達の内容を当主である桔叶が各自に伝え、警戒態勢を取った。
天草自体、既に二人も穢れ落ちしてしまっている。
だからこそ、これ以上の汚名は避けたいのだ。
「桜華ちゃん、この後訓練に付き合ってくれませんか?」
「訓練? 良いけど何かあるの?」
「私は弓です。 ただ、弓や遠距離系の武器を扱ってる人は少ないですよね?
だから、近接戦闘も慣れておかない取って思いまして」
「なるほど。 分かったわ」
「ありがとうございます!」
そして二人は訓練場へと向かい、模擬戦を行なっているともう一人が乱入して来た。
「っ!?」
「なっ!?」
「ははっ、突然の乱入なんて付きもんだぜ? 驚いて隙が生まれてちゃ意味がねぇ! 久しぶりに稽古つけてやろう」
「「全石さん(様)!?」」
二人の前には以前、軽々と穢れ人を祓った分家の全石が立っていた。
そして、稽古を付けると告げるとそのまま二対一の形で対峙したのだった。
「先ず、お前等に足りないのは実戦経験。 だが、だからと言って実戦を積むのは無理だ。
だから、強い相手との戦いで空間の把握、予測、対応、この三つをしっかり養って貰うぞ」
「「はい」」
「じゃあ先ずは二人で連携して掛かって来い」
「「お願いします」」
全石の言葉に、二人はお辞儀をすると武器を構えて踏み出した。
桜華は突剣で紫苑が弓。
故に前衛と後衛に分かれてお互いの動きを見ながら全石へ攻撃を仕掛けていく。
しかし――
「桜華、お前の攻撃は正直過ぎる。 もう少しフェイントとか不意打ちを覚えろ」
ドンっと桜華が弾き飛ばされる。
紫苑は隙を見て勁矢を射るのだが――
「紫苑、お前は敵に迫られた際の対応に追われて隙が生まれやすい。
弓でも接近戦は可能なんだからそれをしっかり叩き込め」
ドンっと次は紫苑が吹き飛ばされた。
「いたたた……」
「容赦ないわね、全石様……」
「ほら、次だ次! 休んでる暇はねぇぞ!」
そして数時間、全石の鬼の特訓に二人は訓練場で倒れていた。
「よし、今日はここまでにしてやる。 各自欠点を意識してどうすべきか考えとけよ! 明日もやるぞ」
「「明日もっ!?」」
「ああ?」
「いえ、よ……宜しくお願いします……」
「お願い、します……」
「おう、じゃあ身体洗って休めよ。 じゃあな」
全石はそのまま中へと入り、二人は満身創痍で動けずにいた。
「大丈夫ですか? 紫苑さん、桜華様」
「う……動けません……」
「私も……申し訳ないけど、芳音を呼んで来てくれない?」
「ここに居ます」
そして桜華と紫苑はそれぞれ世話係に連れられて自室へと戻って行った。
「タケヒコ」
「キュル!」
「全石さん、強すぎない? もっと武芸磨かないとね……」
すると、タケヒコがベッドに寝そべる紫苑の前に座り、「キュ! キュ!」っと僕が居るよ!といった表情で鳴く。
「タケヒコとの連携もしっかり鍛えないとね?」
紫苑が指でタケヒコの頭部を撫でると、気持ち良さそうにする。
「もうダメ……ねむ……たい……」
紫苑は余程疲れたのか、そのままゆっくりと瞼を閉じ、意識を手放していった。
・
・
・
(ここは……?)
気付けば紫苑は見知らぬ家の中に立っていた。
周りはメラメラと燃え盛り、朱色の明かりが一帯を包み込んでいる。
『グアァァァァ!!』
(っ!?)
突然、別の部屋から呻き声の様なものが聞こえた。
(穢れ人が唸ってる時と同じ?)
『あなたっ!! どうしてっ……!?』
更に、別の女性の声が響き渡る。
それは悲痛な叫びであり、その声色に紫苑は胸が締め付けられる感覚になった。
(あっち)
そして紫苑はその場所から声が聞こえた部屋へと駆ける。
すると、そこには頭を抱えながら悶える穢れ人の姿、泣き叫ぶ一人の女性の姿が目に入る。
(この人……お母さん? 私にそっくり……)
『紫苑っ!? こっちに来てはいけません!』
紫苑の姿が見えているかの様に、その女性が叫ぶ。
すると、穢れ人までもが紫苑に視線を送り、ニタァっと不敵な笑みを浮かべたのだ。
(まずい!)
紫苑は咄嗟に勁現具を取り出そうとする、が――
(無い!? あれ!?)
『ダメっ!! あなた、それだけはさせません!!』
紫苑が勁現具を探していると、女性が足を引き摺りながらも両手を広げて紫苑を庇う様に立つ。
(ダメ! 危ない!)
『逃げなさい! 紫苑! 誰か、生き残ってるものはいないのですか!?
誰か来て!』
『ヤメロォォ……私は……ワタシダ! 叶恵、紫苑、ニゲロ……もう、コレイジョウは……ガァァァアア』
『あなた、あなた一人にはさせません。 いつまでも一緒におります』
すると、紫苑の後方から別の女性の声が響く。
『お義姉様!』
『お願い、紫苑を連れてここから逃げて下さい』
『お兄様はっ!! まさかっ……』
『そのまさかです。 ですが、一人には致しません。
私が必ず……だからお願い! 紫苑を連れて逃げて!』
(これは……私が武爺の山に行く前の出来事……?
という事は……穢れ人は……父……)
『紫苑、行くよ! 走るの!』
『お母様は!? お母様っ!』
『ごめんなさい、紫苑。 でも、きっと生きて……』
(お母様……お父様……)
紫苑は恐らく夢の中であろうこの景色に立ち尽くし、ようやく過去に何が起こったのかを理解した。
すると、夢の中のはずなのだが……遠くの方で別の気配を感じた。
(これ……穢れ人とも違う……何だろう……)
「――ル! ――ルル!」
(あれ、また別の……)
「キュ――! キュル!」
「わっ!?」
ガバっと紫苑は布団から起き上がる。
すると、タケヒコが一生懸命頬を舐めていた。
「あれ、また涙……」
「キュル!」
「ごめんね、タケヒコ。 ありがと」
「キュル」
「夢……でも現実に起こった事なんだよね……お母様、お父様」
紫苑は夢で見た内容をしっかりと思い返し、そして再び布団を掛けて身体を横にしたのだった。
時間にしてまだ真夜中。
「明日、お婆様に聞いてみよう」
「キュル?」
「ありがと。 おやすみ」
「クク」
そして再び紫苑は意識を手放していったのだった――
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