第15話課題


「貴女が天草影時の娘?」



紫苑が桜華とペアを組み、実戦差乍らの模擬を行なっていると、同じく地下訓練場を使用していたBクラスの導士二人が話し掛けて来た。


すると、桜華が紫苑の下へと駆け寄り耳打ちをする。



草結麗羅くさむすびれいら蓬涛夜よもぎとうやよ。

二人とも天導伍家の者」



「草結って……」



「そう、緑咏は理事長である草結李円の娘よ」



緑咏は母親譲りの真っ白な髪を一本に束ね、背も170近く非常に高い。


眼鏡を掛け、母親の柔らかい表情とは逆にキリっとして大人びた顔立ちだ。



もう一人の伍家、涛夜は体格の良い爽やかな印象で茶色い髪に左目の上部には古い傷がある。



「えっと父の記憶はありませんが、その様です。

何か御用でしょうか?」



「いえ、Aクラスの中でも一番の浄勁力を持ってるって聞いたから話してみたかったの。

私や涛夜は武芸こそ得意だけど、浄勁力には恵まれなかったのよ」



「はぁ……」



「でもまあ、浄勁力が高くても経験不足なら意味ないじゃない?

良かったら私と涛夜、貴女と桜華で模擬してみない? 2対2の」



「えっ!?」



麗羅の突然の申し出に紫苑は桜華と目を合わせる。



「私は構わないわよ? 勝っても負けても自分の実力を知れるし。

ただ、水鏡導師に聞いてみないと何とも言えないわね」



「なら大丈夫よ。 もう断りを入れておいたから」



「仕事が早いわね。 じゃあやりましょう。 良いわよね、紫苑?」



既に水鏡からの許可は得ているらしく、桜華は好戦的だった為に紫苑もそれに乗っかる事にした。



「貴女達、他の導士達もいるから奥の闘技場を使いなさい」



水鏡が指示を出すと、四人は訓練場の一番奥にある闘技場へ移動してそれぞれが構える。



「ルールは簡単。 参ったって言った方が負け」



麗羅がそう告げると、二人はコクっと頷いた。



「涛夜、貴方一言も発してないけど、良いのよね?」



「ああ、問題ないぞ? まあ、負ける気はしないけどな」



「そうね」



麗羅と涛夜はニヤっと不敵な笑みを浮かべそれぞれが武器を構えた。



麗羅の武器は双頭槍。


長い柄の両サイトから黄色い光の刃が形成され、エレメントが雷だという事が分かる。


涛夜は普通の刀だが、よく見れば鞘が茶色い光を放つ。


土属性のエレメントの様だ。



「紫苑、二人は武芸に精通した一族。 油断は禁物よ。

寧ろ、胸を借りるつもりで。

と言っても簡単に負ける気もないけどね」



桜華が紫苑に伝えると、闘技開始のブザーが鳴った。



〝ビー〟



「はっ!」



それと同時に勢い良く踏み出したのは桜華だった。


紫苑は以前、穢れ人との戦いの際に経験した連携を考え、弓を構えつつ涛夜の動きに警戒した。



ギン!



桜華の突剣と麗羅の槍が交差する。



「あら、前より良くなってるわね。 腕を上げたのは嬉しいわ」



「私だって日頃から鍛錬を重ねてるもの。 いつか絶対に勝ってみせるんだから!」



実は桜華と麗羅、昔から腕試しと称して模擬戦を行なっていた。


しかし、勝つのは決まって麗羅だった。


だからこそ、桜華としてはそれが目標の一つとなり、武芸を磨く事への意欲となっている。



「舞え! 氷牙ひょうが!」



桜華の鋭い突きと同時に剣から鋭利な氷の爪が生まれ、左右から麗羅を襲う。



「ふんっ!」



しかし、麗羅は双頭槍を力強く回転させると氷の爪を全て砕き、一度後方へと下がった。


すると、その着地を見定めて緑の矢がヒュンっと麗羅へ向かっていった。



「あらっ!?」



麗羅は呆けた様にそれへ視線を送るのだが、紫苑の矢が麗羅を射抜く事は無かった。



チャキ



刀を鞘に納める際の音が響くと、一瞬の内に紫苑の放った勁矢が粉砕したのだ。



「えっ!? 早い!?」



「麗羅を射抜くのは簡単じゃないぜ? でもいいタイミングではあったけどな」



麗羅の横で涛夜がそう告げると気怠そうに刀に肘を置いていた。



「今、何が起こったのかしら?」



その様子に桜華も唖然としていた。



「私が放った矢を涛夜さん?が物凄い早さで抜刀して弾いたんです」



紫苑が目の前で起こった出来事を説明すると、「見えてんのか? これは驚きだな」と涛夜が感心した。



「私、山育ちで動体視力だけは良いんです」



「なるほど、じゃあこれはどうだ?」



涛夜が抜刀の体勢に入って身を屈めると、一気に紫苑の下へと駆け、刀を抜いた。



「わっ!?」



ギン



紫苑は咄嗟に弓で涛夜の刀を受け止めるが、その速さにバランスを崩し、後方へと飛ばされてしまった。



「今のも受け止めるのか。 俺も腕が落ちたか?」



「何言ってるの? 今まで受け止められる人が少なかっただけよ。

それにまだ発展途上でしょ?」



涛夜の言葉に麗羅が反論し、宥める。



「まあいい、大体の実力は分かった」



「そうね。 桜華、紫苑、ここからは連携で行くから頑張ってね?」



麗羅の言葉に紫苑は桜華とアイコンタクトを取ると、再び構える。


そして、麗羅と涛夜がタイミングを合わせて踏み出した。



標的は桜華、先ずは近接として涛夜が抜刀し、鍔迫り合いで桜花の動きを止める。


その瞬間に麗羅の鋭い槍捌きが桜華を襲った。



「ぐっ!?」



「あら、残念」



桜華は間一髪、麗羅からの突きを躱して後方へと退いた。


その瞬間に紫苑が二人に勁矢を放った。



「あら、二本を一気に……しかもバッチリな命中で放つなんてすごいわね」



麗羅は感心しながらも矢を弾き、標的を変えずに桜華へと槍を振るう。


その間、涛夜が今度は紫苑へと迫り、矢の援護を防ぐ。



「うっ、凄い衝撃……」



涛夜の達は体格の良さから非常に重く、そして早い。


だからこそ、紫苑は防ぐ事こそ出来るのだが、衝撃でバランスを崩してしまう。



気付けば紫苑の背には桜華が居て、二人が麗羅と涛夜に挟まれる形になってしまっていた。



「桜華、避けると紫苑に当たるわよ」



「なっ!?」



二人とも目の前の敵しか視野には入ってない。


しかし、麗羅と涛夜はお互いにお互いを含めて視野に入っている。



「くっ……」



桜華は苦虫を潰した様な表情を浮かべる。


すると――



「タケヒコ、風を起こして!」



ポンっとタケヒコが紫苑の肩に現れ、「キュル!」と鳴くと桜華と紫苑を包むように竜巻を生んだ。



「嘘っ!?」



「チッ! マジか……」



ブワっと瞬間的な暴風が生まれ、麗羅と涛夜は後方へと飛び退いた。



やがて風が止むと、次は桜華が涛夜へと特攻をし鍔ぜり合う。


麗羅は先ほどのフォーメーションを取ろうと動くが、そこは紫苑の勁矢が阻止した。



ヒュン!


ヒュン!



「ここから先は行かせないって事ね」



「はい、動いたら当てます」



「でも紫苑、当てないと意味無いのよ? 一応実戦形式なんだから」



「あっ!? そうでした!」



紫苑は慌てて意識を切り替えると、真上に勁矢を放った。



「……?」



麗羅はその行動があまりよく分からなかったようで、首を傾げていたのだが、紫苑が放った矢はやがて分散し、まるで傘の様に紫苑、桜華をの周囲へと降り注いだ。



「勁矢――雨宿り」



「これじゃ近づけないわね」



よく見れば桜華とぶつかり合っている涛夜にまでその矢が降り注ぎ、攻撃を阻害していく。



「チッ、面倒だな」



涛夜が矢を交わしながら後方へと下がると、納刀し浄勁力を流し始めた。


そして――



「一閃! 大地斬だいちざん!」



抜刀術の時よりも身を屈め、地面を刀で抉る様に勢いよく抜刀した。


すると、切れ目から斬撃が放たれて紫苑を襲う。



「しまっ――!?」



紫苑はそれを躱そうとしたが、その先には不敵な笑みを浮かべて麗羅が槍を向けていた。



「うわっ!?」



麗羅の槍による突きで紫苑は後方へと飛ばされ、追い打ちをかける様に涛夜の放った斬撃でその場に倒れる。



「紫苑!?」



「おっと、余所見はダメだぜ?」



「なっ!?」



斬撃を放って直ぐ、紫苑が放っていた矢の雨が消えた瞬間を狙って涛夜は桜華の懐に潜り込んでいた。


そのまま抜刀し、桜華を切り伏せる。



「勝負あり、だな」



「ま、参りました……」



「うぇ~ん、桜華ちゃんごめんなさい……」



「いいわよ。 でも流石の連携ね」



お互いに厚い握手を交わすと、それぞれの訓練場へと戻って行く。



「桜華ちゃん、連携って難しいですね……」



「そうね。 まあ武器との相性もあるし、それはこれから考えていこう」



「うん!」



こうして導士達が訓練を終えると、講習は終わり皆が岐路に立った。










カン!


カン!


カン!


カン!



その夜、東の都では日も暮れた時間帯に四回の鐘の音が鳴り響いた。


〝穢れ人出現〟


を知らせる音だ。



「天導士は迅速に出現ポイントへ向かえ! 場所は第五区だ!」



「「はっ」」



東の都、第五区は一般住居区域だ。


故に穢れ人が出現する事で被害が広がりやすい場所でもあった。



現場へ急行すると、既に数名の怪我人が治療班に運ばれている。



「出現した穢れ人は何体?」



「現在確認出来ているのは2体です。 一人が衣に包まれ、もう一人は感染者」



「感染タイプか……」



穢れ人はその者の欲が爆発的に高まり、落ちて行く存在。


その為、基本的には攻撃的で脳裏に浮かぶ欲求のままに行動する。


しかし、時おり仲間を増やすタイプが現れるのだ。



「穢れ落ちが広がる前に祓おう」



天導士部隊は三人一隊となって穢れ人を捜索する。


そして――



『オォォォォォォオ!!』



「陰れ人を確認、直ちに浄化作業に移ります」



「「「妬み、恨み、全ての罪を清めて純魂へと還りたまえ。

我が浄勁を以て汝の命、天へと導かん」」」



それぞれが祓詞を読み、そして武器を手にして浄勁力を流していく。



「行くぞ!」



部隊長が指示を出し、一斉に飛び出した天導士達はそれぞれ連携を取りながら暴れまわる穢れ人を攻撃し、やがてその身が水色の粒子となって消えて行った。



「もう一隊は?」



「あちらも祓い終えたと連絡が入ってます」



「では戻るぞ!」



「「「はっ」」」



天導士達が浄化を終え、清導天廻へと戻ろうとした時――



「あら、もう帰っちゃうのかしら?」



艶めかしい声が周囲の住居の屋根辺りから響き渡った――


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