第17話天草家の過去
過去、自分に何が起こったのかを夢の中で紐解き、そして迎えた翌日――
紫苑は朝早くから祖母である叶架の部屋を訪れた。
「紫苑ちゃん、いらっしゃい」
「突然お邪魔してすみません」
「良いのですよ。 孫何ですからもっと気軽に……と言っても急には無理ですね」
ふふっと柔らかい笑みを浮かべ、お茶やお菓子を用意してくれている。
叶架の部屋は祖父である千逞と隣同士で、中からも繋がっている。
また、部屋自体も広く、まるで旅館の一室の様な造りになっていた。
「以前、夢の中ですが燃え盛る屋敷の中で穢れ人と、一人の女性の映像を見ました」
「燃え盛る屋敷……」
「はい、そして昨日にも見ました。 それも、以前よりはっきりと。
あれは穢れ人となった父、そして私を守り、逃がそうとする母の姿でした。
きっと、私が忘れていた過去だったと思います」
「そうだったの……。 辛い出来事だったから心の奥に閉じ込めていたのですね。 ただ、今その映像が蘇るというのは何かの兆しかもしれません」
「兆し、ですか?」
すると、叶架は少し険しい表情を浮かべて紫苑に向き合うと、ゆっくりと過去の話をし始めた。
「紫苑ちゃん、貴女が生まれて間もない頃の事です……」
天草本家、宗家とは違って武芸に長けてる訳ではなく、基本的に血の濃さで本家となるかが決まる。
その上で当主であった影時は武芸にも長け、そして天草の純血の長男。
故に本家当主となって天草の名を広めていた。
しかし、それを良しとしない動きも当然あり、それは内外どちらからもだ。
天導伍家もその一つ。
五人の人間が手を取り合い、天導という特務機関を築き上げたのだが、時代の流れと共に伍家の中でどこが一番優秀なのか、力を持っているのか、権力闘争は必至であり、水面下で激化していた。
「天草と言っても、敵が多かったのですね……」
「そうなの。 けれど天草は天草が潰えない様必至に努力をしました。
叶恵もそう功労者の一人。
あの子には苦労を沢山掛けてしまったけど、それでも幸せだと言ってくれましたよ」
「お母様……」
「昔からその容姿もあって人気でした。 影時さんは最初興味を示さなかったから、隙あらばって沢山の殿方が求婚してたんですよ?」
叶恵も、そして桔叶もまた、容姿は端麗であり非常にモテた。
実際に、既に結婚をして子を成している今でさえ桔叶を愛人にと宣う連中はいるのだ。
「他の方々と違って伍家は特に嫉妬が膨らみやすいです。
だからこそ、私は影時さんが穢れたのではなく、落とされたのだと感じてます」
「あっ、それ全石さんも言ってました」
「ええ、だから調べて貰ってるのです」
「お婆様が……そうだったんですか」
「紫苑ちゃん、貴女は叶恵とは違いますが、美人です。
そして、高い浄勁力を持っている。
だからこそ、心を強く持って下さいね?」
「はい、ありがとうございます」
「後、これを貴女にあげます」
叶架は奥にあるタンスの引き出しから一つの小さな箱を取り出すと、それを紫苑へ渡した。
「これは?」
「開けてみて下さい」
紫苑は箱をそっと開け、何かを包み込んでいる布を広げていく。
すると、そこには緑色の綺麗な石が嵌め込まれたネックレスがあった。
「お婆様、これ……綺麗ですね」
「良かったわ。 紫苑ちゃんは風のエレメントよね? 叶恵もそうだったのです。
それは叶恵が付けていたものですからね」
そう告げると、叶架はカチっと紫苑の首にそれを巻いた。
「わぁ、ありがとうございます」
「うん、良く似合ってますよ」
紫苑からすればこれは母、叶恵の形見になる。
実感こそ無いが、少しずつ夢の中で振り返った過去が現実味を帯び、自身の中で信憑性を高めていったのだ。
だからこそ、こうして母の存在を感じられる事に紫苑自身、喜びを感じていたのだった。
「あの、お婆様……一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょうか?」
紫苑はまるで覚悟を決めたような真剣な面持ちで叶架へ訪ねる。
「今、天草本家の屋敷はどうなってるのでしょうか?
まだ残ってるのでしたら、一度行ってみたいです」
「……そう。 まだと言うよりも、当時のまま残されておりますよ。
紫苑ちゃんの心が平気なら、行ってみると良いかもしれません。
場所は――」
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その日の午後、紫苑は静世と共に天草本家跡を訪れた。
宗家となる屋敷から車で1時間ほど移動した第四区域の端。
屋敷自体は宗家の屋敷と同じように大きな壁に覆われ、入り口には立派な門が構えている。
しかし、所々は黒ずみ、屋敷の中は門以上に黒で支配されていた。
「ここに来るのも久しぶりですね……紫苑さん、大丈夫ですか?」
「はい。 でも、何もないですね……夢で見た時はまだ屋敷自体残ってましたから……」
紫苑はここへ向かう途中に夢で見た内容を静世に伝えていた。
「中に入りましょう。 ただ、瓦礫や尖った物も落ちてるかもしれませんので、気を付けて下さいね」
「はい」
紫苑は静世に案内され、門から屋敷の中へと入って行った。
屋敷の半分は焼け落ち、残りの半分も崩れていたりと10年の劣化が目に見えて分かる。
「あっ、ここ……」
紫苑は庭の途中で屋敷を見て、何かを思い出したようにそう告げた。
「ここで叶恵様はお亡くなりになられておりました。
後ほど、叶恵様のお墓も行かれますか?」
「そういえば一度も訪れてませんでしたね。 是非お願いします」
紫苑は母が倒れた場所へと立つ。
そして、夢で見た景色と自分が立っている場所を照らし合わせていく……
「やっぱりあれは夢じゃなくて記憶。
あそこに穢れ人となった父が立ち、ここで母や家族を……」
紫苑が一つ一つ確かめる様に告げていくと、それを聞いていた静世は少し悲し気な表情を浮かべて見守っていた。
そして、屋敷の奥へ入って行く。
すると、そこには家族写真らしきものが残っていた。
「これ……お母様とお父様、それに……私? 後……静世さん、この男の子は?」
「その子は紫苑さんの兄、
紫苑さんの二つ上でしたが……」
「そう、ですか……私に兄が居たのですね。
その事実が知れただけでも良かったです」
「はい……」
「あの、この写真持って帰ってもいいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
紫苑は写真を大事に仕舞うと、その場を離れて先程の庭へと向かった。
「あっ!?」
「どうかしましたか?」
すると、紫苑は何かを見付けた様に一室へと向かった。
そこは先ほど外から眺めていた母、叶恵が倒れた場所だ。
「これ……」
そして紫苑がその場所に屈み、畳や床を真剣に眺める。
「静世さん、何か薄っすらと書いてありませんか?」
「えっ? あっ、確かに言われてみれば!?」
「でも薄すぎて読めませんね……何か方法は無いでしょうか」
「そうですね……」
すると、ピョコっと突然タケヒコがその場に現れ、クンクンっとその場所を一生懸命嗅いでいく。
「どうしたの? タケヒコ――あっ、もしかして!」
タケヒコの不思議な行動に紫苑が思い立った様に浄勁力を溜めていった。
「浄勁力……? 何か良い案があったのですか?」
静世は未だ理解出来ない紫苑の行動に尋ねると、紫苑は集中した様に指先に浄勁力を溜めていき、タケヒコが匂いを嗅ぐ場所へと押し当てていった。
そして――
「これはっ!?」
次第に浄勁力に反応したのか、薄っすらとした何かが文字となってはっきりと映し出されていく。
〝穢れ無き人 呼び起こし 落とされる 闇の主を警戒せよ〟
「静世さん、これって!?」
「そうですね。 叶恵様が残されたのでしょう。 これで影時様は何者かの手によって穢れ人へと落とされたという事になります。
そして、闇の主……常闇の主の事で間違いないでしょう」
「常闇の主、ですか? 清導廻の教科書にも書いてありました」
〝常闇の主〟
表裏一体となる現世の闇に住み、穢れを生み出す存在とされる者達。
実際に、天導でもその存在の動きを常に見張り、注意を促している状況だ。
「これは私が報告します。 では、お墓へと行きましょう」
「はい」
そして二人は屋敷を後にし、更に30分程歩いた場所へと向かった。
周囲は森で囲まれ、その中央には幾つものお墓が建てられている。
「ここは天草家の者達が眠る場所です。
紫苑さんもそうですし、私自身の先祖も」
広さは屋敷の半分くらいだが、全体を回るのには数十分は掛かるであろう墓地の一角に叶恵の墓が建てられていた。
隣には影惣と書かれた墓石。
「父は祓われた事でお墓は無いのですね」
「そうですね。 今でこそ穢れ人へと落とされてしまったと解りますが、当時は影時様の欲が爆発して、と解釈されておりましたので……」
紫苑は父への想いも込めて、二つの墓に手を合わせた。
(お母様、お兄様、私は何も知らないままここに来てしまいました。
ですが、お父様が何者かの手によって落とされたのであれば、私はそれを追求し、解明します。
それが残された私の使命なのかもしれません)
すると、母の形見として付けていたネックレスが淡い緑の光を放ち始める。
「えっ!?」
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