第13話嵐の前
翌日、清導廻へ行くと朝から穢れ人討伐の話題で持ち切りだった。
紫苑、桜華、真那、猫磨は沢山の導士に囲まれ、まるでインタビューを受けているかの様でもある。
「穢れ人ってどんなだった?」
「強かった? 私達でも祓えそうかな?」
そんな質問を色々な導士からされ、答えているとチャイムが鳴って水鏡がクラスへと入って来た。
「おはよう」
「「「おはようございます」」」
「知っての通り、昨日に穢れ人が出現し、紫苑、桜華、真那、湯楽の四人が討伐に尽力した」
水鏡の話しにクラスの皆が耳を傾け、真剣な表情で次の言葉を待つ。
「四人共、無事で良かったわ。
でもね、まだあなた達は天導士ではない。
だからこそ、危ない真似は控えてちょうだい」
「「「「はい……」」」」
「とは言え、私は誇らしく思うわ。
穢れ人と遭遇し、その場から逃げた場合……勿論、それも正しい判断よ。
でも、同時に周囲の被害は可能性が上がる。
とは言え、天導士でもない未熟な導士が対峙するのは、それはそれで当人達の命が危ない。
故に、これは重要な選択でもある。
間違えないで欲しいのは、穢れ人は危険な存在であるという事」
水鏡の言葉に段々と圧が込められ、その言葉はそれだけ大きな意味を持つという念が混ざっている。
「今回は猫磨が迅速に天導士を呼び、その間被害が出ない様にと三人が戦った素晴らしいチームプレーね。
一人一人が役割を以て行動する、大切な事だから覚えておくように」
「「「はい」」」
こうして水鏡からの言葉をクラスの全員が胸に刻み、講義を始めていった。
そして休み時間――
「宗次、今回の件……貴方はどう考えてる?」
「天草の穢祓いか?」
「そう……んっ」
背は176と高めだが、黒髪を右に流して狐の様な細い目が特徴の男。
常に冷静な言動でクールな男なのだが、味方によっては冷徹さを感じる事もある。
同じく天導伍家、御華の楓とは交際こそしていないが親密な関係らしく、清導廻の人気のない場所で現在密会中だった。
楓が宗次に跨りながら今朝から話題の穢れ人祓いについて語っている。
「正直どうでもいい話だが、穢れ人の出現が多発している今、俺達も接触する可能性はあるだろう。
お前も気を付けろよ、楓」
「んっ、はぁ……分かってるわよ……んっ、そこイイ……」
「俺は引き続きやる事がある。 清導天廻が現状と常闇の調査に乗り出してな。 俺も当主から参加しろと言われた」
「はぁ……はぁ……そうなの……? でも、あんっ……こ、こは、どうするの?」
楓が少し寂しそうに宗次へ訪ねる。
「大導師には通達されてるはずだから問題ないだろう」
「でもぉ、私が寂しいじゃない……それに、んっ、宗次じゃないと……こんな気持ちに、あぁっ、なれない、もの……んんっ」
「俺じゃなくても相手はいるだろう?」
「もう、バカっ! ……んんっ、もうダメ……」
「もう少しだから動け」
「我儘ね……んっ、はぁはぁ……あっ、あんっ、宗次、動いてぇ、ああんっ!!」
二人は密着する様に、そして楓は満足したのか宗次に向き合う形でもたれ掛かっていた。
その後、午後の講義のチャイムが響くと二人はクラスへと戻っていくのだった。
・
・
・
『さてさて……お仕事の時間っと』
東方倭国の北部。
北の都から離れた雪に囲まれた場所、ここには大きな農村があり、人々が農作などをしながら生活をしているのだ。
「おい、お前! 見ない奴だが、ここで何をしてるんだ?」
一人の若い男が牛舎で不審者を見付け、声を掛けていた。
『おっと、そんな鍬なんて持って危ないよ』
「ここで何してんだって!」
『そりゃあ決まってるよ。 この可愛い可愛い牛さんをもっと可愛くしてあげるの』
「はぁ? とりあえずここは俺の牛舎だから出てけ!」
『ここの牛さん、貴方が育てた?』
「当然だろう!」
『愛情一杯込めて?』
「当然だって! ここの牛が俺等の生活源なんだからな!」
『そう』
真っ黒なフードを被った不審者が牛舎のオーナーらしき男へそう尋ねると、ニタァっと不敵な笑みを浮かべた。
『じゃあこういうのはどうかな?』
すると、フードを被った不審者の手から灰色の塊が生まれ、一頭の牛の口元へ運んだ。
「おい! 何を食わせる気だ! やめろ!」
『もう遅いよ?』
不審者から出された灰色の塊を餌だと勘違いした牛がムシャムシャと食べ始めた。
そして、『モォォォ!!』っと大きな雄叫びを上げて暴れ始める。
「な、何をしたお前! これ以上はさせないぞ!」
若者が鍬を振りかぶって不審者へと突撃をした。
しかし――
『ちょっとうるさいから黙ってて?』
鋭い視線で射抜かれると、若者の動きがピタっと止まる。
やがて牛は灰色の衣に包まれ、穢れた牛へと変化を遂げた。
『やっぱり成功だった。 どう? 丹精込めて育てた愛牛が穢れ化したよ?』
「う、うぅ……何者だ……お前……何で……」
男は身体が動かないなりにも必死に抵抗するが、それでもただその状況を見る事しか出来ない。
穢牛は柵を破壊して周囲の牛を襲い始める。
そして、噛まれた事で他の牛達も次々に灰色の衣で包まれていくのだった。
「俺の牛が……何て事を……」
『まぁまぁ、天災だと思って元気だして?』
「ふざけるなぁ!」
『じゃあ、忘れちゃうしかないね? 寧ろ、飼い主として一緒に過ごすのも良いんじゃない?』
不審者がゆっくり近づき、その顔を手で掴む。
『ねぇ、今どんな気持ち? 愛情込めて育てた牛が穢れたのを目の当たりにするってどんな気持ち?』
牛舎には全部で20頭の牛が居た。
既にそれらは穢れ化しており、柵を壊して牛舎から外へと走り出していた。
やがて、自宅の方から悲鳴が聞こえてくる。
「何て事を……牛も家族も……ちくしょう……」
『ふふふっ、じゃあその苦しみから解放してあげよう』
そう告げると、不審者はふぅ~と男に息を吹きかけた。
「がぁ……な、なに、お……うぅ……ウゥゥゥ……」
『さて、一仕事終えたし帰ろうかな』
「ウガァァアア!!」
男は見る見る内に灰色の衣に包まれ、穢れ人となった。
それを確認した不審者はその場から姿を消したのだった――
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