第十九章 容疑者たちの証言 その3
1
六人の被疑者から一人ずつ話を聞くことにした。昨日と同じく第四宿舎に被疑者を集め、事情聴取を行った。
一人目は黒田剛だった。人が一人死んだというのに、相変わらず自分には関係ないね、とでも言うような態度を隠そうともしない。
「黒田さん、あなたは今日の朝六時から七時まで、どこで何をしていましたか?」
黒田は視線を中空にさまよわせ、考えるそぶりを見せた。
「えっと、そうっすね。ずっと同じ宿舎のやつらと一緒にいましたよ。五時五十分に起きて、六時過ぎから六時五十分くらいまで宿舎の朝掃除をしていました。当番制なんすよ。で、そのあとは朝飯を食ったり、ニュースを見たりして過ごしていました。同じ宿舎のやつらとは八時過ぎまで一緒だったかな」
「あなたの利用している宿舎は現場から近いですか?」
「ああ、第一宿舎なんすけど、たぶん片道四十分弱はかかるんじゃないっすかね。実際に計ったことはないっすけど。事務所の裏に建物がたくさんある広場がありますよね。あそこにあるんすよ」
彼の態度には終始余裕が窺えた。六時から六時五十分までのアリバイがあり、現場まで片道四十分かかる場所にいたとなれば、彼は完全なアリバイを持っていると言えよう。
外神かすみについて訊くと、彼は泉町の時と同じようなことを言った。
「殺されて当然っしょ。聞いた話じゃ、泉町をけしかけて詐欺をやらせていたんすよね」
「いや待ってくれ、そのような証拠はないぞ」
矢立警部が慌てて口を挟んだ。
「でも泉町が搾り取った悪銭で豪遊していたのは事実じゃないんすか? さっき別の刑事さんから聞きましたよ」
彼は根っからの断罪主義者らしい。悪いことをした人間は殺されて当然。私は泉町に対して全く同じ感情を抱いたので、彼の思想を批判することはできない。
次にやってきたのは山宮春香だった。彼女も黒田と同じ第一宿舎を利用しているそうだ。
「ちょうど六時に同じ部屋を使っている友人に起こされまして……」
「ルームメイトというやつかな?」
「はい、私たちの部屋は他の部屋より広いので、二人で利用しているんです」
「続けて」
「それからシャワーを浴びて、身支度を整えて、六時半に宿舎を出ました。五分くらいで事務所に到着して、オフィスで簡単な朝食を摂りました」
彼女は教団の事務職に就いているという。
「それにしてはずいぶんと早い時間だね」
「昨日やり残した仕事があったので、片づけようと思ったんです。いつもはもうちょっと余裕があるんですけど」
この彼女の証言は今朝事務所にいた信者たちによって裏が取れた。事務所に着いたあとは、黙々と作業を続け、外に出たのは外神かすみの事件が発覚してからだった。また、事務所から倉庫までは片道四十五分ほどかかる計算である。
三人目に呼ばれたのは猪之頭健児である。
「自分はここ――第四宿舎に住んでいます。今朝は六時に起きて、軽くシャワーを浴びたあと二階のラウンジでコーヒーを飲みました。たしか、六時十五分くらいかな、すでに先客がいたんですが、その人と五分ほどとりとめのない話をしました」
コーヒーを飲んだあと自室に戻り、身支度を整えた。そして四十分頃再び部屋を出たという。彼と談笑をしていたという信者はすぐに見つかり、その裏が取れた。
「四十分過ぎですかね、近くの焼却炉にゴミを出しに行きました。戻ってきたのは五十分頃かな」
焼却炉は第四宿舎の北に位置し、その距離は片道五分程度らしい。また、焼却炉に集められたゴミは八時過ぎに全て燃やされてしまったそうだ。また猪之頭が黒いゴミ袋を抱えて宿舎を出て行くのを二人の信者が目撃していた。
彼を解放し、四人目の事情聴取に移る。源道寺マサトが眉間に深いしわを刻んだまま入室した。
「六時から七時というと、ちょうどその頃は朝のランニングをしていましたね。日課なんですよ」
「それはそれは、健康的ですね」
源道寺もまた現場から一番近い第四宿舎を利用しており、今朝は五時半(早い!)に起床した。その後別の宿舎の友人とグラウンドで合流し、六時から七時まで朝の運動に勤しんでいたという。また、これには同行者だけでなく、複数の信者からの目撃証言も集まった。
「ふうむ、犯行があったとされる時間帯にずっとグラウンドにいらした、ということは関係者の誰かが分かれ道の方へ向かって歩いていることに気づきませんでしたか?」
猫子の問いに、源道寺は顔を曇らせて、
「集中していたものですから、申し訳ない」
と言った。彼に関して言えば、犯行推定時刻である六時から七時までのアリバイが完全に証明されるのだ。まるで謀ったかのようにぴったり重なっているが、複数の目撃証言と同行者の存在が彼のアリバイをより堅牢なものにしている。
彼の次に現れたのは、私が苦手としている弓沢光だった。男に媚びたような口調や態度が私の神経を逆撫でする。
「光、今、とーっても怒ってるんです。どうしてだか判ります?」
知らねーよ。
「光、本当だったら今頃S県にいるはずなのに。お巡りさんに呼び止められて、引き返してきたんです」
「詳しく説明してもらえるかな?」
猫子がやんわり訊くと、光はああだこうだと文句を垂れながら、次のようなことを言った。
彼女は今日、県外で催される男性声優のイベントに参加するため、午前四時に起きて支度をした。支部を出たのは午前五時過ぎで、五時三十六分発の始発電車に乗り込み、午前七時十五分に会場の最寄り駅で降車する。
近くの漫画喫茶で時間を潰し、八時半頃にイベント会場に向かおうとしたところ、元々彼女を張っていた刑事に外神かすみの件で連絡が行き、彼女から事情聴取をするためG**市に強制送還された、という次第だ。
「それは災難だったね」
「普通に考えてぇ、電車の中にいた光が人殺しなんてできるわけないじゃないですか。それなのに、話を訊きたいからって、光を無理やり……」
今日の彼女はシックな色合いのワンピースに身を包み、大人っぽいメイクをしている。結った髪を右肩に垂らし、ピンクのマニキュアを塗っていた。彼女の気合の入れようがひしひしと伝わってくる。彼女が利用しているのは第二宿舎であり、これは第一宿舎と同じ広場にあるため、二つの宿舎は現場までの距離もそう変わらない。
「せっかくカイ様と握手できるチャンスだったのに、どうしてくれるんですか?」
「まあまあ、人が死んでいる以上、仕方ないよ」
猫子がなんとか彼女を宥めるも、これ以上有益な情報は得られなかった。が、六時から七時までの間、電車に揺られていたのなら、彼女が犯人である可能性はゼロに等しいだろう。また彼女の行動は駅の防犯カメラによって確認されたそうだ。
最後は夏目龍翔だった。
昨日の一触即発の空気はどこへやら、彼の事情聴取はひどく淡々と進行した。猫子が絵理華のことを話題に出さなかったことが主な理由だろうが、龍翔の方も感情を表に出さぬよう自制しているようだった。その澄ました表情に、何か決意めいたものを感じる……
「六時前、午前五時五十五分頃に起きました。利用しているのはここの宿舎です」
彼も第四宿舎に住んでいるようだ。
「炊事当番だったので――六時十分頃にキッチンに下りて、朝食を作っていました」
炊事当番はグループごとの交代制で、彼は他の四人の信者たちと六時五十分過ぎまでキッチンに籠っていたという。つまり、龍翔は六時十分から六時五十分までのアリバイが確定することになる。
「そのあとは?」
「ずっと食堂にいましたよ。炊事当番ってのは、あと片づけも仕事の内ですからね。自分の分の朝食を食べたあと、九時過ぎまで皿洗いをしてました。当然その間のことは同じグループのやつらが証明してくれるはずです」
六人のアリバイをまとめると次のようになる。
黒田剛。彼は第一宿舎を利用しており、そこから倉庫までは片道約四十分かかる。午前五時五十分に起床し。同じ宿舎の信者たちと八時過ぎまで過ごしたという。六時過ぎから六時五十分まで宿舎の掃除をしていた。
山宮春香。黒田と同じ第一宿舎に住んでいる。午前六時にルームメイトに起こされ起床。六時半に宿舎を出、六時三十五分に事務所へ到着。彼女は教団の事務職に就いているという。この到着時間は同じ事務職の信者の証言により裏が取れた。
猪之頭健児。現場に最も近い第四宿舎に住んでいる。六時に起床。六時十五分頃に同じ宿舎の信者とコーヒーを飲みながら雑談をしている。六時四十分に近くの焼却炉にゴミを捨てに行き、六時五十分に宿舎に戻る。
源道寺マサト。彼もまた、第四宿舎を利用している。午前五時半に起床。午前六時から午前七時まで、日課であるランニングをグラウンドで行う。これには同行者がおり、また複数の目撃証言も挙がった。
弓沢光。第二宿舎に住んでおり、現場までは片道約四十分かかる。県外で行われる男性声優のイベントに参加するため、午前四時に起床し、午前五時過ぎに支部を出る。午前五時三十六分発の始発に乗りこみ、午前七時十五分に目的地の最寄駅で降車。八時半まで近くの漫画喫茶で時間を潰す。これらの行動は各所の防犯カメラによって確認できた。
夏目龍翔。午前五時五十分に起床。第四宿舎に住んでいる。食事当番だったため、他の信者たちと六時十分から六時五十分までキッチンで朝食を作り、その後は九時過ぎまであと片づけをしていた。
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