第十八章  凶行の意図

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「それで、いったい何が問題なのさ」


 猫子は床の半分以上を埋める血だまりを見回していた。まるでペンキを叩きつけたように、血は現場のいたるところに飛び散っている。これが全て人間の血液だと思うと、ぞっとする。


「犯人はこの場所で外神かすみを殺害し、遺体をバラバラにした。いや、を考えると、生きながらにバラされたかもね。彼女の信仰心に突き刺さる苦痛を与えるために」

「だろうな、出なきゃあんな上の方まで血は飛ばねぇ」

「うんうん、これだけ血が飛び散っているんだから、生きている間に切断されたと見るべきだ。そして犯行後、犯人はなぜゆえか現場を密室にし、トリックに使った糸残したまま現場を去る。だいたいのストーリーはこんなもんか」


「さっきも言っただろう、被疑者全員にアリバイがある、と」

「最初から説明して」

「……事件発覚の経緯はこうだ。今日の午前八時過ぎ、事件とは無関係と思われる信者の一人が、倉庫内にある大工道具を取りに行ったところ、扉が閉まっていた。さっきも言ったが、外側から閂を下ろすことは普通ありえないから、こんな時間に中に誰かいるのか、と不審に思って呼びかけてみたそうだ。無論、返事はない。その信者はいったん道を引き返し、このことを事務所――門の正面の建物だ――に報告した。すぐさま数人の男連れが倉庫へ派遣され、扉をぶち破った。そしてバラされた外神かすみが発見された」


 この血の海の上に浮かぶ無数の肉片、肉片、肉片……


 その情景を想像するにつけ、私の背筋に悪寒が走った。バラバラにされた理由は、おそらく第一の事件と同じだろう。つまり、外神かすみのに、最悪の苦痛を刻み込むため。これで彼女の無限に繰り返される人生の終幕には、


 広い範囲に飛び散った血痕。これは想像だが、おそらくかすみは苦痛に耐えかねて暴れ回ったのだろう。


「それと、現場から凶器のノコギリのほかに、一枚の書き置きが見つかった。おい、――野中」

「はい。こちらです」


 野中刑事は一枚の写真を取り出した。そこに写されていたのは葉書きサイズの小さな紙で、半分以上が真っ赤に染まっていた。この赤色は間違いなく血液だろう。何か書き記してあるようだが、わざと崩したような字体と付着した血のおかげでよく読めない。

 猫子は背伸びをして野中刑事の手元を覗き込む。


「ええと、どれどれ。明日――六時ちょ――倉――もし誰――発する……?」

「解析した結果、『明日の朝六時ちょうどに崖下の倉庫に一人で来い。もし誰かに話せば、お前の過去の罪を告発する』と、書かれていた。筆跡もわざと崩してあるから書き手の特定はできない」

 矢立警部が補足する。

「なるほど、つまりか」

「その通り。犯人は場所と時間を指定し、外神をおびきだしたわけだ。ちなみに指紋は外神のものしか検出できなかった」

「この『』ってのは、泉町から悪銭による援助を受けていたってことかな?」

「だろうな」

 矢立警部は慎重に頷く。

「でも」と私。

「なんだい?」

「外神さんは泉町さんが殺された理由について、していたはずですよね。それに自分が間接的に関わっていたことも。だったら、犯人の呼び出しにのこのこ顔を出すなんてないですか? 自分の身に危険が及ぶかもしれない、と容易に想像できると思うんですけど」


 泉町殺害の動機が彼の過去の犯罪に起因するのなら、外神自身も犯人にとっては裁きの対象のはずだし、彼女がそのことに気づいていなかったとは思えない。それなのに犯人の呼び出しに応じるというのは、危険意識が足りなすぎる、というか、ではなかろうか。


「ふん、万野原さんの意見はもっともだな」

「そうでしょう?」

「おそらく」と猫子は凛とした声を作った。

「外神は、過去を告発されることはこれからの己の人生に泥を塗るかも、と考えたのかもしれない。呼び出しに応じなければ確実に過去の罪が暴かれ、起訴されることはないにしても多大な心労を被ってしまうのは確実だ。それは快い人生を目指す快生信者の外神にとっては都合が悪い」

「でも行ったら殺されるかもしれないんですよ」

。つまりはそういうことだよ」

「えー」


 釈然としないが、客観的に考えて、外神の死体がここに転がっていたという事実は、彼女が手紙の呼び出しに応じたということを示唆しているのだろう。しかし……


(納得できないなぁ)


 やはり、外神が何の警戒もせずに、この危険な呼び出しに応じるのはどうにも不自然だ。猫子の言うように、外神は結果として殺害されている。ここで何が起こったのかは、火を見るよりも明らかだ。


 私の勘が言っている。この違和感の正体こそが、この事件を解く鍵だと。


「うーん」


 しかしながら、その答えは全く浮かんでこない。


「出ようか、ここは空気が悪い」

「そうですね」

 淀んだ臭気から逃れるように外へ出る。私は深呼吸を繰り返し、肺の中の空気を入れ替えた。

「空気、おいしい」

「なんだい、病人みたいなこと言って。さて、密室破りは簡単に成功したけど、被疑者たちには鉄壁のアリバイがある、か」


 その後、私たちは昨日と同じように坂道を上って第四宿舎へ向かった。

 この時、私は時計を見て倉庫から第四宿舎までの時間を計ってみた。すると片道約三十分かかることが判明したが、警察もこの事実はとっくに検証していたようだった。

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