第10話 右フック、実家に帰る
馬車に揺られること数日。
歩きながら移動してきた道を、うたた寝しながら戻り、戻り、戻り、ついには懐かしの故郷へ帰ってきた。
「ここまででいい。ありがとな」
「ずいぶん辺鄙な場所なこって。本当にいいのかい? ここじゃ魔物ばかりで、人も寄りつかねぇだろうによぉ」
「平気だとも。だからこそ意味があるんのだしな」
銀貨を数枚、ここまで乗り継いできた御者へとわたし、手を振ってわかれる。
さて、ここからは山登りだ。
ひたすらに獣道を踏み越えて、踏み越えて。
あたりが真っ暗になり、せまりくる魔物たちを殺気だけでやりくりしていると、見覚えのある建物が見えてきた。
ライトフック家の隠れ家だ。
一応、舗装された道がふもとから繋がっているが、そっちからいくと無駄な右フックを要求される可能性があったので、こういう形での実家帰りとなった。
魔物がはびこる裏山から登ってくる物好きな者など、まずいないからな。
外堀をのぼり、番犬を務める『地獄猟犬』の異名を持つ魔物ケルベロスを殺気で失神させ、庭を進んでいく。
やがてライトフック家の馬鹿でかい城のような本邸にたどりつき、鍵のついた扉を強引に引っ張って破壊、本邸に侵入をはたす。
住みなれた家の記憶にしたがい苦労なく、赤絨毯のしかれた廊下を歩いていく。
ときおり人影がいると、スッと身を隠して、気配を消してやり過ごす。
目的の部屋までは、もう少し。
「あれ、にいちゃんの香りがする?」
「っ」
懐かしの弟。
カドラーやはり生きていたか。
まさか、気配を完全に消していたのに、臭覚で気づくなんて。そういえばそんな特技あったな、こいつ。
鼻をヒクつかせ寄ってくるカドラーに見つからないことを祈りながら、ゴミ箱のなかに身を隠す。
「うん、やっぱり、にいちゃんの匂いだ」
カドラーやめなさい。
それ以上、こっちにくるんじゃない。
「このゴミ箱かなー?」
わざとらしいほどに首をかしげ、俺のゴミ箱に手をつけようとする巨大な腕。
仕方がない。
ここはもう一度、右フックするしかないか。
本日の一発はコイツで決まりだな。
ゴミ箱から思いきり飛び出して、弟の顔面に一閃するイメージを頭で構築ーー今
「カドラー、何をしているの? パパが呼びだしを掛けていたでしょう」
聞き覚えのある声に、カドラーの伸ばす手がとまる。それに伴い、俺も飛びだし右フックを中断。
隙間からのぞくと、3ヶ月ぶりの妹の姿が見えた。
ライトフック家が誇る稼ぎ頭『千の技』のマリア。
「でもね、にいちゃんの香りがしてーー」
「そんなわけがないでしょ。兄様……クリフォード・ライトフックはもういないの。カドラー、はやく行きなさい、パパに叱られたくはないでしょう」
「むう、わかったよ、ねえちゃん」
渋々と言った様子でカドラーが去っていく。
危ないところだった。
ああいうのは、心臓に悪い。
「……さて、行きましたね」
ホッと息をつくマリア。
して、ごく自然な動作で俺の隠れるゴミ箱のフタを開けてきた。
え……?
「はぁ〜い♡ 兄様、見つけちゃいました〜!」
「……見つかちゃった」
ぎこちない笑顔をつくり、息荒く破顔して嬉しそうにするマリアへむかいあう。
待て待て、なんでだ。
臭覚という特殊な能力があるならいざしらず、どうしてマリアが俺の気配遮断を突破して知覚できる。
「兄様の匂いは裏山に入った瞬間から、感じとっていました。私、兄様の気配だけには凄く敏感なんですよ。今朝からずっと兄様が来ると信じて待ってたんです。はぁ、はぁ、さあ、兄様、よく顔を見せてください……!」
「ッ」
細腕では考えられない怪力に、脇の下に手を入れられ、ゴミから引き上げられる。
そのまま、マリアは抱きしめるように口づけをして、口の中に舌を入れてきた。
「むぅ、う、う! こら、マリア、やめろ、何をしてんだ!?」
「全部の兄様のせいなんですよ。私は1分に1回兄様を摂取しないと、正気を保てないという誓約があるのに、兄様が家を出てしまうんですから。この3ヶ月分の兄様をマリアには摂取する権利があるんです! ぺろぺろぺろぺろ♪」
「んー! んぅ、やめ、ぺろぺろするん、じゃ、ない!」
「美味しいです、兄様、兄様、私だけの兄様、くんくんくん♪」
ああ、俺のなんと浅慮なことだったか。
妹マリアント・ライトフックは確かに俺を慕ってくれて、家族のなかでも疎まれていた俺を特に好いてくれる存在だった。
それなのに、実はこんな変態性をもっていて、我慢に我慢させたことで完全な変態に覚醒させてしまうなんて。
わかった、マリア。
兄様はあまんじてぺろぺろされるから。
だから、昔のように凛として淑やかな妹に戻って。
その後、マリアの俺摂取は30分ほど続いた。
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