第11話 酷いです、兄様、こんなことするなんて
兄様という言葉が頭のなかでグルグル回る。
「はっ、いかんいかん、正気を失うところだった」
「ぺろぺろぺろ、味わえば味わうほど、兄様は深みがあります!」
当代最高の暗殺者、妹のマリアは俺の耳たぶがお気に召した様子。
だが、流石にそろそろ、いいだろう。
これ以上、心地よい舌触りに身を委ねていたら、耳がふやけてしまう。
部屋に連れこまれて以来、寝かされつづけたベッドから起きて、マリアの艶やかな黒髪をひとなで、頭をポンポンした引き離す。
「して、マリア。俺が戻って来たのには理由があってだな、それは、お前にぺろぺろされることじゃない」
「もう、兄様たら……でも、いいです。あと2月分の兄様は、またあとで摂取するとします」
え、今ので1ヶ月分なの?
「んっん、じゃなくてだ、マリア、最近おかしな仕事を回されなかったか? 貴族とか、決闘的なやつだ」
「半年くらい前から準備してる案件ですね。ふふ、兄様がどうしても教えてほしいというなら、このマリアはなんだって答えて差し上げますよ♪」
蒼い目を爛々と輝かせ、マリアは微笑む。
妹を騙すようで気がひけるが、それよりも大事なことが俺の人生に紐づけられている。
俺が妹を騙すのは、
「そうだな、それじゃまずは、依頼の内容を教えてくれ」
「貴族決闘を勝ち抜くための戦力として、ライトフック家の力を使いたいらしいです。多分、私が行くことになるかと。パパもそういう風に話を進めてるみたいだし」
やはり、そうか。
「わかった。それじゃ、もうひとつ。現時点でライトフック家が獲得してる、貴族決闘に関する情報をまとめた資料はあるか?」
「あります、兄様。現状だとまだ5組までしかわかってませんが、ひと月後までには、完成すると思います。どうしてそんな事を聞くんですか?」
マリアは白紙にびっしり文字が記載されて紙束を渡してきながら、聞いてくる。
受け取り、パラパラとめくっていく。
さて、どうしたものか。
たしか、マリアは嘘を見抜く訓練も受けていた気がするし、何せ兄様特攻をもってるくらいだ。
ここで偽りを言っても意味はないか。
「いやな、俺も出るんだよ、貴族決闘」
「……え?」
唖然とするマリア。
「ま、待ってください、兄様が貴族決闘に参加するって、どういうことですか? そんな話、私、聞いてないです」
「数日前に決まったことでな。マリアには悪いが、俺がいる以上は、ライトフック家の勝利はありえない。無理だと思うが手を引け」
「本当に無茶苦茶な……ライトフックは半年も前から準備してきたんです。今更、依頼をキャンセルするなんて家の威信にもおおきく関わりますよ……」
だよな、わかっていた話だった。
マリアは真面目で責任感のある妹だ。
きっと、ライトフック家の信頼を裏切れない。
「あの、兄様はフリーランスの暗殺者になられた、ということでいいのです? いったいどこの貴族に雇われたのですか?」
「今回はたまたま行きずりでな……雇い主は、言えないが、まあ、予想はつくだろ」
「…………まさか、アークスターです? あの噂に目が眩んだ、いかにも小物な没落貴族に、兄様ほどの武神が味方するとは、貴族決闘とは恐ろしいものですね。あの家には本来、専属の戦える者がいないと聞いてます。そして、人を雇う力も資金もない。もし知らずに戦っていたら、まっさきに殺して
残酷なようだが、彼女の判断はただしい。
ただ、そうはならない、させない。
「兄様、兄様は酷い人です。私をだまして情報を引き出すためだけに戻ったのでしょう?」
「……そうだな」
マリア、忘れるな。
俺たちはあくまで暗殺者。
俺の右フックが暗殺と程遠いせいで、忘れがちだが、俺だって本来はどんな汚い手でも許容する闇の住人だ。
これくらいは覚悟してもらわないと。
目元を伏せ、資料が紛失しても良いように、内容を暗記する。
よし、9割方の内容は暗記できた。
こんなもので良いか。
「それで、マリア、俺を殺すのか?」
資料をベッド脇において、妹を正眼に見つめる。
美しい蒼瞳は足元に固定され、机にたゆりと腰掛けている。
臨戦状態には見えないが、もし一角の部外者がここで斬りかかろうものなら、一息の後に肉塊となって後悔することになるだろう。
マリアはライトフック史上最高の暗殺者だ。
……俺を除けばな。
「殺せるはずがないです、兄様。私はこんなにも兄様が好きなのに……というか、今の兄様の冷酷無比な感じのせいで、今にも飛びついて兄様を味合わないと我慢できそうにありません……でも、それしたらきっと不意打ちの毒殺かなんかと勘違いされそうですし」
ぇ、なに、その目線はぺろぺろ我慢だったの?
机の端を握りつぶしてるのは、耳を舐めたい衝動を我慢してたの?
「兄様、逃げてください、たぶんもう一度、兄様を捕まえたら、私は兄様の過剰摂取で、兄様は兄様を吸い尽くされて死んでしまいます、さあ、はやくこのマリアから逃げてください!」
「……ぉ、おう、わからないが、この資料は持っていっていいのか? 親父に怒られそうだけど」
「大丈夫です、睨みつけて黙らせますから」
「……」
人望のなさだぜ、親父。
これがあんたが築いてきた家族の形だ。
「わかった、それじゃ、達者でな。貴族決闘の際には、きっと俺とマリアが残る。手加減はしてやるから安心しろ」
「はい、兄様も息災に。ーーたぶん、すぐ会えますけど」
「……?」
俺はライトフック家をあとにした。
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※作者の気力が尽きてしまいました……伸びなさそうなので、ここで打ち切りです(T ^ T)
また、いつか同じ設定を使った物語を書きたいと、思います。
【未完結】1日に打てる右フックは1発だけ! 人類最強の男は『秘拳・右フック』を武器に、ちいさくて可愛い貧乏貴族令嬢を救うためバトルロイヤルに出場する! ファンタスティック小説家 @ytki0920
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