第7話 老執事と右フック男
「わたくしめは、その昔、ひとつの信念を貫き通すことに没頭していおりました。聖職の道です。己が誓った信条に挟持をもつこと、それは今でもわたくしめの目指すところでございます」
昼下がり、アークスター邸の庭で、老執事ハンスは紅茶をひと口ふくみ、先を続ける。
「わたくしめはかつて自らで定め、誓った
「ハンスが戦ってくれない理由はじめて知ったのです……あ、それじゃ、バトルロイヤルなんて体に鞭打つ戦いは嫌だってのは嘘だったのですか?」
「いえ、決して嘘ということはないですよ、旦那様。むしろ、わたくしめの意志としては、安息を与えてくれたアークスター家への恩義に報いるため、もう一度、刃を手にとり、戦いの場に身を投じる覚悟はありました。ただ、やはり体が追いつかないものですな」
ハンスは立ちあがり、木剣をかるく握りふってみせる。
「それじゃ、
「そうなります、旦那様。この家とともに滅ぶ選択は、信念をつらぬく敬虔なる勤勉ではなく、それこそ唾棄すべき無責の怠惰だと思っておりましたゆえ」
ハンスは一礼して、芝生に寝転がるレイスを持ちあげ椅子に座らせた。
獣に成り果てた過去。
どれほど壮絶だったのかは、わからんが、聖職者の身で高い武を積んでいたとなると、この人の過去にもすこし予想がつく。
思いいたり、目の前の老人にわずかばかりの警戒心を覚えた。
「ああー! そうだ、いいことを考えたのですよ! ハンスとクリフ、2人とも試合をするのです!」
ビョンと立ちあがり、レイスが声を上げる。
「レイス、なぜそうなる?」
「私は気づきました! 私のことをボロクソ言ってくるクリフ、ハンスも同じ屈辱を受けるべきだと! 2人を戦わせれば、かならずどっちかが負けて、今日は気持ちよく午後のお昼寝ができるというものなのです!」
なるほど、小さい、あくどい。
大望をいだく貴族とは思えない可愛らしさに、頭を撫でてあげたくなるが、きっとそれをすると舐めてると思われてしまうな。
しかし、困った。
俺ができる攻撃『
究極に手加減しても、きっとハンスを殺してしまう。
「旦那様、そのご要望承りました。この老骨、それなりに腕に自信はありますが、クリフォード殿には、どういう訳か立ち振る舞いを見るだけで、まったく勝てる気が起きませんこと、気がかりこの上ないゆえ、一度試してみたいとは思っておりました」
ハンスは笑顔でそう言うと、木剣を芝生に突き刺して、執事服のなかから
両手に握られた黒く分厚い刀身。
両手にリラックスして握り、立つ姿はもはや執事ではなく、仲間内で試合をするオーラではない。
高まる剣気圧を肌で感じとる。
いったいどこにそんな得物を隠し持っていたのか、はなはだ疑問だが、それよりもまずはこの老人の皮をかぶった、静かな情熱を受けとめてやらないといけないな。
「いいだろう。それじゃ、雇われ
なるべく力まず、俺はゆっくりと立ちあがった。
蒼空の下で、風の吹き抜ける。
壮大な牧草地を見渡せる庭で、向かいあう。
「……」
「はは、緊張するなぁ」
硬い表情のハンス。
抜けていく風すら意識して知覚をはる。
ーーああ、まずは左手かな。
「しっ」
均衡は破られた。
息を短く吐き、踏み込み一閃。
俺の目のまえをナタの
フットワークを使い、体を引いて回避。
俺の後方への滑らかなスウェイに目を見張るも、ハンスは目でしっかりと俺を追い、続く斬撃のあられで俺の前髪を揺らす。
なるほど、尋常の動きではない。
ハンスの身のこなしと、一撃一撃に込められた気迫を体感しながら、フットワークと、肩と背中で、当て身しながら、いなしていく。
「これなら!」
スウェイで距離をとった先へ、
先んじて置かれた遠隔攻撃を、首をふってかわす。
芝生を爆発させ、ハンスがせまる。
両手で握った、ナタで力いっぱい下段から振りあげてくる。
ーー見切った。
ハンスのナタを右手の五指でつまむ。
間髪いれず、軽くチカラを込め、刀身を砕いて破壊する。
「っ、なんと」
目を見開き、驚いた様子のハンスは、後方へ跳躍。
すぐさま新しいナタ二振り、執事服のどこからか取りだしてだらりと腕を下げて構えた。
「いやはや、これほど、とは。……ここでやめにして起きましょう。わたくしめではクリフォード殿を負かすことはおろか、満足させることもできない。これ以上、アークスター家の執事として無様を晒すわけにはいきません」
「そうか。いや、まったく悪くない動きだった。若い頃ならもっと出来たんだろうか」
「それでも、きっとクリフォード殿には及ばなかったことでしょう。どこでそれほどまで練り上げたのかは、あえて聞きませんか、あなたのらば旦那様の
ハンスは大鉈をふところにしまい、呆然として固まるレイスの側に移動。
レイスはハッとして我にかえり、「す、凄かったのですよ、二人とも! ハンスもクリフも最強だ! これなら貴族決闘負けるはずがないのです!」と、ボロクソに言うのを忘れながら、ぴょんぴょん跳ねてまわり、はしゃぎだした。
「はっは。これは気恥ずかしいものですね。では、クリフォード殿、旦那様をくれぐれもよろしくお願いいたします」
「ああ、尽力しよう」
ハンスの慎み深い一礼に、俺は深くうなづいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます