第6話 戦いとはシビアなもの

 

 アークスター家に招かれた翌日。


「てぃや! はぁ、とぅら!」


 庭先で聞こえる元気な声。


 老執事ハンスと稽古するレイスを微笑ましく見ながら、昨日のうちにまとめて貰った貴族決闘に関する情報に目を通していく。


 貴族決闘。

 黄金の錬金術師により主催される、『黄金の霊薬』の錬成を目的とした一連の儀式を満たすための戦い。


 英雄ヒーローを指揮する貴族ノーブル、貴族を守る英雄。

 2人でひと組、全6組によるバトルロイヤルで決闘は進行され、それぞれの組は貴族、あるいは英雄が戦闘不可能な状態になって初めて戦いから降りる選択肢があたえられる。


 ただ、貴族を失った英雄は、原則として″同等の代償″を払うことになるようだ。


「なお、誇りある戦いを万が一にも自らの意思で放棄するとなると、その場合も″相応の代価″をはらうことを覚悟されたし。具体的には……なるほど」


 意思のない者にとって、この代償は大きかろう。


 開催地はゲオニエス帝国が南方の都市バルロワ。


 ハンスの調べによると、市街での魔術の使用をいっさい認めてない都市で、ローブを着てフードをかぶってるだけで嫌な顔をされるらしい。そして、このご時世に″冒険者ギルドが設置されてない街″ときた。


 黄金の錬金術師め、を警戒しているな。

 ギルドがないとなると、きっと参加してくる彼らも地の利を得られないだろう。


 なかなか慎重に場所を選んだとみえる。


「はぁ! てぃや! はっ、これでどうですか≪火炎弾かえんだん≫!」


 木剣を投げ捨てたレイスは、腰から短杖たんじょうをぬき、火の塊をハンスに投げつける。


 攻撃を凌がれつづけ、痺れを切らした一撃。


 けれど、ハンスは木剣をくるりとまわし、魔法を風のながれを作りだし誘導して、明後日の方向へと軽くいなしてしまった。


「ちえー、つまないのです! ハンス、すこしは主人を立てると言うことをしてください! これでは私がちっとも使えない子みたいではありませんか!」

「恐れながら、旦那様、貴族ノーブルとして参加していただく以上、旦那様の役目は生存にございます。あまり前へ姿をさらし、好戦的に振る舞われては、それこそクリフォード殿の迷惑になるというものです」

「うぐ、ぐぬぬ!」


 ハンスは一礼して「では、そろそろ休憩しましょうか」といい、ニコリと柔和な微笑みをうかべ、屋敷のなかへと戻っていった。


「ちえー! 今日もハンスに一撃も加えられなかったのです。もう剣の稽古をはじめて2年も経つというのに、未だに一振りも入れられた覚えがありません! なんなのですか、あのなんでも出来る万能じいじは!」


 愚痴をこぼしながら、レイスが俺のとなりの椅子に腰を下ろしてきた。


「ご立腹だな、レイス。ただ、無理もないことだろう、あのハンスという執事、そうとうな手練れだ。油断もなく、隙もない。きっと、レイスとは戦いに身を置いた時間が決定的に違う」

「むぅ、クリフまでそんな褒めると、ハンスが調子づくのです。私のほうは、その、どうでしたか? 家督を継いで以来、男子として強くあらねばと剣の稽古も頑張ってきたのですが……その、今度の実戦で役立ちそうですか?」


 上目遣いで、子犬ような顔で聞いてくる。


 都合の良い言葉はかけられるが、それは結果的には彼女のためにはならない。


 ゆえに、率直に感じた所感をのべる。


「敵による、としか言いようがない感じだな、今のところ。自身の力を過信しないほうがいい。あまりこういう事はいいたくないが、数年単位で剣を納めたものはおおく、その数年は才能に覆されることもまた多々ある。ここでいう才能とは″性別″をふくめている。その、レイスのあり方は立派だと俺は思うが、命のやりとりとは、とてもシビアな物なんだと知ってくれ」


 淡々と感想をのべ、″ちょっとは戦える″くらいに思ってるだろうレイスの考えをただす。


 彼女の魔術はそれなりのものなので、自身の身を守るくらいには使える道具だろう。


 戦術に組みこむのもありだが、それを言うとたぶん有頂天になって、これまた本人のためにならない気がするので、あえて黙っておくことにしよう。


「酷いのです、酷いのですよ! そんな馬鹿正直に意見を言うなんて、クリフは酷い人なのですよ!」

「そうだなぁ……」


 たしかにな。

 俺は酷い人だよ、レイス。

 君が考えてるような英雄ではない。


「もうちょっと持ち上げて、ご機嫌をとって欲しかったのですよ。それなのに、そんなボロクソに言って……ぅぅ!」


 ポロポロと瞳から涙を流し、レイスが泣きだしてしまった。


 まずい、泣く子どもに対処する方法なんて鍛えてこなかったぞ。


 とても俺が対応できる問題じゃない。


「レイス、これから頑張ればいいさ、まだ貴族決闘までは時間がある。それまでに、全力を尽くして準備すれば、きっと実戦でも通用するようになるはずだ!(たぶん……)」


 思い浮かぶだけの励ましをかける。


 あまり効果はないようだ。


「うぅ、いまさらそんな言葉かけられても遅いのですよ、クリフの馬鹿、あほ、あんぽんたん、なのです!」


 止まらぬ罵倒。

 レイスの性格が優しすぎるせいか、あまり侮辱されてる気がしない。


「おやおや、旦那様が涙を流されるとは珍しいものですね。なにか厳しいお言葉を頂いたのですか?」


 茶菓子をもって屋敷からでてきたハンス。


「クリフに私の剣技は役に立たないって、やんわりと、オブラートにつつんで、それとなく言われのです! そりゃ、クリフは一撃であのおおきなバケモノを粉砕するくらい強いですけど、ハンスよりボロクソに言うなんて酷いのです!」

「はっはは、そうですか。厳しい言葉を掛けてくれる人がいて、わたくめは、安心いたしました」

「っ、このじいじは、なに穏やかな笑顔で円満に済ませようとしてるですか! ていや!」


 レイスの短い足の蹴りが、華麗にかわされる。


 芝生に転がったレイスの苦虫を噛み潰した顔。

 バターケーキを口にふくむ俺と紅茶を淹れるハンスをジトッとした目で見上げてくるのが見える。


 そんな時、俺はふと疑問に思った。


「そういえばハンス、どうしてあんたは貴族決闘に参加しないだ? 今の身のこなしといい、さっきの剣技といい、あんたはアークスター家が現実的に用意できる最良の英雄ヒーロー枠だったはずだろう?」

「はは、こんな老骨になにを言うのやら。困ってしまいますね。まったく」


 ハンスはにこやかに笑い、さきほどレイスが座っていた椅子に「よっこいしょ」とわざとらしい声をあげて座する。


「理由はあります。ちょうどいいですし、お話いたしましょうか?」

「ああ、頼む」


 芝生に転がる主人を視界端に、ハンスはゆっくりと自身について話しはじめた。

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