第5話 黒鎌の女狩人

 

 枯れ葉の舞い散る、豪奢な邸宅の庭。

 ここは魔法王国ローレシア、その王都にある歴史ある貴族エースカロリ家の庭である。


 梅色の髪の毛をしたひとりの女性が、巨大なかまを振り回している。


 秋の乾いた空気を、散る枯れ葉ごと斬り裂く


 常人ーー否、表世界で生きる者には体験できない、神速の冴えは彼女が真の強者であることの証明だ。


「アンナ、妹たちはもう行った。お別れを言わなくてよかった?」


 声をかけられた途端、ピタリっと、大鎌を振りまわすのを止めて、梅髪の女性ーーアンナは声のあるじへ向きなおる。


 アンナに声をかけたのほ、彼女とよく似た梅色の髪を肩までのばした、彼女よりも幾ばくか若い様子の少女。


「なに、心配してくれてるのかい、エレナ」


 アンナは大鎌の刃庭に突き刺し、ふわふわのタオルで顔をぬぐう。


「いや、別に。だけど、次の任務は荷が重いかと。やっぱり、今最高に波が来ている私がいくべきかなって」

「なに調子乗ってるんだい、このおてんば娘は。エレナ、鎌を待ちな。最近、天狗になってるその鼻を、遠出とおでするまでここら辺でへしおってやるからねっ!」


 アンナは突き刺さった大鎌を手にとり、全身に剣気圧けんきあつをまといはじめた。


 筋力を強化する『剣圧けんあつ』。

 堅さを強化する『鎧圧がいあつ』。


 両翼のチカラをほどよく配分したまま、アンナは顎をぐいっとあげて、腹痛をうったえて逃げようとするエレナの首根っこをつかむ。


「ごめん、冗談。アーカムもジョークは大事だって。やだ、ちょっと、怖い顔。ジョークがわからない33歳とか見るに耐えかねる」


 火に油をそそぎ続けるエレナ。


 当然、アンナの気が収まることはなく、その後エースカロリ家の庭では、歳の離れた妹をたたきのめす姉による壮絶な剣騒が奏でられた。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 その晩、アンナは夜の王都を歩いていた。目的はある建物に向かうことだ。妹のもってきた伝言にしたがい、時間きっかりに着くように家をでた。


 ーーカチッ


 懐中時計がしめす時間は21時58分。


 約束の時間には十分に間にあうとふみ、アンナはのんびりと道程をいく。


「ん」


 歩道を歩いていると、向かいから走ってくる馬車を発見。


 その先には、まだ幼いチビ猫を口にくわえた親猫が急いで通りを横断しようとしている。


 これは危ない、そう感じ、アンナは一筋の影となる。


「ーーまったく、子ども持ちなのにうかつなにゃんころだねぇ。その命はあんたのだけじゃないんだ、大事しなくちゃダメじゃないかい」

「にゃごぉ〜」


 瞬くのちに、アンナは通りの反対側にいた。その手に猫をつかんで。


 チビ猫と同じように首筋をもたれる親猫が、ジタバタと暴れだすとアンナは手を離して猫を解放、親猫は子をくわえたまま路地裏へと消えていく。


「やれやれ。せわしないことで」


 肩をすくめるアンナ。


 そこへ、ひとりの男が近づいてきた。


狩人かりうどともあろう者が。人助けならぬ、猫助けですかい。ローレシアの平和は安泰だなぁ」

「アビゲイルかい。なんだ、てっきり冒険者ギルドで待っていると思ったが。あんたその様子じゃ、あたしを迎えに来たってわけでもなさそうだ」


 アンナの背後から声をかける男。

 短い灰色の髪、よく剃られた顎髭。


 そこそこ歳は食っているが、品の良さを感じさせるイケおじ様という風態だ。


 この男こそ、魔法王国の王都がほこる、世界最大の組織『冒険者ギルド』が設置した第四本部をあずかるギルド顧問最高責任者、アビゲイル・コロンビアスである。


 アビゲイルは片手の紙袋からパンをとりだして、アンナにひとつ手渡す。


 一言礼をつげ、パンを受け取ると、アビゲイルとアンナは通りを歩きだした。


「すこし、お偉いさんに呼び出されてな。近くのカフェで秘密のお茶会をしてたのさ」

「そうかい。そりゃ聞きたくもない情報だね。上層ギルドなんか、仕事は請け負っても、深く関わるもんじゃない」

「まったく、その通り、わかってるじゃねえか、アンナ。ギルドの上層は狩人協会の上層だ。兵隊さんには難しい話だ」


 アビゲイルは快活に笑って言う。


「ふう、とまぁ、ここら辺でいいか」


 スッと声のトーンを下げ、アビゲイルは近くのベンチに腰を下ろした。アンナも続いて横に腰をおろす。


「よっと」


 アンナがベンチに腰掛けると同時、アビゲイルはポケットから取り出した赤い石を握り拳でたたき砕いた。


 すると、淡い波動が周囲へ拡散。

 なんらかの魔術的効果を空間におよぼし始めたようだ。


「ちょうど会ったのも精霊の導きさ。『景色化けしきかしき』もあるし、ここで始めよう、アンナ。まず、これが今回の事前資料だ。目を通しながら聞いてくれ」

「ほうほう、今回は事前調査分があるんかい。前回みたいなお粗末な任務じゃなさそうだねぇ」


 手渡された高級な白い紙束をパラパラとめくり、流し読みしていくアンナ。


「つい先日、ある貴族家のもとに手紙が届いた」

「これは……」


 アビゲイルが差しだす手紙を手にとり、アンナは眉をひそめる。


「黄金の錬金術師ソラール・ヴァルガスキーが動きはじめたようだ。『黄金おうごん霊薬れいやく』を錬成する儀式とかいう触れこみで、参加者をあつめていやがる」


「それはそれは、また大業たいぎょうなことをするもんで。″どんな願いでも叶う奇跡″なんてあるわけもないけど、あの最悪の異常者集団、八大錬金術師のひとりが言ってるんなら、アタシたち狩人協会かりうどきょうかいが確かめないわけにはいかないってわけだねぇ」


「その通り。奴の企みに触れるには、協会も儀式の参加者として介入するのが望ましい。もし仮に″奇跡″とやらがあったら、それは人類の守り手にこそ委ねられるべきだからな。ゲームが終わるころには、お前さんにゃ、3つほど達成しておいてもらいたい。まず一つ目は、黄金の錬金術師の抹殺まっさつ。ふたつ目は『黄金の霊薬』に関する資料の回収。みっつ目は、『黄金の霊薬』の回収だ。あったらの話だけどな」


 アビゲイルはまったく信じてないと、鼻を鳴らして、小馬鹿にしたようにそう言った。


「はいはい、わかったわかった。眉唾まゆつばな誘いにのって英雄ヒーローとやらを連れてきた貴族たちを出しぬき、イベントの主催者を殺せばいいんだねぇ。人間の暗殺なんてさせらるとは、思わなかったけど、相手がアレなら仕方ないねぇ」


「そうだ。ただ、注意点がいくつか。今回はどうやら、トニー教会のほうにも動きがあった。教団は宣教師せんきょうしを動かすつもりだ」


 ″宣教師″、その言葉を聞いてアンナは、綿毛のごとくふわっとした前髪の隙間から梅瞳を細め、露骨にいやな顔をした。


「はぁ……名誉ある教会の剣、超武力、異端破滅の代行者、最悪の競合相手じゃないかい。まあ、すこしは張り合いのある敵がいたほうが、やりごたえがあるってもんだけど」


 アンナはため息ひとつ、気を取り直し、野生味を感じさせる凛々しい笑顔で、アビゲイルにウィンクする。


「オーケー、任せな。この『貴族決闘きぞくけっとう』とやら、アタシが参加してきてやるよ」

「ふふ、そうこなくっちゃな、アンナ。相方は現地にちかい冒険者ギルドのほうが見繕ってくれるから、安心しろ。……それじゃな、幸運を祈るぜ」


 最後にそう告げてアビゲイルは腰をあげた。

 

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