もう一度見つめなおす

「今日書いてくれたノート、一日だけ預かってもいい?」


帰り際、私は思い切って松田くんと芹沢さんにそう言った。二人はきょとんとした顔で、私の方を見た。


「いいけど、何に使うの?」


芹沢さんが不思議そうに首をかしげながら私にそう尋ねる。


「二人の文章、もう一度読み直したいんだ。もっとよくなるところがあるような気がして…。自分なりに添削をしてもいい?」


あの文章を、そのままにしておくのはもったいない。もっと素晴らしいものにできるはずだ。そんな予感が、心の内に湧き上がった。


「いいよ!長谷川さん、ありがとう!確かに、もっとふさわしい言い回しとかあるように思う。長谷川さんなりの意見を書いてもらえるとありがたい。


 そうだ!僕も長谷川さんの文章を添削するよ。」


松田くんはにこやかにそう言った。私は二人からノートをもらい、松田くんに私のノートを渡した。


 自分の内側で炎が燃え上がった感覚がした。なしとげるべき仕事が生まれたとき、こんなに闘志が込み上げてくるんだ。私は自分自身の変化に驚いていた。


 自分の行動が明確になり、向かうべき道が明らかになったとき、視界がずっと晴れやかになり、目の前の景色が開けてくる。小説を書くことだって、一人だったらただの趣味にすぎなかった。


 でもここに二人がいて、同じ道をともに歩んでくれるのなら。


 文章を書くことを、内輪だけの活動、ただの趣味にしていいはずがない。せっかくみんなで一生懸命考えて書いているのだから、もっとたくさんの人を巻き込めるはずだ。


 こぶしをぎゅっと握りしめた。


「松田くん、芹沢さん!私、思ったの。こんなにも二人とも一生懸命頑張って作品を書いているんだから、なにか『確かな目標』を作った方がいいって。


 自分たち三人だけじゃない、誰かもっと多くの人にも伝わるようにすることはできないかな…。


 このまま三人だけで活動してても十分面白いけど、それだけじゃなんだかもったいない気がするの…。」


勇気を振りしぼって、私は自分の思ったことを正直に言い放った。


 一瞬、時間が止まったように感じられた。


 松田くんは驚いた表情で私を見つめていた。そして少しの間口に手を置いて、うつむいて考えていた。芹沢さんは私と松田くんの顔を交互に眺めながら何かを言おうと口を開いたが、すぐに閉じてしまった。


 松田くんは私の言ったことを思い出しているのか、慎重に言葉を選びながらつぶやくように口を開いた。


「そうか…。確かにこのまま僕たちだけで活動してても確かに楽しいけど、それだけじゃ大きな成長は得られないかもしれないね…。


 今僕たちがやっていることをもっといろいろな人に見てもらう…。そうすることで、活動の幅はもっと広がるし、できることも増えていく気がする。


 作品をつくるにあたって第三者の視点はすごく大事だと、どこかで読んだ気がする。ちょっと、自分でも考えてみるよ…!!」


松田くんはにこやかにそう言った。芹沢さんもうんうんとうなずいている。


 私は自分の意見が受け入れられたことに喜びを感じていた。やっぱり私たちは最高のチームになれる。そんな確信を胸の内に秘めながら、帰路に着いた。


 家に帰ると、早速私は二人の書いた原稿を添削しはじめた。こうしたらもっと表現が伝わりやすくなるのではないか、もっと魅力的になるのではないか、そんなことを思いながら試行錯誤を重ねて原稿に手を入れていく。


 その仕事は本当に楽しかった。それこそ時が過ぎているのを忘れるぐらいに。


 終わった…!!ついにすべての箇所を直し、私は目の前の原稿を見つめた。充実した思いと達成感が込み上げてくるのを感じていた。


 気がつけば、温かな日差しが窓の外から降り注いできた。はっとして私は周りを見回した。もう朝が来ていた。慌てて時計を見ると、針は5時を示していた。


 あまりの出来事に、絶句していた。私はこんなに長い時間にわたって原稿を直し続けていたのだろうか…。信じられない…。手は汗でじっとりと濡れていた。鏡を見ると、目は不気味に輝きながら私を見つめていた。黒い瞳孔の周りで赤い軌跡が何本もうごめいていた。


 我も忘れて一つのことに熱中するなんて、こんな経験は私の人生ではじめてだった。やりがいのある仕事が完成したいま、心地よい眠気と疲れが不意に私を襲った。私は倒れるようにベッドの中に潜り込んだ。


「唯!!いつまで寝てるの!早く起きなさい!」


お母さんの叫ぶような声で、私はベッドから飛び起きた。時計の針は7時を指している。やばい。急がないと、学校に遅刻してしまう。


 慌ただしく支度をし、朝食を食べて外に飛び出した。お母さんに怒られたのに、なぜだか全く落ち込まなかった。私は目まぐるしく動く朝の街を駆け抜けながら、その理由を自分自身に問い続けていた。


 きっと、ずっと探し求めていた生きる意味が見つかったんだ。


 それは、駅へ向かうバスに揺られているとき、ふと頭の中に浮かんできた答えだった。


 うん、きっとそうだ。


 心の中に現れた感情を、上手く言葉にできた気がした。私は深呼吸をして、一つうなずいた。


 自分には夢中になれるものがある。そして、それを認めてくる人がいる。


 そう思うだけで、身体の内側から生きる力がとめどもなく溢れだしてきた。


 最寄り駅から学校へと向かう道中、私をまぶしく包み込む太陽の光が、いつにもまして明るく降り注いできた。それは確かに希望の光だった。


 学業のこと、将来のこと。不安はいつだって尽きないけれど、それさえも愛せる気がした。どんな感情もすべて、自分が生きている証なのだから。私は自信をもって、どんなことも受け入れよう。はっきりとそう決心した。


 小説を書くこと。それが私の生きる意味なのだと、今なら胸を張って言える。


 自らの心の成長を喜ばしく思った。


 教室に入ると、真っ先に松田くんの机に向かった。彼はうつむいて昨日私が渡したノートを見つめていた。


「おはよー松田くん!!」


声をかけると、彼は顔を上げて私を見た。見つめる彼の瞳は赤く染まっていた。あれ…??もしかして、松田くんも寝不足…??


「おはよー長谷川さん!昨日もらったノート、添削してみたよ。」


「ありがとう!私も松田くんと芹沢さんの分、添削したの!ぜひ見てみて!」


私はカバンからノートを取り出して彼に渡した。松田くんはそれを受け取って、真剣な表情でページを開いた。

 

 えっ。


 瞬間、彼は驚いたように私の書いた文字を見た。文章の一つ一つの単語に下線を入れ、下に直した文章を書き入れている。思いついたものはすべて、細かく丁寧に指摘する。昨日の夜から時間を忘れて頑張っていた、努力の結晶のすべてがそこに詰まっていた。


 松田くんはパチパチと瞬きをした後、ページをめくっていく。そして最後のページまで読み終えた後、長い息を吐き、もう一度私の方を見た。


「これ…??長谷川さんが昨日一日でやったの…??」


とても信じられないといった表情で目を見張っている。


「う、うん…。あまりにも熱中しちゃって、ちょっと夜更かししちゃったけど…」


そう言った後、「ちょっとどころじゃないな」と心の中で自分にツッコミを入れる。


「いや、本当にびっくりした!!こんなに丁寧にアイディアまで付け加えてアドバイスしてくれるなんて、長谷川さん本当にすごいよ!!一つ一つの言葉遣いから文章全体の大枠に至るまで、かなり綿密に添削してくれている…!!


 これを一晩のうちにこなしてしまうなんて、長谷川さん、あなたは天才だよ…!!」


一息に言い切った後、彼は目をまんまるに見開いて私の顔を見つめていた。いきなり「天才」と言われて私はびっくりした。でも、松田くんはお世辞でそんなことを言う人じゃない。きっと、心の底からそう思って出てきた言葉なのだ。


「ありがとう!!自分なりに頑張ったから、すごくうれしい…!!」


お礼を言うと、松田くんの表情は驚きから心配するような顔に変わった。


「心なしか眼、赤くない…??ちゃんと寝た…??」


やばい。目が充血していることに、気づかれた。動揺しながら、それでも彼には本当のことを言った方がいいと思い、口を開いた。


「添削ずっとしていたら、いつのまにか朝になっていて、実は…2時間しか寝ていない。」


白状するようにそう告げると、彼は困ったような表情を浮かべた。


「夢中になるのはいいと思うけど、ちゃんと寝た方がいいよ。身体に毒だし。」


「そう言う松田くんも、私のノートの添削していて、夜更かししてたでしょ!!」


彼の充血した目を見ながら、私は反論するようにそう叫んだ。


「ばれたか…。僕も添削していて、3時間しか寝ていない。気をつけるわ。」


松田くんは苦笑するように、そっと微笑んだ。釣られて私も吹き出す。


 同じ仕事を精一杯やって、お互いの成果を褒め合えることが、本当にうれしかった。この人を文芸部に誘って、本当によかった。


 朝から幸せな気持ちを感じながら、松田くんと文章について話し合っていた。宝石を磨くように、自分たちの文章をよりよくしていく。その時間が本当に楽しかった。


 でもさすがに疲れていたのか、その後の授業は二人とも爆睡してしまった。やはり寝不足はよくない。


 



 

 


 



 

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