君と一緒に
松田くんと話したい。仲良くなりたい。友達になりたい。心の中でそう思いながら、私はずっと遠くから彼の姿を眺めていた。
どうして最初の一歩を踏み出すことができないのだろう…?
頭の中で、もう一人の私が問いかける。その声に応えることができなかった。それでも声はずっと私の中で鳴り響いていた。自分自身を責めているか、それとも励ましているのか…?わからない、その声の意味がわからない。
あまりにも虚しく、儚い行動を繰り返していたのかもしれない。松田くんの携帯を拾ったり、本屋まで尾行したり、彼と長谷川さんの会話を盗み聞きしたり。誰も知らない私の努力は、端から見たら意味のないものだったのかもしれない。
でも、私にとってはかけがえのない時間だった。どこか空々しく見えてしまう日常に訪れた幸福の瞬間だった。ちゃんと松田くんと向き合うことができない反動が、そういう形で現れていたのだ。私は陰で頑張ってきた自分を笑わない。
絶対に、笑うもんか。
私が今までしてきたことは、彼と仲良くなるための布石だったんだ。高く飛び上がる前の助走だった。周りから見たら、ただ走っているようにしか見えないかもしれないけど、高く飛び上がるとき助走には意味が生まれる。それと同じように、私は今までの行動に意味を与えようとしていた。
大きく、高く跳躍することによって。
放課後。席を立ち、連れ立って廊下に出る松田くんと長谷川さんの姿を追いかけていた。少し後ろから跡をつけて、二人の会話に聞き耳を立てながら歩く。そのとき、長谷川さんの夢、決意、情熱を知った。そして松田くんがそれに応えるように深くうなずいたことも。
私も、二人の仲間に加わりたかった。
「やろう。一緒に文芸部をつくろう。大丈夫。僕らならきっとうまくいくよ。」
松田くんは目を輝かせながらそう言って、長谷川さんを見つめていた。ああ、私もそんな言葉を言われてみたい。心が震えるような欲求が、全身を駆け巡っていく。
二人は誰もいない教室の中に入っていく。心臓がドキドキする。最初の一歩を踏み出す瞬間が、ついにやってきた。私は偶然通りがかったような顔をして教室の前に立つ。二人は私に背を向けて話をしていた。いまだ。この瞬間しかない。頑張れ、私。できるだけさりげなく、何気なく話しかけるんだ。
「あれ?二人ともここで何をしているの?」
松田くんが私の声に反応して驚いたようにこちらを見る。対して、長谷川さんは特に動揺したそぶりも見せず、まるで私のことを待っていたかのように振り向いて微笑んだ。
まるではじめからこうなることがわかっていたかのように。
「あ。芹沢さん。こんにちは。私たちね、この学校でね、新しく文芸部をつくろうと思っているの。そのために、とりあえずこの空き教室を仮の部室として活動しようと考えているの。」
長谷川さんは淡々とした口調で私に語りかける。なんでそんなに落ち着いているの…?思いがけない展開に、逆に私の方が焦る。
「へえ。そうなんだ。文芸部、面白そうだね。」
半ば彼女の微笑みに圧倒されながら、私ははじめて聞いたことのように相槌を打った。長谷川さんは私の様子をじっくりと眺めたあと、パッと明るい表情で近づいてきた。
「芹沢さんもさ、私たちと一緒に文芸部の活動をしてみない?」
目の前で長谷川さんが笑う。私がこの教室にやってきて、話しかけるこの瞬間を待っていたかのように。その時が訪れたとき、私を文芸部の活動に誘うことを決めていたかのように。そして私がその申し出を絶対に断らないと信じていたかのように。
「楽しいよ、絶対に楽しい。三人で同じ本を読んで感想文を書いて見せ合ったり、小説を書いてその感想を言い合ったりするの。そしてゆくゆくは新人賞に応募して作家デビューできればいいなあ…。そんなことが起きたら、どんなに素晴らしいだろう!
芹沢さんもさ、絶対本が好きだよね!私、会った人が読書好きかどうか、瞳の様子から判断できるんだよね。本をよく読んでいる人は、黒い瞳の奥に光が宿っているの。どんなに静かで物腰が柔らかな人でも、その光は燃えるような情熱を秘めているの。新しい言葉を求めている!新しい考えを求めている!そんな想いが、瞳の中に現れているんだわ。
芹沢さんも、力強い光を持っているわ。吸い込まれそうなほどきれいな光を持っている。だから私は知っているの。あなたが本が大好きで、私たちと同じ夢を追いかけてくれるって。」
にっこりと笑う長谷川さん。こんな素敵な笑顔を見せられて、恥ずかしくなるほどの誉め言葉を言われて、彼女の誘いを断われる人なんているのだろうか。
「あの、私、あんまり文章書くのとかこれまでやってきてなかったんだけど、そんな私でよければ、一緒に文芸部の活動、やってみてもいいかな?」
私は涙が出るほどの感動に打たれていた。ずっと思い描いていた光景が、ここにはあった。心の底では、ずっと悩んでいたのかもしれない。長谷川さんと松田くん、こんな素敵な二人と部活動をするなんて、そんな奇跡起こるはずないと思っていたのかもしれない。
でも、私の願いは今現実になったんだ。この瞬間のために、私は今まで努力を続けてきたんだ。私の努力は、無駄ではなかったんだ。
松田くんは、教室の奥で私たちの様子を見守っている。彼の表情は驚いていたが、これから起こる予想もつかない展開に期待しているようにも見えた。ちょっぴり不安を感じながら、それでも前を向いて歩きだそうとしているように見えた。
さあ、三人で何をしようか。
私たちは、教室の中で会話をはじめた。これから始まる未来に胸躍らせながら。
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