僕と日曜日の朝

 日曜日の朝。目覚まし時計の音で目を開ける。


 朝6時半か。

 

 薄暗いベッドから身体を起こして、カーテンを開ける。淡い日差しが部屋中に広がっていくのをぼんやりと眺めたとき、ようやく気がついた。


 なんだ。今日、日曜日じゃん。


 ベッドの中に入ってもう一度眠ることもできたが、どうしようもなくのどが渇いたので、1階のリビングルームに行こうと思った。


 階段をゆっくりと下っていくとき、下のほうからテレビの音が聞こえてくる。だれか、もう起きているのか。


 扉を開けると、テレビを見ながら味噌汁をすすっている妹がいた。


「おはよう。」


「おはよう。」


感情の伴わない挨拶を反射的に交わして、台所の冷蔵庫を開けて緑茶を取り出す。グラスを持って食卓へ向かい、妹と対面するように椅子に座った。


「今日、早いな。」


「うん。朝練だから。」


そう応えて、妹は昨日の残りの肉じゃがを食べている。僕はテレビに視線を向けた。若手の俳優二人が楽しそうに対談している。


 朝らしい光景だった。


 手に持っていたグラスを食卓の上に置いて、緑茶を注ぐ。


 日曜日。大体母さんは昼過ぎくらいまで寝ている。軟式テニス部に所属している妹は朝練がある日、いつも昨日の晩御飯の残りを食べている。彼女はそのことに対して特に気にするそぶりもなく、いつもよく噛んで美味しそうに食べている。


 グラスを持って透き通った緑色の液体を口の中に流し込んでいく。冷たくて、美味しい。


 ふと、目の前の視線に気づいて妹を見やる。彼女はじっと僕のほうを見つめている。


 どうしたんだろう?


「リュウちゃん、もしかしてカノジョできた?」


僕は勢いよく、緑茶を吹き出した。妹はたまにぶっ飛んだ発言をする。


「いや、できてねえよ。友達の一人だって、いないんだし。」


「そっかあ。私、いろいろと不安だわ。リュウちゃん、ちゃんと高校生活エンジョイできているのかなあって。」


妹は目を伏せてため息をつく。そこまで心配されると、特に何に対しても頑張れずにのうのうと過ごしている今の自分に後ろめたさを感じる。


「リュウちゃん、ちょっとコミュ障で、内気で、ネガティブで、口数少なくて、一緒にいると退屈になる人なだけなんだけどね。根はやさしいし、友達の一人くらいいたって、いいはずなのにね。」


「いや全然フォローになってねえし。シノちゃん内心俺のことめちゃくちゃディスってない!?」


「ちょっと遅いかもしれないけど、なんか部活とか入ったら?そしたら友達できるかもよ。運動系は絶対似合わないからさ、ほら文化系とかでさ。書道部とかいいんじゃない?」


「部活かあ。ちゃんとコミュニケーションとれるかなあ。みんなで協力して何かに取り組むのって、昔から苦手なんだよなあ。うまくやってけるのかなあ、俺。」


「そういうマイナス思考だったら、いつまで経っても成長できないよ。とりあえず笑顔で人と接していれば、いいのよ。そしたらみんなも笑顔で応えてくれるんだから。ほら、スマイル、スマイル。」


いつのまにか朝ごはんを食べ終えた僕の妹・松田志乃ちゃんはニッと僕の前で笑ってみせる。我ながら良い妹だなと思う。彼女に励まされると、なんだか自分にもできそうな気がするのだ。僕も頑張って笑顔をつくる。


 ちゃんと、できているのだろうか。


 いいね。そんな僕の不安を和らげるように、妹はそう言ってガッツポーズをした。


「そういや、なんで俺に書道部勧めたの?」


「最近、そういう書道の漫画にはまってんだよねー。貸してあげようか?」


案外テキトーな理由だった。とりあえず漫画は読むことにした。


「じゃ、私そろそろ行くわ。」


妹は食器を台所に持っていき、テニスラケットが入った大きなバッグを背中に担いで、外に飛び出していった。あとには静寂と僕だけが残った。


 なんとなく妹の元気な姿に触発されて、僕も着替えて、朝の光の瞬きに包まれた外へ散歩に出かけた。


 優しげな風に吹かれて、近くにある河川敷へと向かう。


 ゆらりと動く木々や、僕を見下ろす雲、道端の花にとまるハチを眺める。すべてのものが刻一刻と動いているのに、なんだか自分だけが止まっているように感じられた。そんなことに落ち込んでいる自分を見出して、びっくりした。


 僕は妹のことがうらやましい。彼女は部活を引っ張るエースだし、常にリーダーシップを発揮して周りの輪の中心にいるんだろう。すべてを楽しもうと頑張っているんだろう。目標を見すえて、目指す場所へ至ろうと努力しているんだろう。


 それに対して、この僕は。目標も夢も持っていない。一体何のために生きればいいんだろう?夢なんて子供の頃から持っていなかったのか、それとも忘れてしまったのか?それさえもわからないまま、あてどもなく道を歩いていく。


 部活、か。自分の好きなものは、小説しかない。完全に父さんの影響だが、この年になるまで本を読むことしか覚えてこなかったのだ。


 僕には、小説しかない。


 それなら。文芸部に入ろうと思った。自分の好きなものを通して誰かとつながることができたら。僕の人生は変わるかもしれない。何もない今が、少しでも好転するかもしれない。


 小さな決心を握りしめて、どこに向かうのかもわからないまま、目の前に広がる細長い道を進んでいった。

 


 




 

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