五 魔法

「──よし、準備完了だ」

まだ少し不機嫌な様子の頼納が荷造りに片をつけたところでセナは視線の先にあるもの──巨大な甲虫型のモンスターについて訊ねる。

「このモンスターは?」

「そいつは荷蟲にむし言うてな、見た目はちょいおっかあらへんけど気性は穏やかだしスタミナも豊富な頼もしい奴なんやで」

「またお前は余計な話を……」

「いやいや、なんも知らへんまま働かせるのんはあかんかって」

「……もう良い。グノスまでの道案内は任せたぞ」

悪びれない態度の成涸に呆れて大きな溜め息を吐く頼納の様子に吹き出したくなる気持ちを抑えつつ、セナはD2に指示を出す。

「頼んだよ、D2」

「ナビゲートシステム再起動、一時保存フォルダから魔機都グノスへのルートデータをロード開始」

稼働音と共にハルバード型MAは規則的な点滅を繰り返す。

「ロード完了。これよりナビゲートを開始します」


「──さて、大変なのはここからだね」

ギナル渓谷は大荷物を携えた商人が行き来をしやすいように整備された場所である一方、非武装の商人では手に負えないモンスターが沢山住み着いている場所でもある。

故にギナル渓谷を通らなければ目的地に迎えない商人は旅鷲を護衛として雇うことが推奨されている。

「ほんまにめんどい場所やなぁ、現地の護衛を雇う必要があるわけや」

「お前も護衛としてしっかり働けよ」

「わかってるって、そないに口やかましゅう言わへんでも──」

「警告、敵性反応急速接近中」

D2が警告のメッセージを読み上げるのと同時にキラーホーネットが激しい羽音と共に姿を現す。

「早速出番が来たみたいですよ」

「ほな早速働こか

セナがハルバード型MAを構えたのに対し成涸は携えた武器──刀と呼ばれる細身の剣を鞘から抜こうとはしなかった。

「エネミーアナライズシステムによる解析完了。対象には魔法を用いた攻撃が有効です」

「魔法を用いた攻撃、か……ちょっと面倒な相手だね」

「それやったら俺が倒したる」

キラーホーネットの突撃を軽い足運びで躱す成涸が刀を持っていない方の手を伸ばすと魚を模した青い光が左肩に一瞬現れた後、手の先に水の塊が生じる。

「あれって……」

「そうら飲まれろ蒼飛沫あおしぶき!」

成涸が手で軽く払うと水の塊は飛沫となってキラーホーネットを飲み込む。

「エネミーの撃退を確認。システムをニュートラルモードに移行します」

「ほいご苦労さん」

臨戦態勢を解き、一呼吸置いたところでセナは成涸の方に向き直る。

「成涸さん、一つ聞いても良いですか?」

「うん?どないしたんや改まって」

「あなたはもしかして癸酉族きゆうぞくですか?」

畏まったセナの問いに成涸は虚を突かれたような顔をする。

「……あー、そういやさっき話すの忘れとったわぁ」

「別段話すべきことでも無かったからな」

「そないな言い方しいひんでもええやろうに、ほんまにいけずやなぁ頼納は」

「先を急ぐぞ」

成涸のからかいを無視して頼納は荷蟲の手綱を操り、先に進ませる。


「にしても魔法使うと疲れるわぁ……そないなものやさかい、仕方があらへんけど」

「そう思うのならば何故魔機術を使わないのですか?」

「使わない、じゃなくて使えない、が正解だよD2」

「それは何故ですか?」

「普及率の問題……と言って良いのでしょうか?」

セナの質問に頼納は頷く。

「邦で魔機術まきじゅつを使っているのは船乗りぐらいのものだからな」

「そこらの新しい技術が邦に浸透しきるのはまだまだ先の話やろうなぁ」

「癸酉族はともかく、身体的な条件から魔法を行使することが出来ないギノム族はマギナや魔機術の導入に好意的ではないのでしょうか?」

「便利だからといってすぐに受け入れられるほど、ヒトの頭は柔軟に出来ていない」

「非効率的ですね」

「し、辛辣やなぁ……」

他愛もない雑談に花を咲かせながら一行は渓谷を進んでいく。

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