第2話 屋上にて


編集部


朝から慌ただしい。


机に並べられた朝刊各紙をみなが凝縮している。


(大学生行方不明、警察は失踪誘拐の線で捜査)の記事


「これで4人目か」


「警察からの情報はどうなってんだ」


苛立つ上司たち

皆がざわめいている。


その傍でなぜか壁にもたれて1人コーヒーを飲む物憂いげな華原の姿。


部長が取材部デスクを歩き回る


「今月に入って市内の大学に通う大学生の突然の失踪が続いている。


「これを最近巷で騒がれれいる某宗教団体との関連性を説く記事や噂もでている」


「教団建物の近くで目撃したなどの情報もある

報道各社連日このニュースでもちきりだ」


「で、うちももちろん取材部に特別班作ってこれを追っている」


キレキレ女子次長立ち上がる


「世間を騒がす振興宗教に立て続けの失踪事件」


いつものピタっとしたパンツスーツが艶っぽく決まっている。

黒縁のつり上がったメガネがキラリと光る。

金髪の優雅な髪をかけあげる。


「写真週刊誌でもあるウチとしては、ここは他社をぶち抜いてバシッと大スクープ決めないと!」


力がはいっている。


それと対象的に部長が冷静に話を続ける。


「教団関係者への取材は日を追って加熱している」


デスク脇に置かれた複数の各局TVのワイドショーでこのニュースが流れている。


「教団の会見予定はまだないのかね?」


冴子のデスクの前で足を止める。


「どうなのかね?」


冴子に部長の声は聞こえていない。


パソコンに集中している。

ひたすら画面を見つめている。


金曜日から週末にかけて寄せられた情報検索、そして「青野地区上空で謎の光?隕石か?」の投稿で目が止まる。


「あった!」


思わず声が出る


一同


「あるのか?会見?」






昼休み


デスクに手作りの弁当を置きじっと見つめる冴子。


おもむろにナフキンをほどく。


自分の部屋で男が一人弁当を食べる姿を想起する。


どこかくすぐったいような気恥ずかしい気持ちになる。


隣席の後輩女子がカップ麺をすすりながら

朝刊を眺めている。

湯気でメガネが少し曇っている。

メガネの奥、クリクリとした黒目が愛らしい。


「先輩、弁当っすか」


「めずらしいっすね」


見出しは大きく昨夜の大学生失踪事件

その下の端っこに書かれた記事が見える。


「青野方面で火炎物の落下 隕石か?・・・」


「これって先輩の家の近くじゃないっすか?」


冴子、急にむせ返るように慌てて


「え、なに?全然知らないけど」


早口で即否定し、なんとかその場をとりつくろう。


「そうですよね、こんなの、今世間を騒がす連続失踪に比べれば雑ネタですけどね」


冴子の前では無防備で素でダレてくる後輩女子。

オヤジ口調で

「ザコもザコ」


「それにしても先輩の今日の弁当随分手が込んでますね」

じゃれるように冴子に近づき下から覗き込む

「なんかいいことあったですかー」


焦る冴子


「えっ、そんなのあるわけないでしょ」


記事の続き写し出される。

(なお同時刻に近江方面でも同様の飛来物の情報も・・・)


冴子に記事の続きは見えていない。


華原が冴子のデスクに片手で菓子パンをかじりながらやってくる。


後輩女子慌てて身を潜める。

華原がその首を後ろからグイとつかむ

「そんなのばっか食ってると、体ぶっ壊すぞ」

後輩女子、小さな体をさらに縮める。

小声で訴えるように

「セクハラですよー」

一方で頬が僅かに赤らんでいる。



「おー、弁当?」

不思議がるように

「めずらしいな、冴子が弁当だなんて」

「どうした?」


顔を訝しむように覗き込む


冴子少し動揺するが冷静をとりつくろう


「何を言う、わたしだって弁当くらいつくる」


華原何かを思い返すように空を見つめ

「冴子が料理ねー」


一瞬不安のようなものがよぎったようにもみえたが

やがて冗談っぽく

「へーうまそーな卵焼き」

弁当に手をのばす。


「よせって」

「それより、会社でその呼び方やめろって言ったろ!」

キツく言い返す。



これを遮るように華原マジ顔で小声で

「連続失踪の件で気になる情報がある屋上で待ってる」





屋上


華原が冴子に写真を渡す。


「桐島真吾20才、県立大学2年生、金曜日帰宅途中で行方がわからなくなっている」


そして他の写真も見せる。

そこには学生風の男が白い作務衣のようなものを着た数人の男性といっしょに歩く姿が複数枚、駅の構内、路上 。


「防犯カメラの写真だ」


「例の教団の近くで足取りは消えている」


まるで関心もないように冷めた口調で冴子

「警察からのリークか」


静かに頷く華原、そして欄干にもたれながら静かに語り出す。


「宗教団体「エルフィンの園」


「3年前、山陰の山あいの小さな集落ではじまった集団生活がそのきっかけと言われている」


「自立共生と無所有一体をスローガンに農作業や養鶏などを皆で行い集団で共同生活する」


「現代版の地上の楽園だ」


「厳しい労働と規律正しい生活習慣の継続は、やがて意識の上昇をもたらし、これを天道の叡智が導き真実の世界に至る」


「難し過ぎて俺にはよく分からないが・・・」


「15歳で神からの啓示を受けたと言われる教祖の北条霧香、彼女の説法を聞いた者はみな心酔し家族で入信するらしい」


「あっ、そうそう、若者や小さな子供のいる夫婦が家族で入信するのが多いってのもこの教団の特徴だ」


「入信時の財産没収もなく、詐欺や脅迫などの訴訟事件もまだおきていない」


雲の合間からときどき射す夏の太陽が二人に照りつける。


遠く町を望みながら冴子、どこか冷めた目で

「競争競争でただでさえ生きずらい世の中、そういうのに疲れて入ったんじゃないのか」


「本当の幸せな生き方とか真面目に考えちゃって」


「熱が冷めればそのうち親元にも連絡するだろ」


少し考えるように華原

「ああ、そうかもしれないな」


諦めの口調で静かに続ける冴子

「これを面白くおかしくカルトとかって掻き立てるのが今のマスコミ」


「政治家や官僚の本当の汚い汚職収賄にはビクビクしてなにも手も出せないのに、この手の弱いものは徹底的に叩いて潰す」


華原、振り向き冴子と同じ視線で肩を並べる。


「冴子は変わらないな、昔と」


そして思い返すように懐かしむように

「悪い奴らを許さない、正義を追求する」


「龍元のオヤジゆずりのその強い信念」


遠い昔に戻って行くように空に目をやる。


龍元という言葉に一瞬顔に影がやどる冴子。


突然欄干から崩れ落ちるように華原

「でもさー、とか言って本当に取材の仕事についちゃうんだからな」


腹をよじるように笑い出す。


冴子ムキになって言い返す。


「なによー、その後を追って同じ会社に入ってきたのは雄二でしょ」

急にタメ口になる


「あたりまえだろ、道場育ちの竹刀しか振ってこなかった世間知らずの冴子がいきなり記者の仕事?」


「だれだって心配するだろ」


「普通に無難に体育の先生とかだろ」


「はー?うちにそんなお金あった」


「そりゃそうだけど」

少しひるむ華原


「とにかく山を出たかったの」


「なんでもいいから、それまでとはちがう、まったく新しいことがやりたかったの」


「あの時は・・・」

口調が少し内にこもっていく冴子


「で、たまたま市内の出版社受けてみたら採用になって」


「取材とかの仕事ってやっぱ体力でしょ」


「なんかそのへんとかかわれちゃったみたいで」

声が小さくなっていく。


だがすぐに気をとりなおし

「なによ、そういう雄二だって」


「どうみても不器用で機械なんて触ってるのみたことなかったあんたが編集?そっちの方笑っちゃうでしょ」


「おいおい、こう見えて入社3年ですでに3人の部下を持っている俺にそれ言うか?」


「編集はチームでしょ、うちは基本単独行動、

仲良しごっこやってる暇なーいーの」


「はっーっ?俺がいつ仲良しごっこした?」


いつもの見慣れたケンカがはじまった。


「とにかく」


自慢げに胸を張って華原

「俺がこの会社に入った一番の理由は」


「冴子に悪い虫がつかないよう監督するのようにっていう花おばさんの命令あったから」


冴子プッと吹き出すように

「バッカじゃない」


まるで兄弟がじゃれ合うような呼吸の合った二人。






「ところで冴子 聞いてほしいんだ」

急に真顔になって冴子に詰め寄る。


雲間から真夏の太陽が眩しい


「実は公安が1週間ほどまえに内偵で入っている」


「信者になりすましてってやつだ」


冴子吹き出すように

「まさか教団内で化学兵器でも作ってるってか?」


「潜入捜査は一通り終わり、おまえの言った通り現状何の事件性も見受けられないというのが結論だ」


「ただ・・・」


「ただ?」


華原言い出しにくいように

「今日の夜施設内に入れることになった

い、そいつらの手引きでな」


「手引きって・・・」


「公安はうちら写真週刊誌に撮らせて幕引きにしたいってこと?」


うつむくように華原

「多分」


説得するように訴える

「でも、それはそれでうちのスクープになるわけだし」


思案顔の冴子


「それで・・・おまえもいっしょにどうかと思って、おまえの方がカメラ上手いし・・・いや、度胸もあるし」


「怖いのね」

呆れ顔


しばらく下を見て考える冴子。


「教祖様とのツーショットねー」


冴子、一瞬部屋で1人待つ男のことが遮るが


「いいよ」




(断るわけがない)


(だって雄二の頼みごとだから)

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