孤高の大鳥三姉妹に捧げるRequiem

nana

第1話 出会い

 ---漆黒


深い暗闇の遥か遠く僅かな亀裂より光が漏れる。


その光に向かって歩く男

長身に蒼白の狩衣が垂れている。

初老にも見えるが体躯は力強く

ためらうことのない確固とした歩みである。


男の後ろ数歩遅れて歩く三人の女達。

いずれも黒髪が腰下まで伸びその背中には艶やかに映える大きな黒い翼を携えている。


一歩手前を歩く真ん中の長身の長女

慎ましくも諭すようにそして丁寧に。


「・・・龍元」


「せめて一言」


男は歩を止めるもなく振り返えることもなく言い切る。


「まだ封印の刻は来ていない」


右後ろを歩むその妹

吐き捨てるように淡々と放つ。


「つれない男だ」


そしてもう一人の妹

小柄で華奢な肢体

子供のように細い足が愛らしい

小走りのように姉たちに歩調を合わせている

少しためらうように背後を垣間見る。


「あの子泣いてるよ、可愛そうだよ」


青白く鈍く鼓動するように梵語で埋め尽くされた式版の上に半円の球体が覆う。


半球体の上方細かい金粒の円環となり幾重にも連なりさざめくように流転している。


その中一人の少女が寝かされているが半身をやっとで起こし身体を必死に捩じらせ手と顔をこちらに向け大きく口を開けている。


表情は絶望的に苦悶し瞳は涙で溢れている

あたかも「待って!行かないで!」とで叫んでいるように。


男の眼差しが内に向かう。


そして改めて確信し自らに納得する。


「あの子には普通の人間として生きてほしい」


強固な意志は決して揺らぐことはない。


「呪われた力が開花する前に、鴨之宮の血脈をここに断つ」


閉じた眼差しの奥底に昨夜の惨劇が蘇る。


炎に包まれた部屋


仰向けに寝た色白の浴衣の女の上に鋭く伸びた羊のような両の角をもつどす黒い獣人が覆いかぶさっている。


赤く獣のような眼球が鈍くひかり口は大きく裂けヨダレが止めどもなく畳に滴り落ちる

女の浴衣の腰から下がはだけその上を獣人の巨体が前後に動く。


女は仰け反りかえるようにこちらを見ている。


巨大な鋭い鳥爪が龍元の身体捉えている。

爪は身体を突き抜け深く畳にまで食い込んでいる。


血がほとばしるようにどくどくと溢れ出る。


もう一つの鳥爪が男の頭を残忍に容易くわし掴み前方の女をわざと見るように向けさせる。


男は目の前で蹂躙される妻の姿を認める。


女の目は完全に見開いている。


苦痛、苦悩そして言いようのない恥辱の表情に変わっていく。



龍元の発狂した絶叫が空を炸裂する。



男が歩みを止め拳を激しく震わせる。


「そしてこの手でルシファーを撃つ!」


その情景が瞬時電撃のごとく三姉妹に同期する。


三姉妹片膝をつく。


「お供します」


「光の巫女の命として」


暗転---







市内のオフィス街にある

出版会社の昼下がり。


「納得できません!!」


会議室に鋭く響く藤宮冴子の声。


ざわつく上司たち。

やれやれといった感の同僚達。

はーっとため息をつく後輩女子の顔。


我にかえったのか少し身を引くように


「あっ、すみません・・・」


「でも・・・今回の記事は裏ドリ取材に半年もかけてようやく…」


うなだれるようにうつむく冴子をなだめるように上司


「まあまあ気持ちは分かるけどね、さすがに現職市長はちょっとねえ、政治ネタは慎重にも慎重をというのが本社の意向で・・・」


これを遮るようにキレキレの女性キャリア編集次長が立ち上がる。


「トップ写真は差し替え!もう決定事項なのよ」


室内静まり返る。


「それより連続失踪の特別班はこの後緊急ミーティングよ!」


会議室を出る冴子に走り寄る後輩女子


「まったく頭にきちゃう」


「黒幕は現職市長、みなそう思ってることよ」


「これまでの取材が水の泡ってこと?」


冴子黙ったまま歩き続ける。


手を後ろに組み、うなだれてボヤくように

後輩女子続ける

「みんな連続失踪の方に目がいっちゃって」


冴子より一回り小柄な肢体に機敏によく動く細い手足、甲高く早口の声。

冴子を追いかけるように

「まったくうちの上層部ときたら」


「ねえ、先輩、このままじゃ」


後輩女子、むしろ冴子本人に対してふてくされるように、そしてむくれるように

「また貝になるんですかー」


冴子ようやく歩みを止める。

表情も変えず正面を見つめる。


「腰抜けね」




編集部デスク


壁にいくつものモニターが並び各放送局のニュースが映し出されている。

テーブルには今週発売の写真週刊誌が幾冊も積み上がっている。


各紙の発行部数の載ったプリントに目をやる華原雄二。


「先輩、今週は伸びませんでしたね」


華原の周り女子部員数人が集まっている。


「今週はスクープとかなかったからな」


少し気落ちしている一同。


「グラビアの新人yuki とか今けっこう人気あるんですけね」


両手を頭の後ろにやりながら足は手前のゴミ箱に置いている。

それほど落ち込んでもなくどこか呑気に見える


華原、椅子にもたれた姿勢を元に戻すと、場を和ませ慰めるように

「でもさ、三木ちゃんの校正してるプチ女子旅のコーナーとか評判いいし」


「あとコウちゃんとこの裏街グルメ新連載来週からだろ、あれ絶対うけるって」


「大丈夫、大丈夫、来週からまた挽回ハハ」


すでに7時を回っている。


モニターに目をやりながら

「特報なし」


「金曜日の夜だしな・・・」


「来週からは連続失踪でなんかちょー忙しくなりそうだしな」


女子たちの顔色がにわかに明るくなる。


「よーし、じゃあ今日はおれのおごり!」


「わー」と湧き上がる声。




取材部デスク


「まったく編集は気楽でいいわよね」

後輩女子、パソコンを打ち続ける。

夢中になると猫背になる癖がある。


厚めのフチなしメガネの奥がキラリと光る。


「よっしゃー、取材アポゲット!!」


 小さめのガッツポーズ。


その時、華原がふらりと藤宮の席までやって来る。

後輩女子、途端に背中がピンとなる。


「あぁ、藤宮、おまえもどうだ?これからみんなで」


パソコンを見ながら振り向きもせず冴子


「パス」


「そうか・・・」

華原少し落ち込むように小さく呟く。


それでも少し近づき耳元で

「頑張りすぎだぞ冴子、少しは息抜きしないと体もたない」


これを振り切るように小声できつく言い放つ

「会社でその呼び方はやめろ」


華原、やれやれといった感じ上体をおこすと

「これ」

藤宮に資料を差し出す。


再び耳元で小声で

「警察にいる友人のつてで入手できた」


連続失踪マル秘の文字


冴子ここは素直に

「ありがと」


華原ポケットに手をつっこみ

「市長や議員の収賄もいいけど、俺にはこっちの方がやばい匂いプンプンするけどな」


「おまえも来週から特別班だろ」


何も反応しないで作業を続ける冴子。


諦めたか 藤宮のもとを立ち去る華原

どこか心もとなく寂しそうのも見える。


時計はすでに夜の11時


「藤宮君お先するよ、今週毎日残業じゃない」

「体あっての取材部だよ」


デスクに向かう冴子の後ろ姿

悔しそうに口をつむぐ表情がパソコンに映る。






帰宅時


市内一人暮らしのマンション。


部屋へ入るやいなやベットにうつ伏せるように倒れ込む冴子。


じっと動かない。


いや、動けない、疲れがたまって。


電気をつけなくても窓より射し入る町の青白い灯。


マンション下を通る大通り

急発進するパトカーのサイレン音

酔っ払っいの奇声

それらが階層より鈍く遠く響いてくる。

いつもの聞き慣れた夜の町の音たち。


「ふー」

大きく長い息を吐く。

どこかため息のようにも聞こえる。


「さーって」

自分を励ますように、吹っ切れたように起きあがると、コンビニで買ってきた缶ビールに手をやる。


その時ベランダからどっさと大きな音。



何か落ちた?


何か倒れた?


いや、何かが崩れた!!



瞬時ベランダに目をやると、メラメラと光るオレンジ色の大きな塊が見える。


「へっ!火事?!」


一瞬たじろぐが息をのみ近ずき思い切ってざっとレースのカーテンを開ける。


「何??!」


くすぶるように燃える塊と立ち上がる煙。


ゆっくりと重たいガラス窓を開けると靄の中に横たわる塊。


「ひっ、ひと!?」


にわかに想像できない驚愕の状況の中、不思議と冷静に凝視する。


鼻をつく強い火薬の匂い。


赤い火の粉と灰色の噴煙の中に黒く煤にまみれた着物のようなものをまとった人の姿が・・・


うつ伏せに倒れ、その顔は苦しそうに額から血が垂れている。


それでも傍にころがる大きな刀のようなものに必死に手をやり起き上がろうとするが力尽きたかばたりと倒れ込む。


瞬間、辺りに漂っていた青白い燐光が部屋へもなだれ込む。


冴子、一瞬はっと目を見開くがそのままスーッと意識が閉じる。






ベッドにもたれかかった姿勢で寝てしまった冴子。

ゆっくりと眼を覚ます。


初夏のさわやかな日差しが眩しい。


その先ベランダに立つ白衣の後ろ姿

青く長い髪が風になびいている

凛々しくも美しい顔立ち

眼差しは空を見つめている。


「ずいぶんと遠いところまで来てしまったようだ」


冴子の視線に気づいたかゆっくりと振り返る。

「目覚めたか」


冴子ハッと我に返ったように飛び起き慌てて後ずらしする。


驚きのあまり腰をあげることもできない。


同時に昨夜の場面が頭を駆け巡る。


「っていうか、あ、あなたいったいなんなの!!?」


「夜中に勝手に人の部屋に入ってきて、っていうか勝手に落ちてきて」


「そっ、その昔の着物みたいな格好、な、なんなの!?」


「コスプレ?!それとも映画の撮影の帰りとか?!」


「あっ!もしかしてドッキリ?」


立て続けにまくし立てる。

あまりの混乱と動揺に感情の制御がまったくできない。


興奮のあまりヒステリックが頂点にに達する。


「もー!とにかく帰って!早くここから出て行って!!」



男、黙って冴子の言葉を聞いている。


やがて再びベランダから外に目をやる。


階下に見える高速道路、連なる多くの車、立ち並ぶ高層ビル群、始めて目にするような人々の服装。


男、静かに内に向けて語るように

「状況は概ね承知した」


再び冴子に目を合わせると

「言われるまでもない、立ち去るとしよう」


「迷惑をかけたことを詫びよう」


男ベランダに手すりに手をかけそのまま身をのり出そうとする。


冴子とっさに駆け寄る。


「ちょっとまって!!」


「ここ、8階よ」


怒りを超えて諦めたような感情。

自分でもよく分からない。

力が抜けたように肩を落とす。


(一体、何がおきたのだろう・・・私の人生に・・・)






昼下がり冴子の部屋


カーペットの置かれたちゃぶ台に向かい合う二人。


「にわかには信じがたい話だが、どうやら時を渡ってしまったようだ」


男の言葉を冴子は意外と冷静に受け止めていた。

昨晩見た不思議な青白い燐光、あの強く鼻につく火薬の匂い、煤けたような時代がかった衣装に刀。


(ゆめ?)


いや、確かに記憶の実感があった。


現に一人の男が目に前に座っている。


(何が起きたのだろう・・・)


一瞬ハッとする。


(タイムスリップ・・・?)


半信半疑だったが見たものは確かだった。

今はとりあえず受け入れる以外なかった。


着物を脱ぐと男は白い装束のような着物を着ていた。


装束に透けて見える男の体は博物館で見る中世の立像のように引き締まって美しかった。


肌は透き通るように白く青みかかった髪は長く瞳は遠く何かを見透すように憂いが漂っていた。


男が静かに語り出す。


「確かに昨夜、私は炎の中にいた」


「戦さ場だろうか?いや、建物が激しく燃え崩れおちる音...」


「しかし、その前後の記憶がどうしても思い出せない」


「私は何かとても大切なやらなくてはならないことがあったはずだ」


「この命を捨ててでも守らなくてはならないものが・・・」


「それがなんだったのか・・・」


自分に問いかけるように、また問い詰めるように男の瞳がゆらゆらと憂いでいる。

どうにもならない悔しさもどかしさのあまり体が震えている。


(この人は何を言い出したのだろう・・・)

訝しむ気持ちが再び湧き上がる。


一方で、この男の表情と震えは私と同じ普通の人間の本物の感情だろうとも思える。



冴子、正座のまま男の話を聞いている。

そして湯のみを押し出すように前へ


「お茶、飲んで」


男ふっと我に戻ったように落ち着き湯のみをとり口にやる。


「よき葉だな」


安堵の表情。


冴子は男から感じる淡い燐光に包まれ不思議な落ち着きを感じ取る。


微かに漂う火薬の残り香に、遠い昔自分もそこにいたようなどこか懐かしい気持ちに覆われる。


目の前にいるのは私と同じ普通の人間・・・


間違いない


そしてこの男といると不思議と心が落ち着いた。


なぜだろう・・・


そして、その時初めて自分が昨晩帰宅からずっと着替えをしていなかったことに気づき、慌ててタイトスカートの先をカーペットに押し付けた。





月曜日朝5時


窓から射し入る薄明かりの中ベットの冴子の寝顔。


壁に背をもたれ片膝を立てて静かにうつむいた姿勢の男。


刀を握り肩にあてたままである。





忙しい朝の時間


いつもの黒いタイトスカートに白のブラウス、美しく長く伸びた肢体に肩まで伸びた黒髪が眩しい。


地味めのグレーのジャケットをはおりながら玄関でパンプスに慌てて足を入れる。


「とりあえず今日はここにいて」


「外に出てはダメよ」


「食事は、お、お弁当作ってみた。テーブルの上」


「あ、あと、これ」


玄関脇に置かれた紙袋をように手渡す

「買ってみた」


「サイズとか、合うかなぁ」


「着てみて」


冴子の矢継ぎ早の言葉多少気圧されるも、男は冷静に答える。


「心得た」


男の包み込みような眼差しに一瞬恥じらうように。

「じゃ、じゃ、行ってくる」


すると男

「ちょっとまて!」


「えっ??」


男、いきなり冴子にぐっと身を寄せる。

男の顔が間近にやってくる。


果てしなく澄み切った瞳が冴子の口元を見つめている。


大いに焦る冴子。


そして、なぜか胸が高鳴る。


男が指を差し出して冴子の口元についたご飯粒をとる。


「これでいい」

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