閑話 魔族陣営・魔王軍の夕食

第199話 思わぬ来訪者

―――クリムゾン一行が眠りに就いたところから少し時は遡り、魔王軍の動向へと視点を移す。


 古武術道場でクリムゾン一行と別れた魔王達は、夕食を一緒にとる約束をしていた魔王の母マリーの家へと戻ってきていた。そして魔王が玄関の扉を叩こうと近づくと、不思議なことに家の中からは何やら楽し気な話声が響いてきたのである。魔王の父は現在隠れ魔族の国ルインズで公務の任期中であるため別居中であるし、他に同居人がいると言う話もマリーからは聞いていなかったので、魔王はいったい何者が居るのかと不思議に思ったのである。また魔王達の正体を知っているのはクリムゾンとクリムを除けばマリーだけなので、魔王が帰ってくると分かっている家にマリーが他人を招き入れるとは思えなかったため、なおの事不思議だったのだ。

「お客さんが来てるのかな?」

 魔王がドアノッカーを掴もうとした手を止めて振り返り、他のメンバーに問いかけた。魔王軍幹部であるフェミなとチャットが顔を見合わせ首を傾げる中で、予め家の中を魔力探知によって調べていたシャイタンだけは謎の来訪者の正体に気づいていたので、魔王達に訳知り顔で声を掛けた。

「まぁまぁ入ってみれば分かりますよ。マリーさんは既に夕食の準備を終えて待っていたみたいですし、あまり遅くなると悪いですよ。」

「うん、まぁそうだね。」

 シャイタンに促された魔王は釈然としない表情を浮かべながらもドアノッカーを叩いた。


 ここで一つ補足しておくと、シャイタンの魔力操作技術は精鋭揃いの魔王軍と比較しても飛びぬけて高く、感知能力に優れた魔王にさえ気取られない程度のわずかな魔力波を用いて数十メートル程度の範囲索敵が可能なのだ。そしてここまでの旅においても彼女はこっそり周囲の様子を把握していたのだが、その事を魔王達は知らなかったのである。シャイタンは別に能力を隠していたわけではなかったが、気づかれていないのであればそれはそれで面白いと考えていたし、わざわざ索敵していることを話すのはなんだか恩に着せる様で煩わしかったこともあって、あえて自分から話そうとはしなかったのだ。


 余談はさておき、魔王がドアを叩くと、先刻初めてマリーの元を訪れた時と同様にドアの向こうからはパタパタと小走りに近づいてくる足音が漏れ聞こえ、次いでゆっくりと玄関の扉が開かれたのだった。

「はーい。どちら様・・・って、あなた達だっだのね。お帰りなさい。」

「うん、ただいま。ところで誰かと話していたみたいだけど・・・」

 魔王はマリーの歓待に応えるとともに正体不明の客人に探りを入れようとしたが、その言葉を遮って一筋の黒い影が一陣の風の様に魔王とマリーの間に飛び込んできたのだった。そして謎の影は魔王に仰々しく片膝をついて一礼すると、素早く立ち上がって背筋を伸ばした。

「ご機嫌麗しゅうございます魔王様。今朝方ぶりですかな?」

 その立ち居振る舞いと同様に無駄に仰々しい口調で魔王に挨拶したのは、魔王軍幹部の1人にしてフェミナの兄であるスペリアであった。

「誰かと思えばスペリアじゃないか。なぜお前がここに居る?と言うか往来で魔王言うな。誰かに聞かれたらどうする気だ。」

 なんの前触れもなく突然現れたスペリアに対して、魔王は周囲に人影が無いか見回しつつも特に驚いた様子もなく受け答えし、スペリアの軽はずみな発言を諫めたのだった。魔王はスペリアとは幼少期からの長い付き合いであり、軽薄で掴みどころのない彼の言動にも慣れたものであったが、ある意味敵地である人間の国では放置するわけにもいかず自制を求めたのだ。

「これはうっかり。失礼しました魔王様。おっと、またまたうっかり。ハッハッハ、なかなか慣れないものですな。」

 スペリアは魔王の言葉に反省の言を述べたかと思えば、舌の根の乾かぬうちに同じ失言を繰り返し、悪びれるでもなく笑ったのだった。

「お前なぁ・・・」

 魔王はスペリアの言動に呆れつつも、元々あまり彼が態度を改めるとは期待していなかったので、それ以上の言葉は重ねなかった。

 ところで、先んじてスペリアの存在を認識していたシャイタンは、魔王が驚く姿を期待していたため、意外にも冷静な反応に少しがっかりしていたが、そのことを口に出すわけにもいかないので黙っていた。


「まぁまぁ、続きは中で話しましょう。料理が冷めちゃうわ。」

 笑うスペリアと呆れる魔王の様子を見かねて、マリーが間に入って提案した。

「そうだにゃー。まずは腹ごしらえだにゃー。」

 チャットがマリーの提案に乗っかって一足先に家の中へと入っていくと、シャイタンとフェミナもそれに続いた。魔王とスペリアの小漫談は、フェミナとチャットにとっては見慣れたものだったので、いちいち相手にしないのが暗黙の了解となっていたのだ。当然付き合いの短いシャイタンは彼らのルールなど知らないが、なんとなく空気を読んで2人に倣ったのだった。

 女性陣がとっとと退散したため、残された男2人は(と言っても魔王は現在幼女と化しているが)顔を見合わせて彼女達の後を追った。

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