第198話 邪龍ファーヴニルと黄金の指輪 ~エピローグ~

「さてと、長い前置きが終わったところで、いよいよファーヴニルの魂が指輪に封じられた経緯について話しましょうか。」

 ファーヴニルの物語は彼の死をもってついに決着を迎えたのだが、元々クリムが話を始めたのは呪いの指輪に邪龍の魂が封じられた理由を話すためであったため、肝心の部分がまだ語られていないのである。

「そういえばそんな話でしたかね。すっかり忘れていました。」

 サテラはハッとした表情を浮かべつつ言った。

「ちょっと余計な話が長くなり過ぎましたからね。では話を再開しますね。シグルズによって心臓を串刺しにされたファーヴニルでしたが、ドラゴンの生命力は凄まじく、心臓が止まってもすぐには死にませんでした。しかしもはや手の施しようのない致命傷である事は間違いなく、流石のファーヴニルも観念したので、せめて最後に自身に傷を負わせた存在がどの様な英雄であったのかを確かめようとしました。ファーヴニルがもうほとんど力の入らない手足を動かして、どうにかその巨体をもたげると、彼の腹の下からは全身血塗れになったシグルズが這い出してきました。その血はもちろんシグルズが怪我をして出血したわけではなく、ファーヴニルの心臓から噴き出した返り血によるものです。シグルズはまだ息のあるファーヴニルの生命力に驚き宝剣フロッティを構えましたが、ファーヴニルにはもはや抵抗する力は残っていませんでしたから、ただただ自身を討ち取った男の姿を見ているだけなのでした。そしてファーヴニルはシグルズが宝剣を持っていることに気が付くと、その男がレギンによって差し向けられた刺客であると思い至りました。ファーヴニルが宝剣の切れ味を恐れている事を知っているのは、父フレイズマル亡き今、弟のレギンだけだったからです。また、彼の弱点である腹部を狙った奇襲も、レギンの入れ知恵であれば納得がいったのですね。ファーヴニルはシグルズに名前を尋ねましたが、シグルズはこれに応えませんでした。ドラゴンは名前を知った相手に呪いを掛ける事ができると聞いたことが有ったからです。実際のところ呪いを掛けるのに名前を知る必要はないのですが、当時の常識と言うか噂に尾ひれがついた誤情報ですね。まぁそれは置いておいて、ファーヴニルは頑として名前を明かさないシグルズに対して名を聞くのは諦め、次に自身の心臓を食べればドラゴンの力を得られると語りかけました。ここで少し補足しておくと、私もファーヴニルの言うところの龍化の秘法を詳しくは知らないのではっきりしたことは言えないのですが、シュリがクリムゾンの遺伝子を取り込んで龍化したのと同じように、紛い物とは言えドラゴンであるファーヴニルの心臓を食べればドラゴンの力を得られるというのもなくはない話ですね。現に全身にファーヴニルの血を浴びたシグルズは、その時点で全身の皮膚が硬質化し、森を飛び交う小鳥たちの言葉が分かると言う能力を手に入れていましたからね。そんな既成事実もあったため、シグルズはファーヴニルの言葉を信じたので、ついには力尽きてその場に崩れ落ちたファーヴニルの骸から、言われた通りに心臓を抜き取って口に運んだのでした。」

 クリムがそこまで話すとシュリが手を挙げ、すぐさま質問を飛ばした。

「わざわざシグルズが強くなる様なプレゼントを残してる様に見えるっすけど、ファーヴニルは自分を倒したシグルズを恨んでなかったんすか?」

 クリムは首を横に振りつつ答えた。

「ファーヴニルは死に瀕してこれまでの行いを悔い改め、せめて自分を倒した英雄にドラゴンの力と言う置き土産を残すことで生きた証を立てようとした・・・と言う風にシグルズの目には映っていた様ですが、もちろんそんな殊勝な理由ではありません。人の本質というものはそうそう簡単に変わるものではありませんからね。改心した様な彼の言動は真っ赤な嘘であり、死の間際に演技をすること自体もいざと言うときのために予めファーヴニルが用意していた狡猾な罠だったのです。」

「どういう事っすか?」

 シュリが聞き返すとクリムはさらに続けた。

「ファーヴニルの心臓を食べるとドラゴンの力を得られる、と言う話自体は本当だったのですが、実はファーヴニルは彼が修めていた古代魔法の一種である錬金術の秘法の1つ、転生の秘法を死ぬ寸前に発動しており、ドラゴンの力を手に入れたシグルズの肉体に自身の魂を憑依させて乗っ取るつもりでいたのです。転生の秘法は本来、年老いた錬金術師が自身の遺伝子から産み出したホムンクルスに魂を移し替えて延命する外法らしいのですが、龍化の秘法と組み合わせる事で、彼の遺伝子を取り込んだ他人にも理論的には憑依可能と言う事は分かっていたので、自分が死んだ後に発動する秘法を練習するわけにもいかないのでぶっつけ本番でしたが、そのまま死ぬよりはマシと考えたファーヴニルは最後の賭けに出たわけですね。ちなみにファーヴニルは錬金術を誰かに習ったわけではなく、ところどころページが欠落したような非常に古い魔導書からほぼ独学で学んでおり、ホムンクルスの作り方はちょうど欠落箇所だったので知りませんでした。さらに補足しておくと龍化の秘法もまた錬金術の秘法の1つみたいですね。錬金術は四大精霊の力を四大元素として扱う古代魔法で、後に人間や亜人種に広く普及した精霊魔法の基礎となった魔法と言われていますね。まぁ錬金術に関しては私もほとんど知らないので、軽く触れるくらいにしておきましょうか。」

 クリムはまた話が逸れてしまっていると気づいたので、あまり関係のない話は途中で切り上げ本筋へと戻ったのだった。


「ファーヴニルの心臓を口にしたシグルズの肉体が変異を始めた一方で、ことの顛末を隠れて見ていたレギンは、ファーヴニルが息絶えたのを確認してからようやく姿を現しました。そしてレギンは兄の骸を漁って黄金の指輪を見つけ出すと、すぐさま装着したのでした。以前にも述べた通り、レギンは兄との取り合いを避けるために興味が無い振りをしていましたが、彼もまた宝石や宝飾品に興味があったのです。これまでの流れから分かると思いますが、指輪を装着したレギンは指輪の呪いを受けてしまいます。そしてファーヴニルを倒した暁には財宝を山分けにする約束でシグルズを雇っていたレギンでしたが、呪いの影響もあってシグルズに分け前を与えるのが急に惜しくなってしまったのですね。肉体の変異に伴う成長痛の様な痛みでフロッティを手放して悶えるシグルズの姿を目にしたレギンは、静かにフロッティを拾い上げるとシグルズの背後から襲い掛かりました。平時のレギンであれば剣士であるシグルズを襲おう等と考えもしないはずですが、破滅の呪いの影響で判断力が落ちていたんですね。レギンはシグルズの死角から心臓を狙ってフロッティを突き立てようとしましたが、その時森の小鳥達がシグルズに危機を報せたため、寸でのところでシグルズは振り返り、レギンが振り上げたフロッティを奪い取りました。そしてそのまま反射的にレギンの首を刎ねてしまいました。シグルズの剣技はひた向きな反復練習の果てにその身に染みついた技術でしたから、レギンを殺すつもりまでは無かったシグルズの意思に反して身体が勝手に動いてしまったのです。うっかり依頼人を始末してしまったシグルズは少しばかり後悔しましたが、先ほど危機を報せてくれた小鳥達が先に手を出したのはレギンなので気に病む必要はないと励ましてくれました。その後シグルズは小鳥達に言われるがままにレギンが装着していた指輪をはぎ取って自身の指に嵌めました。レギンが真っ先に手に取った物だったので、きっと価値の高い物だろうと助言してくれたのです。シグルズは功名心が高く剣の腕を磨くことにも積極的でしたが、財宝にはまったくと言っていいほど興味が無かったため、指輪を装着しても呪いを受けることはありませんでした。さて、持ち主を失ったファーヴニルの財宝ですが、ファーヴニルが毎日その上で寝ていた事もあってノーム達はなんだか汚いから要らないと言ってきたので、ひとまずシグルズが引き取る事になりました。そして邪龍退治の証として財宝を持ち帰ったシグルズは龍殺しと呼ばれる様になったのでした。シグルズは人間の王国から奪われた物は元の国へと返却し、残りは彼が身を寄せていたニーベルング族に預けると、宝剣フロッティと黄金の指輪を携えて新たな冒険へと旅立ったのでした。シグルズのその後に関してはまた長くなるので割愛しますが、彼は旅の果てに愛する人と出会い、求婚に際しては例の指輪を彼女に贈ったのですが、まぁいろいろあって酷いことになったみたいですね。」

 クリムがシグルズのその後を雑にまとめると、シュリが感想を述べた。

「話を聞く限りだと指輪の呪いは本人に効かなくても近くにいるだけで被害を受けるんすね。割と碌でもない呪いっすねぇ。」

「そうですね。呪いと言うのがそもそも悪い効果を指して言うものですからね。」

 クリムがシュリの言葉に同意すると、続けてサテラが質問した。

「あれ?そういえばファーヴニルの転生の秘法はどうなったんでしょうか?シグルズの体を乗っ取ろうとしていたんですよね?」

 クリムはサテラの問いかけに大きく頷くとファーヴニルのその後を語り始めた。

「転生の秘法によってシグルズに乗り移ろうとしていたファーヴニルですが、魂だけになってシグルズの変異が終わるのを待っていたところ、指輪の精霊に囚われて指輪の中へと引きずり込まれてしまっていました。指輪の精霊はファーヴニルの企みを知っていましたが、シグルズに装着された時点で彼の英雄としての資質と、それに基づく魂の強さを感じ取っていたので、ファーヴニルの魂はシグルズの肉体を乗っ取るどころか逆に飲みこまれて消えてしまうだろうと分かったからです。指輪の精霊はそれまで誰に味方するわけでもなく傍観していましたが、肉体を失ったファーヴニルは既に破滅の呪いの影響を外れていましたし、短い期間とは言え指輪を大切に扱ってくれた彼に多少なりとも好感を持っていたので助け船を出したわけですね。これが黄金の指輪に邪龍ファーヴニルの魂が宿ることになった経緯です。」

 クリムが話を締めくくると、それを聞いたサテラは少し拍子抜けした様子で言葉を漏らした。

「なんというか、締まらない最後ですね。危機に陥ったファーヴニルに指輪の精霊が情けを掛けて助けたのが、指輪に邪龍の魂が宿った原因だったんですね。」

「まぁ永遠に指輪に囚われる事になったファーヴニルが、果たして助かったと言えるのか微妙なところですけどね。ともすればシグルズの魂に飲まれて消えてしまった方がよかったのかもしれません。この辺の価値観は人それぞれですから、当人にしかわからない事ですけどね。」

 クリムはそれっぽく話をまとめると、テーブルから立ち上がって全員に声を掛けた。

「はい。これでファーヴニルの物語は本当におしまいです。だいぶ遅くなってしまいましたから、明日に備えて寝ましょう。」

 クリムの言葉を聞いたサテラが掛け時計に目をやると、時刻は深夜0時半を少し周ったところであった。

「あっ。もうこんな時間でしたか。明日は何時ごろに起きたらいいんでしょうか?」

 サテラの問いにクリムが答える。

「闘技大会の受付が6時からですから、余裕を見て5時半に出発するとして、支度の時間を考えれば起きるのは5時ですかね。私達ドラゴンは特に着替えないので支度も必要ないのですが、残念ながら私達親子は誰も料理ができないので、朝食をここでとるつもりなら料理はサテラにお願いするしかないですね。どうしますか?」

 クリムの問いに今度はサテラが答えた。

「闘技大会の会場には屋台が出ていましたし、そちらで食べたらいいんじゃないでしょうか?」

「なるほど。そう言うことなら朝の支度はそれほど必要ないですね。それでは次はどうやって寝るか決めましょうか。シュリとアクアはこの屋敷内を一通り探検していましたから、ベッドの数なんかを見ていますよね?どんな感じでしたか?」

 クリムは魔導反響定位法マジカル☆エコーロケーションによって家屋の間取りや設備を把握していたが、せっかくなので2人の探検の成果を確認したのだった。

 これにシュリが答えた。

「ベッドは三つの部屋にそれぞれ大きい奴が1つずつだったっすかね。結構大きかったから、ベッド1つにつき2人くらいなら寝られると思うっすよ。」

 シュリの意見を交えた答えを聞いたクリムは、やはり脱皮前と比べてシュリの知能が少し高くなっている様に感じたが、その話を始めるとまた寝られなくなるのでひとまずスルーして部屋分けの話し合いを続けた。

「そうですか。シュリは風呂場で寝るのでよしとして、アクアは私と一緒に寝ましょうか。」

「うん。」

 クリムが問いかけるとアクアは一言で答えた。

 続けてクリムは他のメンバーにも意見を求めた。

「それでは残りはクリムゾンとスフィーとサテラ、それとセイランですね。ベッドは残り2つですから、2人ずつ別れて眠ればちょうどいいですが、どうしますか?」

 クリムの問いにまずはクリムゾンが答えた。

「ぼくは昨日と同じで浮かんで眠るからベッドは必要ないよ。こっちの方が落ち着くし。」

 クリムゾンはふわりと空中に浮かぶと、足を抱いて尻尾をくるんと巻き込む様に身体を丸めてふわふわと漂い始めた。

「それなら残りはスフィーとサテラとセイランですか。サテラとセイランは体格的に一緒に寝ると少し手狭になるでしょうし、どちらかがスフィーと一緒に寝るのがいいでしょうね。それとスフィーは夜中に喉が渇かない様に予め水を多めに摂っておくことと、手の届く範囲に飲み水を用意しておくのも忘れないでくださいね。」

「あっはい。」

 クリムの言葉を受けたスフィーは少しだけ暗い顔をして答えた。

 スフィーは今朝方寝ている間に水分が枯渇してしまい、近場の水分を求めて背中から蔓を伸ばして一緒に寝ていたクリムを絡め取ってしまった失敗を思い出していたのだ。

「それならスフィーさんと私で一緒に寝ましょうか。セイランさんはいつ帰ってくるか分かりませんし、すべてのベッドが埋まっていたら眠りにくいでしょうからね。」

 港町シリカで合流したサテラはスフィーの失敗を知らないので、なぜ彼女が急に落ち込んでしまったのか分からなかったが、セイランの都合を考えればそうするのがよいだろうと提案したのだった。

 スフィーはサテラの言葉を聞いて元気を取り戻すと、さっそく炊事場へと向かい眠るための準備に取り掛かった。

「それでは話がまとまったことですし、早く寝てしまいましょう。明日も早いですからね。」

 クリムが話をまとめると、各自が眠る場所へと移動を始めるのだった。

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