第200話 スペリアの目的
共に夕食を食べる約束を果たすためにマリーの家を再訪した魔王軍一行(プラスシャイタン)だったが、そこでマリーと共に彼らを出迎えたのは思わぬ人物だった。その人物とは魔王軍最高幹部の1人スペリアである。魔族達が住む最果ての島にて、魔王の留守を預かる役割を担っていたはずの彼がなぜこの場に居るのか、そもそもどうやって付いてきたのか、聞きたいことは色々とあったが、魔王はひとまずマリーの提案に従い、料理が冷めてしまう前に食事を始める事にしたのだった。
「いやはや、相変わらずマーバラージャ殿の料理は絶品でありますなぁ。」
食事を始めるとすぐに、スペリアは相変わらず軽薄な口調でマリーの料理を褒めたたえた。一応おさらいしておくとマーバラージャとはマリーの魔族としての名前である。
「あらあら、スペリアちゃんは相変わらずお上手ね。それはいいとして、みんなが戻ってくる前にも言ったけれど、
マリーはスペリアの軽口を慣れた様子で受け流しつつ、なかなか呼び名を改めてくれない彼に注意を促した。
「失敬。やはり呼び慣れた愛称を変えると言うのは難しいものですな。魔王様・・・ではなく、今はサヤちゃんでしたかな?」
「うん?まぁそうだね。」
魔王はサヤちゃんと呼ばれる事に未だ抵抗があったが、人間社会での調査と言う任務のために甘んじて受け入れていたので、一瞬戸惑ったが否定はしなかった。
「サヤちゃん達は既に慣れている様子ですが、みな器用ですな。」
スペリアは感心しつつ自身の口ひげに左手を伸ばしてその毛先を弄んだ。
余談であるが、スペリアは胡散臭く飄々とした態度とは裏腹に思ったことをそのまま口にしてしまう不器用な性格をしており、その言葉はほとんどすべてが本心から出たものである。しかしその事実を知る物は魔王および魔王軍最高幹部達、そしてスペリアの父母を除けば彼の幼少期をよく知るマリーくらいであるため、他の魔族達の間では決して本性を現さない陰の実力者と噂されていたりいなかったりするのだった。
スペリアを交えて旧交を深める昔馴染みの5人を傍目に、1人だけ世代が違うシャイタンは昔話には参加できなかったので一歩引いて食事を楽しんでいた。かと言ってあからさまにボッチ行動を取ると、和気藹々と話し合っている者達に反って気を遣わせてしまうので、適度な距離間を保って折を見て相槌を打っているのだった。
昔馴染みの面々が過去の想い出を一通り懐かしみ、食事の手も緩んできたところで魔王はスペリアに問いかけた。
「ところでスペリアはどうしてここに居るんだ?大体の察しはついてるけどさ。」
「うーむ。答えに悩むところではありますが、サヤちゃんの思った通りとだけ言っておきましょうかな。」
スペリアは魔王にだけ分かる様にさり気なくフェミナに視線を送りつつ答えた。スペリアがなぜ妙な言い回しをしたのかと言うと、彼自身嘘がつけない性格であると分かっていたので、話したくない情報については下手に嘘をつかずに、正々堂々とはぐらかしたためである。
「そうか。それならいい。」
魔王はスペリアの中途半端な答えに納得した様子で頷いた。
特に隠しておく理由もないので、2人が以心伝心で勝手に納得していた内容をここで明かしておこう。今回のスペリアの独断行動に限らないが、基本的に彼の行動はすべて双子の妹フェミナのために起こしている物であり、過去に魔王は当人からそのことを聞いて知っていたのだ。なおフェミナ自身は兄のお節介に気づいていない。
スペリアは特別な力を持って産まれた妹が不幸に見舞われない様に、そしてできる限り幸福になれる様にと常に手を尽くしており、喩えそれが妹の意思に反するものでも構わないと言う、狂信的な
一人頷く魔王をしり目に今度はチャットが質問した。
「ところでスペリアはどうやって付いてきたんだにゃー?まさか空を飛んできたのかにゃ?」
空を飛んで海を越えれば人間の警戒網に引っかかる可能性が高いため、魔王達はわざわざ足の遅い海路を用いて慣れない船を走らせて海を渡ったわけであるが、スペリアがそれを無為にしたのではないかとチャットは危惧したのである。
「フッフッフ。なかなか私も信用がありませんな。我が事ながら思い当たる節があり過ぎるので、それもやむ無しではありますが、流石の私もそこまで浅慮な真似は致しませんとも。」
スペリアは意味もなく不敵な笑みを浮かべると、ワイングラスをくるくると回しながら答えた。
「それならどうやって海を越えたんだにゃ?すぐ使える船は他に無かったと思うけどにゃー。」
「そこはほら、空路が使えず船もないとなれば、泳ぐしかありますまい。」
スペリアはそう言うと、それほど太くない腕にぐっと力こぶを作って見せた。
「そう言うことなら問題ないにゃー。」
チャットは冗談の様なスペリアの言葉を特に疑うでもなく素直に信じた。
嵐の海を泳いで渡るなど、人間であれば自殺行為、と言うかもはやただの自殺であるが、魔族の中でも最高峰の力を持つスペリアにとっては造作もないことであるし、チャットが最果ての島から諜報に出る際にも大体は泳いで渡っていたので、彼女にとっては疑うべくもない話だったのだ。
チャットの質問が終わると続けてシャイタンが質問した。
「スペリアさんは人間に変身していない様ですけど、どうやって関所を抜けたんですか?IDカードも付けていないみたいですし、もしかして関所を無視してきたんですか?」
食事もそこそこにワインを嗜んでいたスペリアだったが、シャイタンの質問を受けるとふわりと跳躍して立ち上がった。例によって跳躍したことに特に意味は無い。そしてもちろん意味は無いが、無駄にマントをはためかせたうえで、さらにポーズを決めて叫んだ。
「
スペリアの体は掛け声と同時にポンと音を立てて煙に変わり、間もなくして煙が晴れるとそこには小型の蝙蝠が現れたのだった。蝙蝠となったスペリアはそのままの姿で話を続けた。
「人間の国に結界が張られていることは一目見て分かりましたからな。結界を解析して小動物であれば素通りできることを確認した後、これこの様に変身して突破した次第。お判りいただけたかなシャイタン?・・・ではなく今はシイタだったか。やはり慣れんな。」
相変わらず偽名で呼ぶことに戸惑っていたスペリアは、愚痴をこぼしつつ再びポンと音を立てて煙に変化し、元の魔族の姿に戻ったのだった。
「なるほど、そう言うことでしたか。言ったらアレですけど割と有能なんですねスペリアさん。」
一見ふざけている様にも見えるスペリアだが、その行動は案外慎重で手堅いものだったので、シャイタンは少し偏見を改めたのだった。
「ああ、よく言われるよ。どうにも私の言動は軽薄に受け取られるようだからね。私程真摯な紳士も居ないと思うのだが、得てして真に価値あるものとは余人には理解され難い物だからね。」
スペリアの性格難は自覚しているのに治す気が無い、と言うよりは当人でさえ治すのを諦めた、いかんともしがたい生来の物なのだった。
「そう言うところが軽薄に見られる原因だと思いますよ?まぁ勘違いされがちな性格と言う点においては、私も人をとやかく言えないですが。」
シャイタンが真顔で言うと、魔王並びに最高幹部達は揃って首を傾げた。なぜならシャイタン程性格と言動が一致している者も他に居ないと、出会って間もない魔王でさえもそう感じていたからである。
「何か言いたいことでもあるんですか?」
皆の反応に釈然としないシャイタンが問いかけたが、いかにもめんどくさい話になりそうだったので、魔王達はただただ苦笑いを返すのだった。
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