第189話 夜食会

 入浴を終えて着替えた一行は、客間に集まって夜食の準備をしていた。クリムが事前に予想していた通り、脱皮によって体力を消耗したシュリがお腹を空かせていたためである。なお準備と言っても、料理は居酒屋でセイランがお土産を買ってくれていたため、持ち帰り用の包装を解くだけで特に調理は必要ない。当のシュリは水中で眠りたいという要望から、風呂場のお湯を抜いて水を張る作業をしている最中であるため、クリムとサテラ、そしてスフィーの3人でそれぞれテーブルを拭いたり食器を用意したりと、分担して夜食の準備を進めていた。


 クリムが料理をテーブルに並べていると、手持無沙汰な様子でふらふらしているクリムゾンに気が付いたので声を掛けた。

「クリムゾン。手透きな様なら紅茶を淹れてくれますか?」

「わかった。」

 クリムゾンはクリムからの依頼を受けると即座にこれに応じて、張り切って炊事場へと歩いて行った。彼女は何か手伝いたいと思っていたのだが、何をしたらよいか分からずに指示を待っていたのだ。

 ちなみに入浴中は濡れた髪をかき上げて、顔をさらけ出していたクリムゾンだったが、髪が乾くと再びボサボサの前髪によって両目が隠れ、どことなく陰気な見た目に戻っていた。クリムは母の素顔が思いのほか愛らしいものであると知り、現在の顔が隠れた怪しい見た目よりは、髪を整えて顔を出した方が人間達への印象もよいだろうと考え、折を見て彼女のイメージチェンジを図ろうとひそかに画策していた。しかしクリムゾンは見るからにオシャレに興味が無さそうだったので、現時点で相談しても意味がないだろうと判断し、クリムゾンオシャレ化計画はひとまずその薄い胸の内にしまっておくのだった。


―――夜食準備開始から数分後・・・

 準備が完了する頃に、ちょうどよく風呂場での水張り作業を終えたシュリが客間へとやってきた。紅茶を淹れに行ったクリムゾンを除いたメンバーは既に着席しており、シュリとクリムゾンの2人を待っている状態だった。

「お待たせしたっす。おー、なんかいい匂いっすね。」

 シュリはやってくるなり料理の匂いに誘われて、テーブルの方へとふらふらと歩み寄った。

「居酒屋でもらってきたお土産の料理ですよ。今しがた準備できたところですから、全員揃ってからいただきましょう。ほら、あなたも席についてください。」

 クリムはテーブル脇でクンクンと匂いを嗅いでいるシュリに着席を促した。

「了解っす。」

 シュリはこれに素直に従い席に着いた。


 シュリが合流したところで、クリム達は改めてテーブル上に並べられた料理を見渡していた。それらは居酒屋で出された海鮮メインのものとは風合いが異なり、中までよく火の通った切り分け済みの分厚いステーキをはじめ、鳥肉と思しき香草焼き等、肉料理が中心であった。またレタスとミニトマト、海藻が添えられた少量のポテトサラダが付け合わせに入っており、栄養バランスにも若干の配慮が見られた。料理は厚手の紙でできた重箱状の容器に詰められていたので、積み重なった箱を並べるだけですぐに食べられるお弁当のような形式だった。そして重箱とは別に各々の椅子の前に広げられた竹皮(タケノコの皮)の上には、こんがりとキツネ色に仕上がった焼きおにぎりが2個ずつ配置されていた。間食と呼ぶのは憚られるなかなかの量である。

 クリム達が夕食をとった店は海鮮居酒屋の看板を掲げていたため、海鮮とは程遠い土産料理のラインナップにクリムは少し違和感を覚えていたが、実はそれらの肉はアザラシやトドと言った海獣類と海鳥の肉が用いられており、多少無理があるが一応海産物と言うことで海鮮の名に偽りはないのだった。


 クリム達が料理を眺めていると、ティーセットを一式用意したクリムゾンが炊事場から戻ってきた。ティーポットからは湯気が上がっており、既に煮だし中であることが見て取れた。

「紅茶できたよ。」

 クリムゾンは一言告げると、ポットからティーカップへと紅茶を注ぎ、それぞれの席に配った。そしてクリムとアクアの間の空いていた席に座った。

「よし、全員揃いましたしいただきましょう。」

 クリムが声を掛けた。

「待ってたっす。いただきまーす。」

 空腹を感じていたシュリは、クリムの合図を聞くやいなや、間髪入れずにおにぎりにかぶりつき、あっという間に自身の取り分である2個のおにぎりを平らげてしまった。

 その様子を見ていたサテラはお腹をさすりながらシュリにおにぎりを差し出して言った。

「私はお腹いっぱいなので、シュリさんよければ食べてください。余らせてももったいないですからね。」

 人間であるサテラは人間基準で常識的な胃袋を持っており、食べる量もそれなりなのだ。

「そう言うことならありがたくいただくっす。」

 シュリは紅茶を一口啜って口直ししたのち、他の料理にも手を伸ばして食事を再開した。

 クリムゾンとその眷属である3人のドラゴン達は、先述の通り食事がそもそも不要なのだが、食べようと思えば無制限に食べる事が可能であるため、間を取って料理の味を楽しむ程度につまんでいた。

 最後にスフィーはと言うと、生命樹スフィロートの分身体である彼女は見た目こそ人間の様ではあるがが、食物を取り込み魔力へと変換する生体機能はドラゴンのそれに近いため、やはり食べようと思えばいくらでも食べられるのだった。また産まれてから日が浅い彼女は体内の魔力量がまだまだ少ないため、積極的な栄養補給を心がけていたので、シュリに負けず劣らずの大食いぶりを発揮していた。


 こうして各人がマイペースに楽しみながら、夜食会は和やかな雰囲気の中で始まったのだった。

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