第183話 クリムゾンの素顔とクリムの忠告

 シュリの新たな能力についての分析が終わり、クリム達が改めてお湯に浸かったところで、じっくりと体を洗っていたクリムゾンがようやく合流した。

 平時はボサボサの長い髪を目深に被っているため、ほとんど顔全体が隠されているクリムゾンだが、この時の彼女は、なんとその秘められた素顔が露になっていたのだった。

「おや?顔を出していますけど、どうしたんですかクリムゾン?」

「うん?ああ、口に入って邪魔だったからね。」

 髪が濡れて癖毛が矯正されて垂れ下がったことで口にまで掛かってしまい、流石に邪魔だと感じたクリムゾンは、前髪をかき上げ後ろにまとめていたのだ。なおクリムゾンが普段顔を隠しているのは特に故あっての事ではなく、単純に身だしなみに無頓着で、髪を整えるという発想が無いためである。

「そうでしたか。考えてみれば、あなたの顔をしっかり見るのはこれが初めてですね。ずっと隠れていたので気づきませんでしたけど、あなたアクアよりも幼い顔立ちをしていますね。」

 クリムが母の顔をまじまじと観察すると、たれ目気味の大きな目に、丸みを帯びたフェイスラインをしており、身体的特徴から想像していた以上にその顔立ちは幼かったのだ。

「そうなの?よくわかんないけど、ドラゴンに幼いも何もないでしょ?」

 クリムゾンは首を傾げて言った。ドラゴンは自身の遺伝子を操作する能力を持っており、遺伝子の劣化が原因で起きる老化現象を防ぐことが可能な不老の生物である。それゆえ、クリムゾンが言う通りドラゴンには老いも若いもない。ただし、龍人ドラゴニュート形態の外見には概ね精神年齢が反映されるので、幼い外見はすなわち精神が未熟であることを表しているのだった。

「それはそうですけど、人間基準で見るとあなたの顔は幼いんですよ。」

「ふーん?そうなんだ。」

 クリムの言葉はクリムゾンにはいまいちピンと来ていない様子であったが、それは他者に対する彼女の評価基準が、彼女と戦ってくれるやる気が有るか無いかの一点に尽き、戦闘能力の高さは然程重視していないことに由来している。そもそも人間の強さの振れ幅は、彼女から見れば誤差の範囲でしかなく、そこら辺にいる普通の子供でも、数多の戦場を潜り抜けた選りすぐりの勇士でも、吹けば飛ぶ存在であることに変わりないのだ。またクリムゾンは卵から孵った直後に母の魔力を与えられ、急速成長させられた生い立ちのせいで、自我が芽生えた時にはすでに強大な力を持っていたので、年齢と経験を重ねて生物は心身を鍛えていくものだと言う、普通のドラゴンであれば実体験を通して当然知っているはずの常識を持ち合わせていないのだ。

 一方生い立ちだけを見たらクリムゾンと同じ成長過程を辿ったクリムだが、ご存じの通り彼女には聖女エコールの記憶があるため、クリムゾンの様に常識が欠如していると言ったことは無い。クリムは母の反応から、思った以上に自他の外見に対して無関心であると知り、それによって発生する他者との認識の齟齬は、クリムゾンが意思の疎通が困難な怪物である事実を印象付けてしまい、忌避される要因となるだろうと危惧したのだった。

「無理に興味を持てとまでは言いませんが、サテラも言っていた様に、人間は外見から得られる情報で8割がた相手を判断すると言われていますから、あなたも見た目には気を遣った方がいいですよ。それと他者は自身を映す鏡と言うコトワザがある様に、人に理解して貰いたかったら、自分自身も相手を理解する努力が必要な物です。人間に嫌われたくないなら、歩み寄る努力をして、相手が嫌がることはしない様に心がける事が重要ですね。」

「うーん、なんだか難しいね。」

 クリムの忠告を真面目に聞いていたクリムゾンだが、いっぺんに色々言われたので理解が追い付いていなかった。

「最初から完璧にこなせるとは思っていませんし、気負う必要はないですよ。失敗しても構わないくらいの気持ちで、気軽に挑戦していきましょう。何事においても言える事で、人付き合いに関しても同様ですが、まずは一歩踏み出す勇気を持つことがスタートラインなのです。先ほどの忠告は失敗しないための心構え的な物なので、別にちゃんと覚えなくてもいいですが、なんとなく心に留めておいてください。」

 クリムの忠告に対して少し身構えたクリムゾンに、クリムは語気を和らげて幼児に諭すように言い聞かせた。

「わかった。覚えておくよ。」

 クリムゾンは会話による意思疎通の経験が浅いがゆえに理解力こそ乏しいが、その気になりさえすれば記憶力は人並み以上であったため、クリムの言葉とは裏腹に、しっかりと忠告を心に刻んだのだった。

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