第182話 シュリの空気を読む能力について
シュリの龍化に関する話がひと段落したところで、クリムは1人で体を洗っていたクリムゾンの方に目を向けた。同時に身体を洗い始めたサテラとスフィーは早々に洗い終わって既にクリム達に合流していたが、クリムゾンはぼさぼさの長い髪を洗うのに手間取っており、まだもう少し時間がかかりそうな様子であった。次いでクリムが湯舟のお湯の溜まり具合に視線を移すと、既に8割がた溜まっており、入浴に適した湯量となっていたのだった。
「クリムゾンはもう少し時間がかかりそうですし、先に湯に浸かって待っていましょうか。裸で濡れたままでいると冷えてしまいますからね。」
「旦那は髪も翼も尻尾も角も、とにかく何でも長いっすから洗うのが大変そうっすね。でもまぁ、そういう事なら一番風呂はいただくっすよ。」
クリムの言葉を聞いたシュリはクリムゾンを一瞥すると、先陣を切って湯舟へと滑り込んだのだった。そしてシュリに続いて他の者も続々と湯舟に入っていった。
「おや?あなた直接視認せずとも見えているはずですよね?」
クリムがシュリに聞いた。シュリはつい先ほどの脱皮によって、空気の流れを感じて視界外の様子を観測する能力を獲得したので、彼女がクリムゾンの様子を確認するためにわざわざ視線を向けた事に対して、クリムは訝しみ問いただしたのだ。
「そうっすね。目で見なくても大体の形状は分かるっすけど、どうもシャワーの影響なのか洗い場の方はぼんやりしてるんすよね。それに触覚を使って見た場合だと形は分かっても色までは分からないっすから、真っ暗でもない限りは目で見た方が早いし正確っすよ。」
シュリは端的に現況を述べた。
「そういう事でしたか。洗い場付近が上手く観測できないのは、あなたの推測通りシャワーの影響でしょう。温水で暖められた空気は膨張しますし、複雑な水流が空気の流れを遮りますからね。そう考えると風が強かったり雨の日だったりすると精度が落ちそうですね。あなたは空気の流れを読んで周囲を観測していますからね。新しく獲得した能力だからまだ使い慣れていないせいもあるでしょうけど、視覚の補助程度と考えて、あまり過信しない方がいいでしょう。」
クリムはシュリの新しい能力を分析し、まずは遠からず問題となりそうな弱点を指摘したのだ。そして彼女は続けて細かい分析結果を述べるのだった。
「それと、空気の動きは光と比べて遥かに遅いですから、観測対象の現在の状態と、あなたが観測した状態には、目で見て確認する場合と違って、結構な時間差がある事も憂慮すべきです。一瞬の状況判断が生死を分ける戦闘状態では、ちょっと使い物にならないでしょうね。似た様な話では、最上位のロード・ドラゴン同士が本気で戦う場合、光速ですら戦闘速度に比べて遅すぎるので、視覚情報も役に立たない状況が出てくるのですが、あなたがその領域に到達するのは今日明日の話ではないですから、あまり気にしなくていいでしょう。」
クリムは一通りシュリの新能力の弱点を述べたので、続いて優位性を述べ始めた。
「余談はさておき、あなたのその能力は、視認する必要がある視覚とは違って、物陰に隠れたまま周囲を観測できる点は優れていますね。それと魔力波を飛ばす関係で相手にも認知されてしまう魔力感知とは違って、相手に認知されずに一方的に動きを監視できるという優位性もありますね。それらを鑑みると、情報伝達速度がそれほど重要ではなく、隠密性が重視される諜報活動に向いた能力と言えますね。元々深海では食物連鎖の最下層に位置していたあなたが、戦いを避けて逃げたり隠れたりするために使っていた能力ですから、戦闘用に向かないのは当然と言えば当然ですね。」
最後にクリムはシュリ本人もいまいち把握していない能力の使い道を示して、話を締めくくったのだった。
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