第184話 お風呂の時間

 クリムゾンが合流しようやく全員揃って湯舟に浸かった一行は、各人が思い思いに入浴を楽しんでいた。先述の通り浴槽は個人宅にしてはかなり大きなものだったので、6人が同時に入ってなおその広さには十分なゆとりがあった。


 クリムとシュリの勉強会じみた会話を再開する前に、少しばかり入浴者達の動向を確認しておこう。

 まずはスフィーだが、彼女は人間であるサテラとの友好関係を、より強固な物にしたいと考えていたので、サテラの周りに付きまとい、事あるごとにその行動を真似しているのだった。そして当のサテラはと言うと、そんなストーカー染みた行動を取るスフィーに対して、特に嫌がるそぶりも見せず普通に接していた。それはスフィーが幼い容姿をしているのに加えて同性であることから、サテラが彼女に警戒心を抱かなかったことが一つの要因であった。しかしそうでなくとも、サテラは旅に出てから1年余りの世間知らずのお姫様なので、スフィーの異常行動をあまり異常だと認識していないことが主因だった。産まれついてドラゴンの力を持っている上に、末席とは言え王族に名を連ねる彼女には、ドラゴン達や同じ王族である家族を除けば、友達と呼べるほど親しい知人がおらず、クリムゾンやアクアに比べれば多少マシとは言え、彼女もまた人付き合いの経験が浅いのである。そんなわけで、サテラとスフィーは互いに距離感がおかしく、スフィーはサテラにまとわりつくように過度なスキンシップを伴って入浴しているのだった。

 クリムゾンはクリムとシュリの会話に合流したためひとまず置いておくとして、次はクリムの妹アクアの動向についてである。彼女は入浴自体には何の興味もなく、姉であるクリムに言われるがままに、ただ流される様に行動していただけなのだが、ひとたびお湯に浸かると妙に落ち着いてしまい、彼女自身想定外の事ではあったが、まったりと入浴を楽しんでいた。ただ、ドラゴンであるアクアにとって、人間向けに調整された湯温では、その身体になんら影響を及ぼすことは無いため、温浴効果によってリラックスしているわけではなかった。それは、アクアが持つ海皇龍アクアマリンの記憶と、同じくアクアマリンを模して産み出されたアクアの肉体とが影響していたのだ。クリムゾンの姉であるアクアマリンは、海皇龍の二つ名が表す通り、海の中で、正確には水中戦でこそ真価を発揮するドラゴンであり、まぁ要するに水に浸かっていると落ち着くのだ。それゆえアクアは入浴によって、彼女のホームグラウンドである海中を想起して、実家に帰った様な安心感を得てしまったのである。なおアクアマリンが海中での戦闘を得意とすることは間違いないが、別に海から出たら弱いのかと言えば決してそんなこともなく、いささかもその戦闘能力が落ちることは無い。概して得意な気がする程度の気分的な問題であることを追記しておく。

 ところで、クリムはひとまず普通に入浴を楽しもうと考えていたのだが、妹アクアと同様にドラゴンの肉体を持つ彼女の体は温浴効果が得られておらず、また数年程度なら睡眠すら不要な、疲れ知らずの心身を持つがゆえに、疲労回復による気持ちよさや、強張った筋肉の緊張をほぐす解放感も得られていなかった。人間であるエコールの入浴体験を知っている彼女は、想定していた気持ちよさが得られず、ほとんど何も感じないと言う実状に肩透かしを食らい、少々がっかりしたのだった。

 クリムゾンとアクアに人間の習慣とその意義を学ばせようと考えていたクリムの思惑は、ドラゴンと人間の身体強度の差と言う思わぬ落とし穴によって失敗に終わったのである。


 一通り現況を確認したので、次回はクリムとシュリにクリムゾンを加えた3人の会話に戻るとしよう。

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