第168話 料理とお酒とシュリの変態能力

 セイランが居酒屋に入ってから数分後、店先で大人しく待っていたクリム達の元へとセイランは特に何ごともなく戻ってきた。

「待たせたね。話は通してきたから付いてきて。」

「待ってたっすよー。ほら姉御たちも早く行くっすよー。」

 セイランの呼びかけにいち早く反応したシュリはさっさと店内へと入り、出遅れたクリム達をせかした。

「はいはい。それじゃ皆行きましょうか。」

 のんびり談笑していた他の面々も、クリムが声をかけると先んじたシュリに続いて賑やかな店内へと入っていくのだった。


「いらっしゃいませー。セイランさんのお連れの方ですね。二階に上がりまして手前側の、つきあたりの部屋を準備してありますので、こちらからどうぞ。」

 クリム達が店内に入ると動きやすいラフな服装に、三角巾で髪をまとめた快活そうな若い女性が出迎えた。そして入口脇にある階段を上るように誘導したのだった。

「ありがとう。注文が決まったらまたよろしくね。」

 セイランは女性に声をかけるとさっさと階段を上っていった。

「お邪魔するっすー。」

「はい、ごゆっくりどうぞ。」

 一礼しつつ見送る女性に軽く会釈を返しながらシュリが、さらにその後からクリム以下他のメンバーが階段を上っていった。


 階段を上った一行は店員に言われた通りつき当りの部屋へと向かった。用意された部屋の中心には炭火の様な炎熱を発する魔動機グリルが設置されており、その周囲を囲う様にテーブルと椅子が配置されていた。部屋に入った一行は、特に話し合うこともなく各々が思い思いに好きな席についた。

 ちなみに魔動機グリルは直火を用いた串焼きのほか、鉄板を乗せれば鉄板焼きが、鉄網に取り換えればホイル焼きや貝の焼き物等の調理が可能な、多様な調理法に対応したマルチプルな調理器具だ。

「さてと、何か食べたいものはあるかい?特にないなら私が適当に頼んでしまうけど。」

 セイランは食事会の参列者全員の顔を見渡しつつ聞いた。

「私はなんでも食べられるのでお任せします。現代の料理はいまいち知らないですし。」

 セイランの問いにまずはクリムが答えた。

「俺もなんでも食べられるっすけど、今は魚が食べたい気分っすね。」

 続いてシュリも答えた。彼女は元々深海海老であるため食べるものと言えば海洋生物が馴染み深いのだが、有機物であればなんでも食べる分解者、いわゆる海の掃除屋であることは以前述べた通りである。その雑食性はすさまじく、海藻や微生物をはじめとして、他の生物の腐肉でも排泄物でも、果ては同族の死骸でも平気で食べる究極的な健啖家なのだ。

「よし、魚だね。他に要望は無いかい?」

 セイランはテーブル上に配置されていた注文用の魔動機端末を操作して、旬の魚料理をいくつか選びながらさらに聞いた。しかしシュリ以外の者達からは要望が出なかった。

「特に要望が無いようだから、残りは私の方で適当に選んでしまうね。うちのグループ店舗だから身内贔屓みたいになっちゃうけど、ここで出してる料理はなんでも美味しいから期待してくれていいよ。」

 セイランはさらに端末を操作し、やはり旬の食材を使った料理を中心にして、十分な量の品目を注文したのだった。

「あとは飲みものはどうしようか?シュリはアルコールが苦手って話だったと思うけど、ここは居酒屋だからね。料理に合う美味しい酒が揃っているのにもったいないね。」

 料理の注文を終えたセイランが再び問いかけると、これにシュリが応えた。

「お酒が嫌いなわけじゃないんすけど、すぐ酔っちゃうんすよねー。そういえば姉御、俺の変身能力で弱点が克服できるみたいな話だったっすよね?具体的にはどうすればいいんすかね?」

 シュリは人間形態になった影響かアルコールに弱い特性を獲得していた。元々の彼女の種族は腐肉でも平気で食べる鋼の消化器官を有しており、またそもそもアルコールを吸収する器官が無かったため、そのまま排泄していたのだが、人型に変化した際に内蔵の構成も変わってしまい、一部吸収機能が高度化して逆に弱点が産まれたのだ。なおシュリには海老型から人型に変化する程の、自由度の高い脱皮を介した変態能力があり、彼女の意思でその姿や能力を自在に操作可能であると、クリムからは分析されていた。それゆえクリムは、シュリが持つアルコールに弱い特性や、現状人間並みでしかない寒暖差への適応力等を次の脱皮で意識的に改善し、より強い生物へと変態させようと企てていたのだが、いろいろと立て込んでいたために後まわしになっていたのだった。

「あなたの変身能力は一度見せてもらいましたが、相当なエネルギーを消費していましたから腹ペコの状態で使うのはやめた方がいいでしょうね。アルコールに関しては魔法で一時的に消化器官を強化して、水分をたくさん取っておけば問題ないはずなので、今回はそれで対処しましょう。」

 クリムは今すぐに変態を試みようとするシュリを諫め、対症療法的な方法で今回は様子を見ることに決めたのだった。彼女が言うところのエネルギー消費が多いという話は、シュリが巨大な海老の姿から人型に変態する際に、その巨体の外殻を残してほとんどすべての体液を消費していたことから得た推察であり、実際のところ正確な仕組みはクリムにも、またシュリ本人にもわかっていなかった。シュリは人型に変態する直前に1度翼を生やすため、また欠損した腕を再生するために変態を行っており、その際にはさほどエネルギーを消費していない様子でもあったことから、大きく形態が変化しない場合はそれに伴うエネルギー消費も少ないのではないかと思われたが、どうせ変態するなら万全な状態の方がよいだろうと、クリムは直感的に判断したのだった。

「了解っす。確かに変身した後は、すごくお腹がすいたような気が、しないでもない様な?」

 シュリは昨日変態した際には半日ほどの絶食状態であったため、空腹になったのが変態の影響か、単純にお腹がすいただけなのかいまいち判別できなかったので、曖昧な返事をした。

「まぁその辺は今後変身を重ねればわかるでしょう。と言うわけなので、飲み物はお酒と共にアルコールの入ってない物も多めにお願いしますね。」

 話がまとまったところでクリムはセイランに告げた。

「はいよ。そう言う事ならアルコールの分解能力が上がると言われている根菜類も追加しておこうか。・・・これでよし。あとは待っていればさっきの店員の子が料理を届けてくれる手筈になっているから、料理が来るまで話でもして待っていよう。ああそれと、朝食の食べっぷりから適量を注文したつもりだけど、足りなかったら言ってね。」

 セイランは一通り注文し終えると端末を置き、先ほどまでの穏やかな雰囲気からは幾分真剣な顔になってさらに続けた。

「ここからは少し真面目な話になるけど、誘拐事件の調査進捗についてと今後の対応、あなた達に協力してもらう内容について話そうか。」

 セイランが店先でも少し話していたが、亜人少女誘拐事件は現状どこに犯人が潜んでいるかわからない状況であるため、第三者に話を聞かれない様に個室を頼んだのである。アラヌイ商会の息のかかった店舗であるマリスケリアには、さすがに犯人の手は伸びていないとセイランは考えていたが、念のために信頼の置ける店員にだけ話を通して、他の者が個室には近づかないよう人払いした上で話を始めたのだった。

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