第169話 誘拐事件の調査進捗

 居酒屋マリスケリアの個室にて、料理を注文し終えた一行は空き時間を使って、ヤパ共和国内で起きている亜人少女の連続誘拐事件について、1人別行動して調査していたセイランから経過報告を受けていた。


「一応おさらいしておくと、この国ではここ数日の間に亜人族の幼い少女ばかりが失踪する事件が起きていて、政府主導で捜査本部を立ち上げて捜索していたんだ。国中をしらみつぶしに探したのに特に手掛かりが見つからないでいたところに、失踪した少女達の写真が捜査本部にいつの間にか置かれていたことから、少女達が何者かに誘拐され監禁されていることが分かったと、事実関係だけを並べるとそんな感じだ。現在のところ犯人からの要求は特にないけど、捜査本部には政府関係者しか出入りできない様になっているから、事件の共謀者が政府内に存在することが推測されていて、送られてきた写真の様子から少女達に今のところは危害が加わっていないであろうことがわかっていて、そして犯人が捜索を妨害するために警告の意味で写真を送ってきたであろうことがわかっているね。結果として政府の捜査機能が麻痺してしまったから、部外者である青龍会に、つまりは私に対して大統領から秘密裏に調査依頼が来たわけだね。ここまではいいかな?」

 セイランは事件のあらましを説明した。

「はい、大丈夫です。」

 クリムが応えるとセイランは頷き、さらに話を続けた。

「よろしい。次に今日の調査の経過報告をするね。私はひとまず失踪者の家族に話を聞いて、その後少女達が失踪した現地に赴いて何か手掛かりが無いか調べてきたんだ。結論から言うと、ひとまず被害者の心配はしなくてよさそうだね。犯人の正体や目的が不明な現状ではあまり楽観的な判断はできないけどね。」

「どういうことですか?」

 クリムが聞き返した。

「失踪者の家族の話を聞いて分かったことなんだけど、誘拐された少女達・・・だと思っていた中の1人に大精霊のノームが居たんだ。正確には女性形だからノーミードだね。それはさておき、大精霊の同行者である精霊化していないノーム達は、調査に協力して最初から攫われたのが大精霊だと話していたみたいなんだけど、人間にはノームの言葉がほとんどわからないから通じないのは仕方ないね。大精霊は人語を話せるらしいんだけど、肝心の本人が攫われちゃったからね。」

「なるほど。大精霊が一緒にいるなら何かあれば彼女がどうにかしてくれると、そういうことですか。」

「人任せにするのはちょっと不安だけど、そういうことだね。それとエルフはもとよりセイレーンやハルピュイアと言った希少種族は、個体の能力が高い上に早熟な種族ばかりだから、彼女達が本気で怒ったらむしろ誘拐犯が危険かもね。その辺のことを知ってか知らずか犯人は彼女達を丁重に扱っている様子だし、何かしらの要求をしてくる前に事を起こすとは考えにくいね。そんなわけで、私達が調査協力していることを犯人に悟られるのは得策じゃないから、情報集めは引き続き私1人で秘密裏にやらせてもらうよ。だからあなた達は明日の闘技大祭に専念してくれていいよ。何か動きが有ればまた情報共有するし、必要に応じて協力をお願いするから、それまでは勝手に手を出さない様に頼むよ。」

 セイランはサテラに視線を向けて釘を刺した。サテラには先だってなんの当てもないまま勇み足で誘拐された少女達の救出に向かおうとした前科があるためだ。


◆◆◆用語解説◆◆◆

1.土の大精霊ノーム

 精霊には猫精ケット・シー犬精クー・シーと言った生物由来、あるいは山や川と言った無生物由来の実在精霊スピリットと、吹雪や嵐の様な実体のない現象から産まれた自然精霊エレメンタルが居ることは以前に述べた。

 多様な精霊が居る中で、特に火水風土の四属性魔法を司る四種の精霊は四大精霊と呼ばれており、ノームは土魔法を司る大精霊である。

 大精霊のノーム(精霊の名称)は亜人種の一種である小人族のノーム(種族名)の中で、特に強い魔力を持った者が精霊化した実在精霊スピリットである。精霊としての名前も種族名もどちらも同じノームでわかりにくいが、両者に外見上の違いはないので人間からはしばしば混同されている。女性の場合はノーミードと呼ばれる。小さな見かけによらず力仕事が得意で、特に穴掘りが得意で棲み処の洞窟には鉱物資源を貯め込んでいる。また手先が器用で暇を見つけては宝石細工をしている。


2.他の四大精霊

 ノームのついでなので他3種の大精霊についても解説しておく。

・火の大精霊は炎が精霊化した自然精霊エレメンタルのサラマンダーで、炎を纏ったトカゲの姿をしている。サラマンダーは元々非生物であるため雌雄はないが生物学的な特徴は雌であり、また知能が高い個体が人間や亜人と対面する際には人型に変身する場合があるが、その時は必ず女性の姿であるという。主に火山地帯を棲み処としており、猛毒の火山性ガスが溜まった危険地帯や、マグマの沸き立つ火口に好んで留まっていることが多い。他の四大精霊達と比べて人間味が薄く、怒らせると野生動物の様に襲ってくる。


・水の大精霊は水流や波と言った主に流れがある水が精霊化した自然精霊エレメンタルのウンディーネで、その外見はほとんど人間と変わらないものの、身体の周りには常に羽衣の様に水流を纏っており、若く美しい女性の姿をしている。サラマンダー同様に非生物が精霊化した存在であるため本来性別は無いのだが、なぜか必ず女性の姿をしている。ウンディーネは気に入った人間に対して恋愛感情を抱くことがあるが、ほとんどの場合は悲恋に終わると言われている。海や川、湖などの水辺に佇んでいることが多く、人間や亜人種に対しては概ね好意的だが、怒らせると水中に引きずり込まれて殺されてしまう。


・風の大精霊は風が精霊化した自然精霊エレメンタルのシルフで、その外見は小柄で愛らしい少年あるいは少女の姿をしており、翼は無いが風を操って自由に空を飛び回ることができる。例によってシルフにも本来性別は無いのだが、少年の姿の場合はそのままシルフと呼ばれ、少女の場合はシルフィードと呼ばれる。風の様に気ままな性格で一つ所にとどまることが無く、特定の棲み処を持たないが、明るく開けた草原等、風の通りがよく明るい雰囲気の場所を好み、小鳥と戯れていることが多い。幼い見た目の通り気まぐれでいたずら好きな面があり、遊びに付き合ってくれる人を好むが、怒らせると洗濯物を吹き飛ばしたり、食事に砂煙を掛けたりと、いたずらが悪質化する。


・四大精霊の中でもノームだけは亜人種から精霊化した実在精霊スピリットであり、他の大精霊とは成り立ちが違うのだが、以前述べた通り精霊化してから長い年月を経ると実在精霊スピリット自然精霊エレメンタルの両者の差異はなくなっていくため、そこまで大きな違いはない。


3.四大精霊と関係の深い種族

 主に生物の棲みつけない火山地帯に生息しているサラマンダーを除き、四大精霊には、生息域が重なっていたり性格が近いといった理由から仲のいい種族が存在している。


・ウンディーネはセイレーン(人魚)やセルキー(アザラシの獣人)と言った水棲亜人種、あるいはサハギンの様な半魚人と呼ばれる者達の他、川の精霊馬ケルピーの様な水に関わる精霊とも関わりが深い。また普通の水棲生物とも仲が良く、水辺の生物とは大体仲良しだ。


・シルフはハルピュイアの様な鳥人族をはじめとした空を飛ぶ生物と仲が良いが、子供っぽくいたずら好きな性格のせいで真面目な種族とは相性が悪く、好き嫌いが激しい一面を持つ。


・最後にノームだが、精霊のノームは元々の小人族としてのノームの特徴を受け継いでいるので、仲のいい種族もそれに準じる。代表的なところでは鉱物を掘ったり宝石を加工したりと、得意分野が重なっているドワーフと特に仲が良い。また洞窟に住むゴブリンやコボルト、同じ小人族であるブラウニーやピグミー等とも幅広く交流を持つ。穴掘りや迷宮作りが得意なのでドラゴンをはじめとした怪物の巣作りを手伝ったり(手伝わされたり)もするが、職人気質で礼儀を重んじるため力で従わせようとするとへそを曲げてボイコットする等、頑固で面倒な一面もある。

◆◆◆終わり◆◆◆


「ところで、現地調査では何も見つからなかったんですか?」

 セイランの調査報告と今後の方針の確認が終わったところで、クリムは議題に上がりながらも詳細な説明が無かった内容に言及した。

「ああ、残念ながら今のところ何も見つかってないね。魔力感知能力の高いエルフが子供を攫われたことに気づきもしないなんて妙だと思っていたけど、私が何の痕跡も見つけられないくらいだし、何かしら特殊な方法が取られているんだろうね。」

 セイランは思いのほか調査が難航する様相を呈してきたので、ため息交じりに愚痴をこぼした。

「そのエルフという者が共謀者の可能性はないんですか?」

 スフィーがセイランに尋ねた。

「それはないよ。エルフは多少気難しいところはあるけど、誠実で規律を重んじる種族だからね。どんな形であれ犯罪に加担する様な事は無いはずさ。」

 セイランは一点の曇りもない眼で即座に答えた。それだけエルフの誠実さには信頼を置いているのである。

「随分とエルフを買っているんですね。」

「アラヌイ商会はエルフの国とも取り引きがあるからね。彼らのことはよく知っているのさ。エルフはめったなことでは国を出ないはずなんだけど、今回は人間側から国家間の交流を強化する名目で観光旅行に招待されていた様だね。他の誘拐された少女達も同様の理由で家族と共にこの国を訪れていたそうだ。」

 セイランはスフィーの疑問に答えるとともに、新たな情報を提示した。

「それはまた偶然と呼ぶにはあまりに作為的な共通項ですね。彼女達を招待した人物というのが事件の犯人なんじゃないですか?」

 スフィーは当然の帰結ともいえる疑問を呈した。

「うんまぁ、そう考えるのが自然なんだけど、亜人国家との交流企画を提案したのは、他ならぬ今回私に調査依頼をしてきた大統領なんだよね。彼の素性は私が保証するし、もし仮に本当に犯人だったとしたらわざわざ青龍会に調査要請をするはずがないよね。とは言えだ、彼は交流企画を提案しただけで実務は他の者に任せているはずだから、その辺の話は明日彼が隠れ家に来た時に確認するつもりだよ。」

 セイランはスフィーの抱いたのと同じ疑念を持ったが、既に対応を決めていたのだった。

「ひとまず状況はひっ迫していないとは言え、できるだけ早く情報共有した方がいいと思いますけど、今からでも大統領に聞きに行くわけにはいかないんですか?」

 セイランが悠長に構えている様に感じたサテラは、2人の会話に割り込み意見した。

「さっき言った通り私達が事件を調査していることは秘密だからね。私の方から彼に接触すると、どこにいるともしれない犯人に察知される恐れがあるから、コンタクトを取る時間と場所は予め決めているんだよ。よほどの緊急事態でなければ予定通りに動くのが今は最善なのさ。」

 セイランはサテラの言いたいことは理解できたが、感情に任せた行動はかえって悪い結果を齎すのだと、冷静な判断をするようにと遠回しに伝えたのだった。

「なるほど、お考えがあってのことだったのですね。承知しました。」

 サテラはセイランの言葉を彼女なりに解釈し、自身の軽率さを省みるのだった。


<コンコン>

 話がひと段落したところで、個室の扉を叩く音が響いた。

「どうやら料理が運ばれてきた様だね。今のところこれ以上情報はないから、難しい話はこの辺にして食事にしようか。」

 セイランは扉の外の様子を魔力感知によって確認し、先ほどの店員が注文の品を届けに来たことを把握しながら言った。

「待ってたっすよ。」

 セイランの言葉を聞いたシュリは喜び勇んで立ち上がると、扉を開けて店員を招き入れた。

「お待たせしましたー。こちら御通しの根菜スティックサラダと飲み物、それと旬の魚介の串焼きセットになります。串焼きはお客様の方で調理をお楽しみいただくこともできますが、どうしますか?面倒であれば私の方で準備させていただきますが。」

 店員はセイランに確認した。

「ありがとう。あとはこっちでやるから大丈夫だよ。」

「承知しました。それではごゆっくりどうぞ。」

 セイランの返事を聞いた店員は料理と飲み物を各員の席に手際よく配膳すると、一礼して部屋から出て行った。

「それじゃあ、料理も来たことだしさっそくいただこうか。いただきます。」

 合掌して挨拶するセイランに倣って、他のメンバーも合掌して挨拶してから食事を始めたのだった。

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