第167話 海鮮居酒屋・マリスケリア

―――町の郊外にある古武術道場を後にしたクリム達は、港町の方へと戻り食事処を探していた。

「さてと、あなた達はこの国に来るのが初めてだから美味しいお店を知らないだろうし、私が決めてしまっていいかな?」

 セイランがクリムに聞いた。

「そうですね。シュリのお腹がもう限界みたいですし、お任せしますよ。」

「よし来た。君たちの朝ごはんの食べっぷりを見るに、かなり大食いだから量が多いところがいいだろうね。それとせっかくの港町だし、新鮮な海鮮料理が売りの居酒屋・マリスケリアにしようか。すぐ近くだし、アラヌイ商会の傘下だから私の顔が利くしね。」

 セイランはクリムの了承を得ると、情報を整理してすぐに最適な食事処を決定したのだった。

「海鮮ですか、いいですね。そういえば、シリカも港町でしたけど、あそこのレストランは海鮮以外の料理も豊富でしたね。小さな島の集まった群島みたいな土地柄で、食品工場なんかは見当たらなかったと思いますが、ソーセージやチーズみたいな加工食品はどうやって手に入れていたんでしょうか?」

 クリムは今更ながら、シリカのレストラン・ハーレアイナが土地柄に似合わず品ぞろえ豊富であったことに疑問を持ったのだった。

「あそこは交易拠点の港町だからね。交易品を仕入れるついでに町で消費する物品も買い付けているから、小さな島だけど何でも揃うのさ。そういう意味では様々な国と交流があるこの国も同じだけどね。それとこの辺はシリカよりも暖かいから、獲れる海産物はちょっと違っているし種類も豊富だから、シリカとはまた違った味が楽しめると思うよ。」

「なるほど、そういう事情でしたか。ところで、その居酒屋の1人頭の食事代はどのくらいが相場でしょうか?私達は現状お金に困っているという程ではないですが、資金が潤沢と言える状態ではないですからね。旅をするにあたって急に入用になる可能性もありますから、多少は貯えを持っておきたいので高級店だと二の足を踏むのですが。」

 クリムは後日セイランの紹介で魔動機職人と会う予定であるが、ともすれば魔動機を実際購入したり、迷宮に設置するための新たな魔動機の開発をお願いしたりと言った、具体的な取引を持ち掛けるつもりでいたので、財布の中身をすっからかんにするわけにはいかなかったのだ。

「食事代に関しては気にしなくていいよ。この国での滞在費用は大統領が支援してくれることになってるからね。理由を偽って青龍会を呼びつけたことに対する謝礼の意味と、調査任務の必要経費って感じだね。あなた達も調査に協力してもらうわけだし、遠慮しなくていいよ。ああ、それと青龍会への依頼は基本的には無償で請け負ってるから、任務の達成報酬みたいなものは無いんだけど、協力者であるあなた達には青龍会の方から出来高に応じて報酬を出すから、引き続き協力よろしくね。」

 セイランは事のついでなので、今回の大統領からの依頼について、クリム達がどのような扱いになっているのかを説明したのだった。

「宿泊施設も貸して貰っていますし、なんだか至れり尽くせりですね。それはそれとして、事件に関しては私としても気にかかっていますし、報酬の有無は別にして協力は惜しまないつもりなので、できることが有ればなんでも言ってください。」

「そう言ってくれると助かるよ。政府内に事件の共謀者が居ると目される現状だと、この国の人間は当てにできないし、信頼できる伝手はあなた達だけだからね。」

 セイランはいざとなったらドラゴンの力を解放して事件を解決するつもりでいたが、あまり大立ち回りすると誘拐された子供たちに危害が及ぶ恐れがあるし、またセイランの正体が周囲に晒されることも避けたいので、できる限り秘密裏に事を進めたいと考えていた。それゆえドラゴンの力で強引に事件を解決するのは、本当に最後の手段なのだ。

「それじゃあマリスケリアに向かおうか。」

 話がまとまったところで、セイランが先導して一行は居酒屋へと歩き始めた。


 居酒屋に向かう道中、先ほどの会話で気になる点があったクリムはセイランに問いかけた。

「ところで青龍会は無償で依頼を請け負っているとのことですけど、運営資金はどうやって捻出しているんですか?」

「知っての通りアラヌイ商会は青龍会の実質的傘下なんだけど、商会のグループ企業は売り上げの一部を上納金・・・もとい共益金としてプールしていて、青龍会の活動費用はそこから出しているんだよ。青龍会は傭兵を雇うお金がない貧しい地域なんかでの慈善活動もやってるけど、青龍会の社会的認知が善い方に傾けば、その庇護下にある商会グループも商売がしやすくなるから、ただの無償奉仕ってわけじゃないんだよ。とは言っても積極的に恩を売ってるわけではないし、見返りはそんなに期待してないけどね。世界情勢は安定していた方が商売しやすいし、直接的なリターンはないとしても無駄にはならないのさ。」

「ほうほう、私は商売に関してはからっきしですから何とも言えませんが、いろいろ考えているんですね。」

 クリムは様々な思惑が重なって経済が回っているのだと大雑把に理解し、今後人間とやり取りする参考にしようと心に留めた。


 陽もすっかり落ちて、仕事帰りの多数の住人達が行きかう夜の町を歩くこと数分、セイランに連れられた一行は目的地であるマリスケリアへと到着していた。レストランの入り口には店名を記した看板が掲げられ、その周囲には煌々と輝く魔法石を核としたランタンがいくつもぶら下げられており、夜間にもかかわらず眩しいくらいの光に包まれ、また店内からは賑やかな話声が漏れ出していた。

「ちょっと店員に話を通してくるから待っててくれるかな?食事のついでに事件の進捗について話そうと思うから、個室を借りたいんだよね。」

 セイランはクリムに確認した。ところでなぜセイランが毎度クリムに確認を取るのかと言うと、クリムゾンとその仲間達は一応クリムゾンを長とした集団なのだが、何か行動する際の意思決定はクリムが行っている事は明らかだったからだ。

「わかりました。お任せします。」

「もうお腹がペコペコだから早めにお願いするっす。」

 クリムがセイランの問いに了承の旨を伝えると、それに続く形でシュリがセイランをせかした。

「ああ、わかってるよ。それじゃ行ってくるね。」

 セイランはそう言い残すと居酒屋に入って行ってしまった。

 残されたクリム達は、しばし賑やかに行きかう町の住人達を眺めながら、セイランの帰りを待つのだった。

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