第160話 シュリの魔法練習
ゴウがクリムからいろいろと聞いている傍で、腹をすかせたシュリはなかなか終わらない質問タイムに飽きていたので、暇を持て余してついさっき見た技を真似してみようと思い立っていた。そしてまずはビジュアル的にわかりやすいところで、ゴウ達が使っていた古武術の奥義、魔導遷移の型・爆炎を真似することにしたのだった。シュリは今さっき炎に触れて火傷をしたばかりであるが、すぐに治してもらったこともあってあまり懲りてはいなかった。
「えっと、たしかこんな感じだったかな。」
シュリは両腕をすっと顔の前まで持ち上げると、全身の魔力を集中させて気合を込めた。
「はぁっ!」
掛け声に合わせて両腕に集めた魔力は速やかに炎へと変換され、若干弱火ながらも爆炎の再現は成功していた。ところが・・・
「ん-?なんかちょっと熱い様な・・・ッ!あちちち!」
シュリは自ら放った炎にその身を焼かれ、あわてて腕をぶんぶんと振り回した。しかし燃え上がっているのは自身の魔力であるため、いくら腕を振っても炎を払いのけることはできないのだった。
「何やってるんですかシュリ?」
異変に気付いたクリムはシュリの元へと駆け寄ると、彼女の腕に纏わりついた炎に手をかざして一瞬で吸収してしまった。
「ふーっ、ふーっ、助かったっす姉御。」
シュリは再度火傷を負ってしまった手に息を吹きかけながら、クリムにお礼の言を述べた。
「ええまぁそれは別にいいんですが、今のはゴウさん達が使っていた技ですね。やはりあなたは模倣する能力が非常に高いですね。ただ・・・」
クリムはシュリの手を握ると、再度火傷を治しながらさらに続けた。
「制御が甘くて自身を焼いてしまったのは魔力操作の精度不足ですね。今回は火傷程度で済みましたけど、複雑な魔法である程制御を失敗した時のリスクも大きい傾向がありますから、どうせ真似するならしっかりと真似しないと危ないですよ。」
クリムはシュリの迂闊さに釘を刺しつつも、模倣能力自体は優れたものであるため、使用を止める事はせず、むしろ褒めるのだった。
「うっす、気を付けるっす。ところで、姉御とアクアは炎に直接触れても何ともなかった様に見えたっすけど、あれも魔法の制御の問題なんすか?」
シュリはあまり反省した様子もなく、軽い返事をしたのちに質問を続けた。
「いえ、私もアクアも炎に触れる際に、別段何かしたわけではないですよ。私達と言うかドラゴンが炎に触れても平気なのは単純に皮膚が頑丈だからです。その点を考慮するとこの技、えっと・・・魔導遷移の型・爆炎でしたか?」
クリムはちらっとゴウに視線を向けて確認すると、ゴウは静かにうなずいた。
「この爆炎はドラゴンに対しては有効とは言えないですね。それはそうと、魔法の炎の制御法を実践して見せるので真似してみてください。あなたは口で説明するよりこっちの方が早いでしょうからね。」
クリムは人差し指を立てた右手をすっと目線の高さに持ち上げると、指先から炎を出しながら言った。
「わかったっす。」
シュリはクリムを真似て同じように指先から炎を出した。
「魔法の炎は何かが燃えているわけではなく、魔力を直接炎、つまりはプラズマに変換しているのですが、イメージ的には魔力を燃やしているという認識で問題ないです。あなたは先ほど腕に集めた魔力を単純に燃やしていたので、自身がその炎に焼かれてしまいましたが、ゴウさん達は自分自身が焼かれない様に炎の動きを制御していたんですよ。」
クリムは口頭で説明しながら、指先から出した炎の形を三角形やハート型に自在に変化させ、さらには指先から炎を切り離して空中でくるくると回して見せた。
「おお、そんなこともできるんすね。俺もやってみるっす。」
シュリは多少ぎこちないながらも、クリムを真似て炎を操って見せた。
「初めてにしては上出来ですね。それで、この炎の操作を応用して、炎の籠手やグリーヴの様な形で身体に纏うのが爆炎と言うわけですね。」
クリムは空中を舞っていた小さな火球を指先へと戻すと、火球に魔力を注ぎ込んで激しく燃え上がらせ、ゴウとレツがやっていたのと同様に両手足へとその炎を纏った。その姿は一見両手足が燃えているかに見えるが、実は炎は身体から少しだけ離れた位置から発生しており、直接的に自身を焼かれない様に制御されているのだった。なお、炎の遠赤効果と熱せられた空気の対流によって、多少は熱さを感じるのだがある程度高速で動き回っている限りにおいては軽微な熱量である。
「よーし、俺もやってみるっす。」
シュリはクリムの動きを完全にトレースして炎をその身に纏った。
「おお、できたっす。ちょっとだけ熱いけどこのくらいなら平気っすね。」
シュリは今度は火傷することなく爆炎の発動に成功したのだった。
クリムはシュリの飲み込みの早さに改めて感心しつつ、炎を纏ったままの状態で話を続けた。
「この技はもちろん敵を焼き焦がす攻撃としても利用できますが、対人戦を考えた場合は防御寄りの技と言えるでしょうね。」
「そうなんすか?」
「ええ。たとえば、私が今からあなたに殴り掛かるとしたら、どうやって防ぎますか?」
クリムは燃え盛る右腕をゆっくりと掲げると、シュリの方へとゆるゆるとスローなパンチを繰り出した。
「それはまぁ避けるっすよ。炎が熱そうっすからね。」
シュリはさっと身をかわしてクリムの拳を避けた。
「そういうことです。炎を纏った攻撃はガードするにせよ、受け流すにせよ、直接触れれば炎に焼かれてしまうので、回避するしかないんですね。」
クリムは自身が纏っていた炎を消すと、今度はシュリに掴みかかった。そしてシュリの纏った炎にチリチリと焼かれながら説明を続けた。
「また、掴みから入る投げ技や関節技なんかも同じ理由から使えなくなるので、相手の攻め手の選択肢を潰す効果が高いですね。攻撃がそのまま防御に繋がる、バランスのいい技だと言えるでしょう。ドラゴンであるアクアには炎が効かないので通用しませんでしたけどね。」
組みついたクリムの腕は炎に焼かれていたが、ドラゴンの皮膚にはその程度の炎では何の影響もなかった。
「つまり、いい技だけど相手が悪かったんすね。」
シュリは小難しい話は聞き流して結論だけ理解したのだった。
「簡単に言ってしまえばそういうことですね。」
クリムはシュリの腕を放すと、手をひらひらと回して何の影響も受けていないことを示した。
「本当になんともないんすね。姉御の皮膚は触った感じ俺と変わらないのに不思議っすね。」
シュリはそう言うと纏っていた炎を消し、自身の腕の皮をつまんでぐにぐにと感触を確かめ、掴みかかってきたクリムの手のひらの感触と比較したのだった。
「ドラゴンの皮膚と言えば、私やあなたが着ている服はクリムゾンの鱗から作られたものですから、見た目こそ普通ですがその強度や特性はクリムゾンの皮膚のそれと同等です。なので、魔法にせよ物理的な物にせよ、何かしら危険を感じたら服の部分で防ぐといいですよ。そこら辺の鎧よりも遥かに頑丈ですからね。マナゾーに氷塊をぶつけられた時も平気だったでしょう?」
そう言うとクリムは自身のスカートの裾を両手で掴み、ぐいぐいと思いっきり引っ張ったが、クリムゾン謹製の聖衣は綻び一つなく無傷だった。さらにクリムは魔法の炎を発生させて自身の全身を包んだが、やはり聖衣には焦げ跡一つなく新品同然だった。
「はー、すごいんすね旦那の作った服。覚えておくっす。」
シュリはなんとなしに纏っていた自身の衣服をまじまじと見つめると、改めて擦ったり引っ張ったりしてみたが、その感触はなんの変哲もないただの布地なのだった。
◆◆◆用語解説◆◆◆
・
クリムゾンの龍鱗から作られた聖衣。
ドラゴンが自身の牙や爪、鱗等、身体の一部を素材として作り出す武器や防具は、遺伝子操作によって細胞組織を自死(アポトーシス)させて、自由自在な形状を削り出す製造方法によって産み出されるのだが、削り出された細胞組織はドラゴン本体から切り離されてなお生きており、素材となった部位が元々持っている特性をそのまま残している。
クリムゾンの鱗は熱や光と言ったエネルギーや、ある程度以上の強い衝撃を吸収して魔力に変換する特性を備えているので、その鱗から作られた衣服もまた同じ特性を備えている。なお、聖衣の厚さは元々の鱗の厚みよりも遥かに薄く、また布地の特性を発揮するために糸状に編みこまれた構造に変化している関係上、密度がスカスカになっているので、強度や特性もそれに比例して元となった龍鱗からはかなり劣化している。
とは言え、金属製の鎧をはるかに超える高機能な防具であることには変わりない。
◆◆◆終わり◆◆◆
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