第159話 時空歪曲加速<クロノディストーションアクセル>と危険なドラゴン
「クリムさん、次の質問をしてもいいですか?」
「ええ、なんでも聞いてくれていいですよ。」
クリムは笑顔でこれに応えた。
「また先ほどの試合についての質問なのですが、我々が最後に攻撃を仕掛けた際、アクアちゃんがクリムさん程ではないにせよ、常軌を逸した高速で動作していたので、あれはどういった原理に基づいているのか教えていただきたいのです。」
アクアの高速動作と言うのは、ゴウとレツが超集中力によってゾーン状態に入り、世界すべてがスローモーションに見えていた中で、アクアだけがスローにならず普通の速度で動いていたことを指している。
「あなた達の視線の動きからおおよそわかってはいましたが、アクアの動きが見えていたんですね。と、それはさておき、アクアについてでしたね。」
クリムはゴウ達の観測能力の高さに感心しつつさらに続けた。
「あなたがお察しの通り、先ほどの試合の最後の攻防において、アクアは魔法を使っていましたね。先に言っておくと
ゴウがアクアの技を研究し、我がものにしようと考えているであろうことを、クリムは推測できたので、予め断りを入れたのだった。
「ああ、はい。それはなんとなくわかっていましたが、たとえ自分では扱うことのできない技であっても、その仕組みが分かっていれば対策の立てようもあるでしょうから、後学のためにご教示願いたいのです。」
「なるほど。そういうことでしたら軽く説明しましょう。アクアの使っていた魔法は特に弱点らしい弱点もなく、対抗策と言えば同じ魔法を使うか、
クリムはアクアの魔法に関して話す前に長々と前置きしたが、それはある懸念があったからだ。ゴウはアクアに圧倒的な実力差を見せつけられ、あまつさえ命の危機に陥ったのだが、それでもなお再挑戦する気概を失っていない様子なので、その強靭な精神力を見たクリムは、彼がクリムゾンへの挑戦者として理想的な人物であると、さらなる期待を寄せていたのだ。しかしアクアの魔法の詳細を話すとなると、彼のやる気を削ぐような厳しい話をすることになるので、対抗策が見つからなかったとしても気を落とさない様にと予防線を張ったのだ。
「はい、よろしくお願いします。」
ゴウはクリムの懸念など知る由もないので、執拗な予防線を多少訝しみながらも解説を求めたのだった。
クリムはゴウの反応を見極め、この様子ならば大丈夫であろうと確認すると、コホンと咳ばらいをしてから魔法の解説に移った。
「アクアの使っていた魔法は、反重力子を操り重力操作する魔法の発展形で、自身の周囲の狭小範囲内の重力をマイナスに転ずることで、時空を歪ませて通常重力空間との相対時間を加速させるものですね。その名も
クリムはこれまでの会話からゴウが広範な分野に対するそれなりの教養を身に付けていると見定めていたので、魔法に関する知識は浅くとも論理的な仕組みの話ならば理解できるだろうと判断して、一息に全部説明してしまったのだった。
「なるほど。反重力子と言うのは、いまいち耳馴染みのない言葉ですが、それを操ることで時間さえも操る魔法なのですね。そして相対時間の加速、と言うことはアクアちゃんの主観時間においては普通の速度で動いているということですな。であるならば、我々から見てあれほどの高速で移動していながら、音速を超えた際に発生するはずの衝撃波やらなんやらが発生していないのにも説明が付きますね。しかし時間を加速させるとは、恐るべき魔法ですな。単純ゆえに対抗手段が限られるのは、たしかにクリムさんの言う通りなのでしょう。」
ゴウはクリムの見立て通り、一度の説明で
「少し余談になりますが、音速を超える際の衝撃波に関する話で言うと、ドラゴンが高速飛行時に使用するちょっとした魔法が存在しますよ。ドラゴンの肉体であれば超音速の衝撃波に容易に耐えられるので、そもそも防ぐ必要が無いのですが、高速移動に際して静粛性を保ったり周囲への影響を鑑みたり、また余計なエネルギー消費を抑える目的のために、対策する魔法ですね。まぁ魔法と言っても、ドラゴンにとっては特別意識せずとも使える程度の、呼吸と変わらない技術ですが。仕組みとしては単純で、進行方向の空気を魔力に変換して取り込むことで身体と空気との衝突を避け、また身体が通り過ぎて真空になった空間には補填する形で新たに空気を生成するというものですね。取り込んだ空気と生成する空気の量、そして吸収した魔力と消費する魔力はほぼ同量なので、周囲にほとんど影響を及ぼすことなく静かにかつ高速で飛行が可能になります。もっとも、わずかな魔力消費や時間的あるいはエネルギー的損失は、ドラゴンにしてみれば無いも同然なので、気にしない人はとことん気にしないですけどね。」
クリムは元来世話焼きで物事を誰かに教えるのが好きな性格でもあるため、理解の早いゴウに気をよくして、聞かれてもいないことまで話始めるのだった。
「ほう、強く巨大なドラゴン達は悠々と思うままに生きているものと勝手に想像していましたが、そんな細やかな気遣いをしているのですね。時折ドラゴンが高空を駆けているのを見かけますが、あれも地上の生物に気を遣っているのですかね?」
「ええまぁ、いちいち地上を気にしながら飛ぶのが面倒だから高空を飛ぶということはあるでしょうね。単純に高く飛んだ方が気分がいいからとか、その程度の理由である場合が多いと思いますけどね。」
ドラゴンの行動原理は一律に言い表せる様なものではなく、それこそ一頭一頭がまったく異なる考え方と性格を持って行動しているので、ゴウの指摘は正解であると同時に、ある意味的外れでもあった。人間や他の生物に対して多くのドラゴンは友好的であるが、中には敵対的な者もいるし、あるいはまったくの無関心な場合もある。各ドラゴン個人の性格次第なのである。
「なるほど、ドラゴンであるクリムさん達を前にして言うのもなんですが、ドラゴンとは雲のように掴みどころのない存在なのですね。」
「そうですね。事のついでなので一つ注意しておきますが、ドラゴンに気軽に勝負を挑まないでくださいね。私達、つまりクリムゾンとその眷属に対してであれば、好きなだけ挑んできてくれて構わないし、むしろ望むところではあるのですが、すべてのドラゴンが人命を尊重しているわけではないですからね。とは言え、ドラゴンが好き好んで人間を襲う事はないとは思いますけど、縄張りへの侵入者には容赦しない者もいますから、知らないドラゴンにはできる限り近づかないのが肝要ですよ。」
クリムは注意を促すとともに、クリムゾンへの挑戦もそれとなく打診するのだった。ところで危険なドラゴンが居るという話は、別にクリムゾンだけに彼らの意識を集めるための方便と言うわけではなく、実際人間の命などなんとも思わないドラゴンも中には存在するので、本心からのそして親切心からの注意であった。
「軍部の知人から聞いた噂話ではありますが、かの四大龍の一角である轟雷龍の縄張りには、誤って足を踏み入れれば即座に落雷が降り注ぐと、そんな話を聞いたことがありますね。クリムさんのおっしゃる通りであれば、噂話もあながち眉唾と言うわけでもなさそうですね。ご高配傷み入ります。努めて心に刻んでおきましょう。」
クリムは別にゴウを脅かす意図はなかったが、轟雷龍すなわちシゴクの苛烈な侵入者対策が噂となっていたために、彼女の想定以上に注意喚起が大事に受け止められたのだった。
(四大龍の轟雷龍と言うと、言葉の響きから言ってシゴクの事でしょうか。あの子大人しそうな性格なのに、人間に対しては案外過激なのね。)
クリムはドラゴンすべてが人間に友好的であるべきだとは別に思っていないし、個々人(龍)の自主性に任されるべきであると考えていたので、シゴクの対応をどうこう言うつもりは無かった。ただ、彼女の控えめでどこか子供っぽい性格からは、まさか人間に対して厳しい対応を取っているとは思わなかったので意外だったのだ。
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