第147話 無自覚魅了系魔族少女

 大の男達が言い争う様を一歩引いてみていた少女達だが、なかなか話がまとまりそうもないので、2人は放っておいて別の相談を始めていた。

 少しおさらいしておくと、現在格闘場内に居るのは、クリムゾンとその仲間達に龍の巫女サテラを加えたクリムゾン陣営、魔王軍にシャイタンを加えた魔族陣営、そして道場の人間であるアサギおよびレツ&ゴウの格闘家達である。


 2人の大男はクリムゾン陣営のすぐそばで平行線の言い争いを続けていたが、魔王達は彼等から少し離れた位置で双方の様子を窺っていた。古武術の源流やアクアマリンの事など、当然知らない魔王達は話に加われずに傍観していたのだ。

 そんな彼女達の元に、アサギが近寄って来て声を掛けた。

「シイタさん達、ほったらかしにしてしまってすいません。」

 アクアと2人の師範代が試合をするという流れから、魔王達はすっかり置いてきぼりにされていたので、彼女達を招待したアサギが対応に当たったのだ。なおアサギが招待したのはシャイタンのみであったが、そこは重要ではない。

「お父さん達強い相手と見ると周りが見えなくなるんですよね。2人はあんな感じなので、私でよければ道場体験のお相手をしましょうか?」

 アサギはまずシャイタンに謝罪し、頼りにならない大人達は当てにせず自ら客人をもてなす事を提案したのだ。一応補足しておくと、シイタとは魔族であるシャイタンが人間に成りすますために名乗っている偽名である。

「いえいえ、気にしないでください。私は道場自体というよりアサギさんに興味が有ってこちらにお邪魔したので、そういう事でしたらあなた自身の話を聞かせて欲しいですね。」

 シャイタンは一歩踏み出して素早く距離を詰めると、アサギの目をまっすぐに見つめながら、魔族基準では余所行き用の誠実な笑顔でそう告げた。なおその笑顔は人間の基準で見れば、妙に艶っぽく色気を孕んでいたのだが、人間社会をよく知らないシャイタンがそれを知る由もない。

「え?あぁ、そうなんですか。」

 アサギは少し頬を赤く染めて思わずシャイタンから目を逸らした。

 シャイタンはその内面はともかくとして、外見だけを見れば魔族共通の特徴である整った顔立ちをしているので、その思わせぶりな言葉と美しく蠱惑的な笑顔に当てられて、アサギは少し照れてしまったのだ。ちなみにアサギは両親とも格闘家の道場に産まれた家庭の事情から、格闘技漬けの生活を送っており、そんな環境のせいもあって恋愛経験が乏しい。それゆえ他者から好意を向けられた経験が無かったので、彼女自身は特段同性に興味は無かったが、突然の告白にうっかりトキメキかけてしまったのだと彼女は考えていた。

 なお、当のシャイタンは純粋に人間の少女について知りたかっただけなので、別に口説いたつもりは無かった。彼女は産まれついて強大な魔力を有しており、若い異性に限られるとは言え、精神異常に強い耐性を持つ魔族でさえも無差別に魅了してしまうほどの催淫効果を持っている。耐性の低い人間であるアサギには、同性でありながらその催淫効果が発揮されたのだった。もちろんシャイタンの紛らわしい言葉選びがアサギに勘違いさせた事も原因の一つであるが、それだけでは恋愛に疎い格闘少女に同性を意識させるほどの効果は期待できないのである。


 そうとは知らないシャイタンは、急によそよそしい態度になったアサギを訝しんで声を掛けた。アサギを期せずして魅了してしまったのは、シャイタンにしてみればまったくの無自覚だったのだ。

「どうかしましたか?」

 アサギは自分でも知らなかった自身の新たな一面を垣間見た様で困惑していたが、シャイタンの問いかけに応えるために深く息を吐いて昂った気を鎮めた。それは彼女の流派に伝わる、精神統一を促す呼吸法だった。

「いえ、なんでもないです。恥ずかしながらそういった話には疎いもので、ご期待には沿えないかもしれませんが、可能な範囲でお答えしますよ。」

 精神統一を完成させたアサギは身構えてシャイタンに向き合ったため、魅了の影響を軽減することに成功し、今度は普通に対面することができていた。

「えーっと・・・?よろしくお願いします。」

 アサギが何を言っているのかよく分らなかったシャイタンだが、とりあえず質問には答えてくれるとのことなので、疑問を残しながらも話を続けた。

 シャイタンはたしかに小さくてかわいい少女が好き、という性癖を持っているが、アサギはシャイタンと外見上は同年代くらいであるため、同じく外見的には同年代であるクリムと同様に、アサギもまたシャイタンの嗜好の守備範囲を外れているのだ。


 ところで、一連の会話をすぐそばで見ていたチャットは、元よりシャイタンがアサギにあらぬ情欲を抱いているものと勘違いしていたので、アサギの初心な反応には納得しつつも、シャイタンの付かず離れずの朴念仁の様な妙な反応に違和感を覚えていた。ただ、魔王達は人間に正体を隠している関係上、シャイタンが突飛な行動を見せないなら、それはそれで好都合なので黙って様子を見守っていた。


「色々と聞いてみたい事はあるのですが、さて、まず何から聞きましょうか。」

 シャイタンは片肘に手を当てもう一方の手で顎を支えると、真面目な顔で質問を考え始めた。人間の少女の普段の生活を探ろうという思惑で話を始めたものの、シャイタン自身が今は人間の少女に成りすましているのだから、直接的にその質問をぶつけるのは不自然だと思い至り、今になって少し悩んだのだ。

 そして、しばしの逡巡の後、シャイタンは再び口を開き、ひとまず当たり障りのない質問から攻める事にしたのだった。

「それでは、まずアサギさんの年齢を教えてもらえますか?おそらく私と同年代くらいですよね?」

 それは自身と(外見上は)近い年頃のアサギの年齢が分かれば、今後年齢を聞かれる様な事態に遭遇しても自然に対応できると考えての有意な質問であった。

「私は11歳ですけど、もうすぐ12歳になりますね。シイタさんもそのくらいなんですか?」

 アサギが答えた。

「ええ、私は12歳ですよ。やっぱり同じくらいだったんですね。」

 シャイタンは何食わぬ顔で堂々と嘘をついた。しかしその実年齢はおよそ6000歳である。さて、なぜ彼女がアサギと同い年にしなかったのかと言うと、実際年上であることを加味したちょっとしたリアリティの追及である。嘘をつく時はすべての情報を嘘で塗り固めては不自然さが際立つので、本当の話の中にわずかに嘘を織り込むのが鉄則なのである。それはシャイタンが以前にチャットから教わった諜報員としての基礎教養だった。

「なるほど。少しだけお姉さんだったんですね。随分落ち着いているので、もっと年上かと思いました。」

 アサギは鋭い観察眼によってシャイタンの偽称を微妙に見破っていたが、シャイタンの策謀が見事に嵌り、事実の中に忍び込ませた嘘は上手く誤魔化されたのだった。

「そうですか?私は故郷では片手間にちょっとしたお仕事を請け負っているので、自分で言うのもなんですけど、同年代の子達よりは社会経験がある分、大人びているのかもしれないですね。それと、私の知り合いの男子連中と比べたら、アサギさんも年齢の割にはかなり落ち着いていると思いますよ。」

 シャイタンはさらに事実を重ね塗りして嘘を隠匿し、ついでにさり気なくアサギを褒める事で気を逸らし、判断力を低下させる試みに出たのだ。なおアサギに関する評価は策略の一環ではあるが、彼女の本心でもあったので、ただ気を引くためだけのおべんちゃらというわけでもない。

 ところで、アサギは先ほどシャイタンに対して、恋愛感情に似た情念で意識してしまった事がまだ尾を引いていたので、シャイタンの誉め言葉は当人の思惑以上に効果がバツグンであり、アサギはまんまと術中に嵌って照れていた。


 嘘や欺瞞は魔族の得意とするところであり、特にシャイタンは息を吐くようにバレない嘘を並べ立てる事に定評があった。それはシャイタンの嘘が他者を貶めるためではなく、ちょっとしたイタズラのつもりでしょうもない嘘をつくことが多いためであるが、逆に考えればバレても大して問題ない嘘しかつかないとも言える。常人であれば嘘をつく際に、表情や声にわずかに緊張や後ろ暗さといった機微が表れるが、別にバレてもいいと考えているシャイタンに限っては、それらがまったくと言っていいほどないのだ。


 アサギとシャイタンが妙な空気感で会話をしていると、そんな空気に引き寄せられる様にして、クリムが仲間に入りたそうにゆっくりと近付いてきた。

「なんだか楽しそうな話をしてますね。私も混ぜてもらっていいですか?」

 クリムはなぜか百合に挟まる男の様な口ぶりで、会話中の2人に話しかけた。

「私はもちろん構いませんけど、シイタさんはどうですか?」

 アサギは快くクリムの要望を受け入れた。彼女はシャイタンと1対1で話しているとどうにも調子が狂ってしまうので、いい所に助け船が来たとクリムを歓迎する構えだったのだ。

「ええ、私も構わないですよ。」

 シャイタンは以前述べた通り、クリム以外の幼くかわいらしい容姿のクリムゾン陣営の面々に興味を抱いていたので、お近づきになるチャンスとばかりにこれを受け入れたのだった。


 さて、なぜクリムが2人の会話に興味を持ったのかというと、彼女はおおよそシャイタンの思惑に気付いていたからである。クリムもまたシャイタンに便乗する形で、アサギから現代の人間の価値観や生活様式なんかを探ろうと考えたのだ。また、クリムは現在の魔王よりも強いとクリムゾンが評したシャイタンに興味が湧いており、その人となりの見極めのためにも話を聞きたいと思っていたので、一石二鳥だったのだ。

 なお、クリムにはサテラという気兼ねなく話せる現代人の知り合いがいるのだが、龍の巫女であるサテラは、普通の人間とは違う生い立ちをしているはずなのであまり参考にならないと考えていたのだ。

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