第146話 仁義なき舌戦
レツとゴウは格闘場の戸締りを完了し、どちらが先にアクアと試合をするか決めるための舌戦を始めていた。
「さてと、準備は整ったが、どちらから行く?俺が先に手合わせを申し出たのだから、当然俺が先に戦うのが筋だと考えるが。」
レツはごく自然な会話の流れとして自身が先に戦うと主張した。しかしそれは双方が先に戦いたいと考えている事を知った上での牽制である。
「いや、ここはやはり彼女達と先に知り合い、道場へと招いた私が優先権を持っているのではなかろうか?」
これに対してゴウは自身の功績を掲げ、先に戦う権利は自身にあると主張したのだ。
「いやいや、権利の話をするのであれば、ここは道場主である俺の方に優先権があるだろう。居候三杯目にはそっと出し、という奴だな。お前が恩を仇で返す様な不義理な男ではないと俺は知っているぞ。」
レツは現在居候の身であるゴウの弱みを突き、自身が先行する権利を再度主張した。なりふり構わぬ越権行為である。
「今その話を持ち出すのは卑怯だぞ兄貴。それとこれとは話が別だろ。兄貴が人の弱みに付け込んで我欲を通そうとしたと、センジュが聞いたらどう思うかな?」
レツの卑劣な行為を糾弾するとともに、ゴウもまたレツの弱みを知っていたので仕返しとばかりに突き返したのだった。
ちなみにセンジュとはゴウの伴侶、つまりはアサギの母であり、またレツの妹に当たる人物である。少し補足しておくと、センジュもまた海皇流古武術の秘伝を修めた師範代であり、レツとゴウに並ぶ実力を持っているのだが、ゴウの道場を空にするわけにはいかないので今回の遠征では留守番をしているのだ。
「お前こそ卑怯だぞ。センジュは関係ないだろう。それになゴウ。自分で言ったらなんだが、目上の者に先を譲るのは武術を嗜む者であれば、当然払うべき敬意だと思わないか?」
レツは妹に頭が上がらないタイプの兄だったので、彼女を引き合いに出されると分が悪いと考えて攻め口を切り替えた。
「いささか考え方が古いぞ兄貴。それを言うなら、ここはひとつ目上の者として懐の深さを見せるべきではないか?そもそも、同じ師範代である我々に、明確な上下関係など無いしな。」
しかしゴウも負けじと反論した。
「いやここは俺が。」
「いやいや私が。」
互いに攻め手を欠いた2人はそれでも引き下がらず、平行線の争いを続けるのだった。
いずれにせよ2人ともアクアと戦うつもりであるのに、なぜそこまで先に戦う事にこだわっているのかというと、アクアとは互いに手の内が読めない初見同士での試合がしたいからである。ゴウとレツの実力はほぼ拮抗しているため、先にもう一方の試合を見てしまうと、2人目の試合もおおよそ結果が読めてしまうのだ。できれば新鮮な気持ちで未知の強者との仕掛け合いを楽しみたいと考えるのは、技を磨き強くなることに命を懸けている格闘家たちの性分である。
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