第125話 セイランの誘拐事件調査とマリーの思惑

 魔王達が世界闘技大祭グラディアルフェスタへのエントリーのために出かけたので、工房には家主であるマリーとセイランだけが残されていた。


「さてと、セイランさんは私に何か用があるのかしら?あの子達が出掛ける様に仕向けたのは、2人だけで話したいことが有るからよね?」

 マリーは椅子に座ったまま帰る素振りを見せないセイランに問いかけた。本音を言えば、久々に再会した我が子達のために少し気合を入れて夕飯を用意するつもりだったので、買い出しに行きたいマリーとしてはセイランに早く用事を済ませて帰ってもらいたかったのだ。

「ああ、話が早くて助かるよ。実はここ数日の間に、亜人族の子供ばかり狙った誘拐事件が何件も起きていてね。私が別件で調査してたってのはその事件の事なんだ。それでまぁ、ここに来たのはさっき言った通り調査とは関係なかったんだけど、ことのついでだから話を聞いておこうと思ったのさ。何か知らないかい?」

 誘拐事件は世間的にはまだ事件としては認知されておらず、捜査本部及び調査協力を求められたセイランと、ついでにクリム達のみに知られている事実である。

「ええ、旅行客の子供が何人も失踪しているって噂は聞いていたし、国軍を動員した大規模な捜索活動もあったからね。ただの迷子では無さそうなのは知っていたわ。それと、うちにも失踪者を魔法で捜索する協力依頼が来たからね。ただ、その時は誘拐事件とは聞いていなかったわね。あなたは誘拐事件と断定しているみたいだけれど、何か進展があったのかしら?」

「そうだね。ちょいと事情が有って詳しい話はできないけど、誘拐事件なのは間違いないね。だからこそ部外者であるさっきの子達に話を聞かれたくなかったのさ。」

「そっか、それで2人きりで話したかったのね。」

 セイランは捜査本部とは独立して秘密裏に調査を進めているが、それは政府関係者の中に事件に関与している者がいる疑いが濃厚だからだ。事件の全貌が見えていない現状では、どこで犯人と繋がるか分からないので、セイランが事件の調査をしている事自体、あまり関係のない者に知られたくないのだ。犯人側からは特に要求が無く、今のところ誘拐された子供達も無事なようであるが、大統領がセイランに協力を求めた事が犯人側に伝わると、ともすれば子供達に危害が及ぶ可能性もあるので、あまり大立ち回りができないのだった。


「そういえば魔導士に調査協力を仰いだと聞いていたが、あんたの事だったのか。魔族であるあんたが魔法で調べたって言うなら、子供達が国外に連れ出されているのは間違いなさそうだね。人間の魔導士の魔法はちょいと信用に足らないから、もしかしたら捜索範囲に抜けが有って、実はまだ国内に居るのに発見できていないのかもと考えていたんだがね。」

 何度か言及しているが、人間はどちらかと言えば魔法が苦手な種族であるため、セイランはその精度をあまり信用していなかった。逆に魔族が扱う魔法はドラゴンのそれに匹敵する高度な物であるため、それなり以上に信頼を寄せていた。

「そうねぇ、実は私以外の隠れ魔族や人間の魔導士も捜索活動に参加していたから、私に割り当てられた捜索範囲は限られていたのだけれど、個人的に気になったから国内全域を調べてみたのよね。同時期に何人も、それも亜人の子ばかり居なくなるなんて、ただの迷子にしてはおかしいと思ったからね。結果としては何も見つからなかったわけだけど、捜索協力の依頼はそこで一旦打ち切られて、続報も無かったから気になっていたのよね。」

「なるほどねぇ。」

 セイランは他の協力者にも話を聞こうかと考えたが、思いのほか勘の鋭いマリーの話を聞く限り、これ以上の成果は得られそうもないだろうと思い直した。先にも述べた通り、セイランが調査している事をあまり多くの者に知られたくないからだ。リスクに対してリターンが望めない行動は控えたのだ。


 セイランは聞きたいことは一通り聞いたので、調査に戻ろうと立ち上がった。

「色々と参考になったよ。邪魔して悪かったね。」

「いえいえ。私も子供達がどうなったのか気掛かりだったから、話が聞けて良かったわ。」

 マリーも客人を見送るために席を立ち、2人は揃って玄関へと足を向けた。

「事件が解決したらまた話に来るよ。あんた、と言うか魔動機製作に興味が有るって子が居て、知り合いを紹介するって約束してたからね。まぁその時はまたよろしく頼むよ。」

 一応確認しておくとセイランが言うところの知り合いとはクリムの事だ。

「あなたの知り合いって言うとドラゴンかしら?」

「そうだね。本人を連れてきた時に改めて紹介するけど、あの子はかなり人間寄りの感性を持っている変わったドラゴンだから、あんたとは話が合うかもしれないね。」

 魔族社会からのはぐれ者で人間社会に生きている隠れ魔族の境遇は、ドラゴンでありながら人間である龍の巫女エコールの記憶を持っているクリムと似た物があるので、両者を知るセイランはその類似性から気が合うのではないかと考えたのだ。

「よく分らないけど面白そうな子ね。魔導機に興味が有るドラゴンと言うだけでも珍しいし、会えるのを楽しみにしておくわね。それと、無事事件が解決する事を祈っているわね。」

「うん。いざとなったら私も本気を出すから、子供達の無事だけは保証するよ。」

 セイランは玄関のドアに手をかけたところで、1つ気になる事があったので、マリーの方に向き直った。

「そう言えば気になってたんだけど、どうして私とさっきの子達を会わせようと思ったんだい?あんたの話によると、あの子達はドラゴンと関わりたくなかったんだろ?」

「あの子達とドラゴンの間に何があったのか、私から詳しく話す事はできないのだけれど、あの子はとあるドラゴンと戦って敗れた過去があるのよね。ただ、双方の事情を知っている私からすれば、それはお互いに誤解があったために起きた戦いで、言ってみれば不幸な事故だったのよね。あの子がドラゴンに苦手意識を持つのは無理もないと思うけど、ドラゴンの中にはあなたの様に話が通じる者も居ると知って欲しかったのよ。」

「ふーん?よく分らないけど、ドラゴンにもいろいろ居るからね。私個人としては魔族だからと無分別に襲うような真似はしないし、あんた達みたいに善良な魔族であれば仲良くするのもやぶさかではないよ。ドラゴンの中には縄張りに侵入したものを容赦なく焼き払う様な苛烈な奴もいるから、私を基準にされても困るけどね。」

「その辺はあの子達も充分知っているはずだから大丈夫よ。妙な話をしてごめんなさいね。」

「いや、気にしなくていいよ。聞いたのは私の方だからね。それじゃ、今度こそ本当に失礼するよ。またね。」

「ええ、またいらしてくださいね。今度はゆっくりできる時に。」

 ドアを開けて出ていくセイランに、マリーは手を振って見送った。


「さてと、色々準備しなくちゃね。」

 客人をすべて送り出し1人きりになったマリーは、魔王達が帰ってくるまでに夕飯や風呂の準備を済ませてしまおうと活動を開始したのだった。


 セイランとの会話でマリーが言っていた『あの子』とはもちろん魔王の事であり、『とあるドラゴン』とはクリムゾンの事だ。人魔大戦の開戦は魔王が望んだ事ではなかった偶発的な衝突が元であった事、そしてドラゴン達が大戦に介入したのも人間からの要請に従っただけで、ドラゴンが魔族に対して特別に敵対的感情を持っているわけではない事。マリーは双方の事情を知っていたため、魔王の苦手意識を解いておきたいと考えたのだ。

 魔王がドラゴンを避けて行動するのは、彼等の旅の目的からすれば特に問題がない様に思えるが、マリーの思惑はさらに先にあった。魔王がかつて人類との共存の道を目指していた事を彼女は知っていたため、魔王が完全に復活し魔族を再統一した後、恐らく魔族と人間との衝突が再度発生するであろうと予見される。しかし、その際にドラゴンと魔王との間に友好関係が築けていれば、かつての様に争いが混迷化する事を避けられるのではないかと考えたのだ。ドラゴンの中でも高い地位を持つセイランと魔王を引き合わせたのはそのためだ。

 絶縁状態の母が魔王の抱える問題に深く介入する事は、魔王の望むところではない事はマリーもわかっていたので、セイランと魔王の2人を引き合わせるお膳立てこそしたが、それ以降は口出しせずに黙って様子をうかがっていたのである。

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