第124話 交錯する思惑

「お待たせ。あいにくと今お茶請けを切らしているし、安物のお茶しかなくて申し訳ないけれど、どうぞ召し上がれ。」

「ありがとう。いただくよ。」

 セイランはそう言うと淹れたての熱いお茶をすっと一口飲み、その間にマリーは魔王達の空いたティーカップにお茶のおかわりを注いだ。

 マリーはセイランとは一応初対面であるが、さほど気を遣う様子もなく久々に会った知人くらいのノリで応対するのだった。

 彼女が生業としている魔動機製作業において、セイラン率いる青龍会やアラヌイ商会は様々な製品の大口発注を恒常的に出してくれる上客であるのだが、それと同時に魔動機の共同開発を手掛けるビジネスパートナーでもあるため、特殊技能や経験と知識を持つ職人であるマリーと組織との関係は対等と言える物だった。とは言え、取引先の最高責任者であり、世界的に強大な影響力を持つ四大龍のセイランを相手どりまったく物怖じする事なく、妙に馴れ馴れしい態度を取っているのは彼女の気質によるところが大きい。


 一息ついたところでセイランは質問を切り出した。

「さて、いくつか聞きたいことが有るんだけど、そうだね・・・。まずは先ほど感じた妙な魔力反応について教えてくれるかい?何か強力な魔法を発動している様子だったけど、何をしていたんだい?」

 魔王はセイランの事をまったくと言っていいほど知らなかったので、正直に答えたものか、適当に誤魔化すべきかと考えあぐねていた。

 その様子に気付いたセイランは言葉を付け足した。

「もうわかってるだろうけど私はドラゴンだから人間・魔族・他の種族も含めて、どの勢力に加担しているわけでもないし、あんた達が何をしていたのか人間達に告げ口する気はないから、その点は安心してくれていいよ。ただ異様な気配だったから個人的に何があったのか知っておきたいだけさ。」

 セイランが自身の立ち位置を明かし、歩み寄る態度を示したので魔王も少しばかり気を許し警戒を緩めた。そしてセイランの事を少なからず知っているマリーとチャットに意見を求めようと視線を送ったが、マリーはにこやかに会話を見守るのみであったし、チャットは熱々のお茶を冷ますのに夢中で話を聞いていなかった。いまいち読めない態度を取る2人だったが、セイランを警戒する必要は薄いのだろうと受け取った魔王は、ある程度正直に事情を話そうと決めたのだった。もちろん彼女が魔王であるという素性まで話すつもりはないが。

「あなたが言うさっきの魔力反応ってのはたぶん、と言うか間違いなく私が出した物だよ。長くなるから過程は省くけど、ちょっと昔のトラウマを思い出しちゃって、動揺したら発作的に封印魔法が暴発しちゃったんだ。今はもう治まったからなんともないよ。」

 魔王は肝心な部分は隠しつつ、概ね正直に事情を話した。

「なるほどね。特に何かしようとしたわけじゃなく、ただの魔法の暴発だって言うなら納得だね。こんな町中で人間に擬態している魔族がわざわざ魔力を解放する理由がないからね。」

 セイランは魔王の足元に散らばり蒸発しかけている砕けた魔力の結晶に気付いたが、彼女が知る限り結晶化した魔力による封印魔法などというものは存在しなかったので、魔族特有の魔法なのだろうかと一応気に留めた。しかし魔王の言葉には嘘がない様に見受けられたので、それ以上の詮索はしなかった。


「それじゃ次の質問だけど、最近人間達の間で魔族を見かけたって噂が立っているみたいなんだよね。人間達が言うところの魔族ってのは身体的な特徴が分かりやすく出ている真魔人ディアボロスを指しているはずだから、魔人デーモンであるあんた達と関係ないのは分かってるけど、何か事情を知らないかい?」

 フェミナは変身魔法を使って人間に化けている真魔人であるため、セイランの言葉にわずかに反応した。またシャイタンも同じくセイランの言葉に反応したが、その噂の魔族と言うのが最果ての島から出奔したシャイタンの知人の若い魔族達ではないかと思ったからであった。

 しかしセイランは魔王との会話に注力していたため2人のわずかな反応を気にしなかった。

「私達は今朝方国を出てきたばかりだから、人間社会での魔族達の動向はよく知らないよ。でもちょっと気になるからもう少し詳しく話を聞かせてくれない?」

 魔王は何も知らないという事実を正直に答えつつ逆に聞き返した。

「私も直接見たわけじゃないから何とも言えないんだけど、世界的に魔族の目撃情報が増えてるみたいなんだよね。特に人間を襲ったとか、何か壊したとかって話は聞いてないから、ただただ目撃されてるだけの様だけど、人間から見た魔族は明確な敵対種族で、しかも人間より遥かに強い力を持っているってのが定説だからね。不安に感じるのも無理はないさ。かくいう私も、彼らが世界情勢を乱すような、何か悪さを企んでるんじゃないかと疑ってるわけだけどね。」

「なるほど。」

 魔王は魔族と人間の関係性が、魔王が魔王として君臨していた当時とあまり変わりないと把握し、関係が悪化していない事にひとまず安堵した。魔王がシェンから聞いた話によれば、魔王が失墜した後、魔王軍から造反し離脱した幹部級の魔族達の動向は不明であったため、ともすれば彼らと人間との衝突により、以前より関係が悪化しているのではないかと危惧していたからだ。元から印象が悪いのでそれ以上評価の下がりようがないとも言えるが、魔族は基本的には利己的な性向が強い種族であるため、他種族から評判が悪いのはある程度仕方のない事である。

 魔王がセイランの言葉から色々と思考して押し黙ってしまったので、セイランはマリーにの方へと向き直った。

「えっと、たしかマリーだったかな。あんたは何か知らないかい?」

「そうねぇ。隠れ魔族同士であれば横の繋がりがあるんだけど、他の魔族達の事はあいにくとよく分らないわね。せいぜいあなたが言っていた通り、魔族の目撃情報が増えてるって人間の噂話を知っている程度よ。お役に立てなくてごめんなさいね。」

「いや、あんた達が何も知らないって事が分かっただけでも収穫だよ。ありがとう。」

 セイランは隠れ魔族達が一般的な魔族から見ればはみ出し者である事を知っていたため、実のところマリーが事情を知っているとは思っておらず、彼女の仮説を確かめるための質問だったのだ。


「さて、それじゃあ最後の質問だけど、あんた達がこの国に出てきた目的は何だい?あんた達は魔族の国から、もっと言えば人間達がまだ発見していない最果ての地にあると言われている、魔族だけが住む島から来たんだろう?」

 セイランの思わぬ言葉に魔王を始め、話を聞いていただけのフェミナとシャイタンも一時硬直した。魔王達は隠れ魔族の国ルインズオブルインの出身であると身分を偽っており、その設定に沿って会話していたつもりだったので、セイランが魔王達の本当の出自を看破していた事に驚いたのだ。

 セイランが魔王達の出自を見抜いたのは簡単な連想であることは先述した通りであるが、改めて確認しておくと、人間社会に住んでいる魔族であれば、四大龍であるセイランの存在を知らないはずがないからである。つまり魔王が四大龍をまったく知らないと言った素振りを見せてしまったのが、彼女達の出自を見破られた原因である。

 なお見た目だけなら幼い姿をしている魔王であれば、社会常識を知らなくとも無理はない様に思われるかもしれない。しかし魔族の長い寿命を鑑みれば、人間で言えば一桁台の外見をしていても既に数十年は優に生きており、一般的な人間の大人以上の知識を持っているのが普通なのだ。

 ところで、チャットは未だ熱いお茶と格闘し、ふーふーと息を吹きかけて冷ましており、セイランの言葉には特に驚いていないのだった。彼女はセイランが賢龍姫と呼ばれている事も知っており、呼び名の通り賢いという噂も知っていたので、魔王達の出自を見破られた事にもさして驚かなかったのだ。マリーも同様であり、魔王達3人が硬直するなかにあっても、やはりにこやかな笑顔を保ったまま落ち着いていた。

 そんな2人の様子を見た魔王は気を取り直してセイランと向かい合った。目の前のドラゴンはともすればならず者の様な見た目や言動をしているが、それに反して思慮深く勘が鋭い、一筋縄ではいかない相手だと感じたからだ。そして、下手な嘘はつかない方が賢明であろうと再度認識を改めた。

「あなたが言う通り、私達は最果ての島と呼ばれる魔族の住む土地から来たよ。旅の目的はいろいろ有るけど、この国に来たのはIDカード作成のためと、隠れ魔族と接触して人間社会の現状等の情報を得るためだね。それと当初の目的とは関係ない副次的な物だけど、この国で開かれる闘技大会に参加するつもりだよ。」

 魔王は自身の素性に関わる肝心の旅の主目的は隠しつつも、明かしても問題ない情報は素直に話し、先ほどまでより一歩踏み込んだ譲歩を見せた。

「へぇ、闘技大会に出るつもりなのかい?それならそろそろ日が暮れるし、出場登録に向かった方がいいね。知り合いの話によれば当日の飛び込み参加も可能みたいだけど、パンフレットとか頒布物の製作の関係があるから、できれば前日までに登録して欲しい所だからね。」

 闘技大会の開催にはアラヌイ商会が一枚噛んでいるため、その元締めをしているセイランはクリム達が大会参加を決めた事も有り、誘拐事件の調査のかたわら、少しばかり大会の日程や準備状況も確認していた。それゆえ主催者側の視点から魔王達にアドバイスを送ったのだった。

「そうなんだ?そう言う事なら登録に行って来ようか?」

 魔王は旅の仲間達に目配せした。

「そうですね。アサギさんとの約束もありますし、宿探しもしないといけませんからね。」

 シャイタンは魔王に同意しつつ別の用件を再確認した。

「宿探しがまだならうちに泊まったらどうかしら?今この家には私しか住んでないし、来客用の備えが有るから十分泊まれるわよ。」

 マリーが提案した。

「うーん?どうしようか?」

 魔王は旅の日取りを概ねチャットに任せていたので、彼女に意見を求めた。

「それならお言葉に甘えるにゃー。」

 チャットは答えた。

「それなら夕飯も用意して待ってるわね。行ってらっしゃい。」

 マリーはゆるくガッツポーズを取り、やる気をアピールしながら告げた。

「はい、いってきます。それじゃあ私達はこれで失礼するよセイラン。」

 魔王は母に応えるとともに、セイランにも別れの挨拶を掛けた。

「うん、急に邪魔して悪かったね。大会は私も見に行くと思うから、活躍を期待してるよ。」 

 こうして2人に見送られた魔王達はマリーの家を後にしたのだった。


 さて、セイランは魔王が肝心な部分を隠していると当然気付いていたが、元より彼女達から悪意を感じていなかったし、その受け答えからは可能な限りの譲歩と誠意が見られたので、話したくない内容をあえて追及するような真似はしなかったのだ。

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