第123話 魔王とセイラン

 マリーは突如襲来したセイランを魔王達が待つ工房へと招き入れたのだった。

「急に押しかけてすまないね。ちょっとばかり邪魔させてもらうよ。」

 セイランは先客である魔王達に突然押しかけた事を詫びた。

「と言うわけでこちら四大龍のセイランさんよ。」

「いや、どういうわけか分からないけど、龍って事はドラゴンなの?」

 マリーが諸々の説明を省いて雑な紹介をしたため、当然魔王には何が何やら分からなかった。

「四大龍はドラゴン種の頂点と言われるロード・ドラゴンの中で、さらに寄り抜かれた最強の四頭と言われていて、人間社会に対して大きな影響力を持っているみたいだにゃ。」

 ドラゴンの内情を知らない魔王達にチャットが簡単に説明した。

「ふーん。そんなに強そうに見えないけどすごいんだね。魔力を隠してるのかな?全然擬装してる様な感じはないけど。」

 魔王はセイランをまじまじと見つめたが、彼女が自然な佇まいで放っている魔力はせいぜい隣に立つマリーと同程度であり、到底最上位のドラゴンの物とは思えなかったのだ。

 ちなみにマリーは魔族としては極めて平均的な魔力を持っており、決して強い部類には入らない。とは言え人間に当てはめるならば高位の魔導士に匹敵するが、エルフやニンフ、セイレーンと言った魔法に長けた半精霊的な亜人種と比較すれば、人間社会においても然程飛びぬけた力を持っているとは言えない。

「私の魔力はこいつで弱く見せているんだ。自分で言うのもなんだけど、私が本来の魔力を放ってそこらを歩いていたら大混乱が起きちまうからね。」

 セイランは簪の先にはめ込まれた青い魔法石をトントンと指で叩いた。

「なるほど。魔法を使っている様子が無いから妙だと思ったけど、魔道具マジックアイテムの効果だったのか。」

 魔王は疑問が解消されて納得すると同時に、ロード・ドラゴンの魔力を違和感なく擬装する高度な魔法効果に驚嘆し、セイランの髪に差された簪を注意深く観察するのだった。

 ところで、魔力制御が得意な者であれば、魔法や魔道具に頼らずとも平時に身に纏う魔力を制御して弱く見せる事は可能である。これはクリムゾン一行が港町シリカの砂浜でセイランと出会った際にも少し話したことである。魔力制御および魔法による隠蔽は鋭い魔力感知能力を持つ者であれば違和感に気付くし、突発的な事態に反応して思わず魔力を漏らしてしまう恐れもある。スフィーが眠っている間は魔力を隠せないだろうと言っていた事や、魔王が魔力を暴走させてしまいセイランに察知された事はその一例だ。そこで意識せずとも魔力を自然に隠蔽できるのが魔道具のメリットなのだ。

 もちろん魔道具が万能なわけではない。あくまでも魔法効果による隠蔽なので魔王が魔力暴走を起こした様に、セイランがうっかり本気を出そうものなら魔法石による隠蔽効果を貫通して魔力が漏出してしまうのだ。また魔法石は魔法効果を発揮するに際して少しずつ蒸発しており、その効果は永遠に続くわけではない。セイランが身に着けている魔法石は、彼女が体内で魔力を凝縮して産み出した特別な物であるため、短い人間の寿命からすれば、その効果は永遠に失われないのと同義であるが、通常用いられる魔法石はサイズによってまちまちではあるが、その効果持続時間は概ね数年程度である。

 さらに補足しておくと、通常の魔法石はセイランが行ったように生物の体内で精製する方法の他に、特殊鉱物を職人が加工する方法によっても作られる。前者はイメージ的には真珠を作るアコヤガイと同じであり、主に貝や小型生物を利用して養殖されている。養殖技術は人間によって長い年月をかけて研究されてかなり体系化されており、魔法石の核となる物質を変更したり餌や生育環境を管理する事によって、現在では様々な魔法効果の魔法石が得られる様になっている。なお養殖によって得られる魔法石は廉価である物の品質は低く、効果時間も短い傾向がある。次に後者の特殊鉱物を加工する方法であるが、これはドワーフやノームと言った鉱山ゆかりの種族達が協力し、長い年月をかけて編み出した技術であるため、人間や他の種族が習得する事は極めて困難で、基本的には彼等に依頼するしかない。彼等の作る魔法石は養殖物より効果が高く持続時間も長いが、それに比例して非常に高価である。


 さて、脱線してしまったので話を戻そう。

 魔王達と会話していたセイランはわずかなやり取りから、彼女達の大体の事情を把握していた。人間社会で生きている者であれば四大龍を知らないはずがないし、隠れ魔族であるマリーの知人と言う事も有り、彼女達が辺境の地にあると言われている魔族が住む島からやって来た異邦人であると見抜いたのだ。

 また魔王達が魔力を擬装して弱く見せている事も看破していたが、フェミナの掛けた擬装魔法はかなり高度であったため、擬装している事自体は見抜けても、本来の魔力がどれ程であるかまでは分からずにいた。セイランの目をもってしても完全には見破れない擬装魔法の使い手となれば、それだけでも相当に強力な魔族であると暗に示していたし、先に感じた魔王の暴走魔力の件も鑑みれば、普通の隠れ魔族ではないと容易に想像がついたが、ともあれ彼女達の言動や容姿、セイランの正体を知った際の魔力の揺らぎ等も含めて総合的に判断した結果、セイランは彼女達から邪な物を感じなかったので、ひとまず敵対する心配は無いだろうと警戒を緩めた。


「魔力を隠しているのはお互い様だろう?おおよその予想はついてるけど、あんた達何者だい?」

 セイランの言葉に魔王・フェミナ・シャイタンの3人は互いに顔を見合わせ、フェミナの掛けた擬装魔法にほころびがないと確認し合った。

「母さんはこの人?と言うかドラゴンとはどういう関係なの?」

 とりあえずセイランの立ち位置が不明であったため、魔王は彼女を知っているであろうマリーに説明を求めた。現在魔王達は人間に擬態して活動しているので、適当に話を合わせてもよかったが、どうやらセイランには正体が見破られている様子であるし、ドラゴンとの衝突は避けたいと話していた矢先の出来事であったため、慎重を期したのだ。

 セイランは質問を無視された形になるが、魔王達の事情を鑑みれば仕方無いので特に気にしてはいなかった。

「セイランさんとはさっき初めて会ったばかりね。まぁ彼女の眷属とは仕事で縁があるし、この家の前の住人は彼女と知り合いだったから、知人の知人って感じかしら。ちなみに彼女は私が魔族である事は知っているわよ。」

「あっ、そうなんだ。ふーん。」

 魔王は不用意にマリーの事を母さんと呼んだ事を少しだけ後悔した。先述の通りセイランには魔王達が魔族であるとほぼ看破されているのだが、その疑惑を裏付ける証拠を魔王は自ら提示してしまう形になったと気付いたからだ。

「ところでセイランさんはお時間に余裕はあるのかしら?」

 マリーが尋ねた。

「そうだね。さっきも言った通り私はとある事件の調査の最中なんだけど、あなた達に聞きたい事も有るし、少しなら時間を取れるよ。」

「それなら立ち話もなんですし、腰を据えてお話しましょう。お茶を淹れてくるから好きな席に掛けて待っていてちょうだい。」

 マリーは言うが早いか、セイランの返事を待たずに台所へとパタパタと早足で行ってしまった。

 残された魔王達とセイランはお互いよく分らない状況であったため、妙な空気感になってしまったが、セイランはひとまず言われた通り着席してマリーの帰りを待つのだった。

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