第110話 クリムゾンの紅茶 深紅茶
大統領とセイランが出掛けてから程なくして、隠れ家探検をしていたシュリとアクアが広間へと帰ってきた。
「ただいまっす。」「ただいまー。」
「おかえりなさい2人とも。何か見つかりましたか?」
楽し気に帰還した2人をクリムが出迎え、探検の成果を聞いた。魔力感知により2人の行動はすべて把握していたクリムだったが、彼女達の遊びに水を差さないための一種のロールプレイである。
「そうっすね。特に面白いものは無かったっすけど結構広いから楽しめたっすね。」
「屋根裏部屋と地下室があったよ。」
2人は思い思いに探検の成果を報告した。
「そうですか。楽しかったみたいでよかったですね。」
2人が言いつけを守りその辺の物に勝手に触ったりしなかったので、クリムは報告を終えた2人の頭を優しく撫でるのだった。
「ところで旦那は何食べてるんすか?」
シュリはクリムゾンが食べているクッキーに食いついた。
「クッキーと紅茶だよ。」
「美味しそうっすね。俺も食べたいっす。」「じゃあ私も。」
シュリは探検で歩き回って少し体力を使ったので小腹がすいて喉が渇いていた。そしてアクアはつい先刻までは食事に興味が無い様子だったが、シュリを真似してクッキーに興味を示したのだ。
アクアが精神年齢の近いシュリと本当の姉妹の様に行動することで、元々興味のなかった物に興味を示したり、他者との関わり方を学んだりと、彼女の成長に良い影響が有る事をクリムは感じていた。クリムはアクアの実の姉ではあるがその精神は既に成熟しており、幼いアクアと共に本気で遊ぶことはなかなか難しいので、シュリが仲間に加わってくれていてよかったと内心思うのだった。
クリムが物思いにふけっていると、クリムゾンが意外な行動を始めていた。
「2人ともクッキーと紅茶が欲しいの?」
「欲しいっす。」「うん。」
「それならぼくが紅茶を淹れてあげるよ。この家の食料は自由に使っていいって言ってたし。」
なんとクリムゾンは2人の紅茶を自ら用意すると言い出したのだ。
戦いにしか興味が無い戦闘マシーンの様であった彼女が、わずかでも創造的な行動を起こすのは、クリムゾンの記憶を受け継いでいるクリムにとって他の者達が考えるより遥かに意外な事であった。クリムはクリムゾンの思考や心情を誰よりも理解していると自負していたのだが、ここ数時間余りの彼女の行動はクリムの想像を良い意味で裏切り、精神的な成長を果たしていたのだ。それもひとえに我が子を産み母となった事に起因する成長であるが、元はと言えば彼女の年齢にそぐわぬ精神の幼さは、その出生の特殊さによって家族や友人と普通に関わる機会を得られなかったのが原因であるため、(比較的)普通の家族関係を手に入れたのを機に急速成長を果たしているのは自然と言える。
クリムが驚いている間にクリムゾン達はキッチンへと移動し、クッキーを用意し紅茶を淹れ始めていた。
「旦那紅茶なんて淹れられるんすか?」
「さっきおっさんから美味しい紅茶の淹れ方を聞いたし、実際に淹れてる所も見てたからね。初めてだけどできると思う。」
クリムゾンはそう言いながら魔法で熱湯を産み出しティーセットに注いだ。まずは茶器を温め、お茶の温度が下がらない様にするための下準備である。そして一旦注いだ熱湯を流しに捨てると、ティーポットに茶葉を投入し再び魔法で熱湯を産み出して注ぎ込んだ。その後ポットに蓋をして茶葉を蒸らし3分ほど待った後、茶こしの網を通して先ほど温めたティーカップへと紅茶を注ぎ込んだ。
「よしできた。」
「おお、よくわかんないっすけどいい匂いっすね。」
シュリは完成した紅茶の匂いを嗅ぎその芳醇な香りを楽しんだ。彼女は紅茶をそもそも飲んだことが無いので、今しがたクリムゾンが淹れたそれが正規の紅茶であるかどうかさえ定かではなかったのだが、だからこそ先入観なしに直感的な素直な感想を述べたのだ。
「紅茶だけだと苦いからクッキーと一緒に食べるといいよ。」
クリムゾンは先刻クリムから教わった事をそのまま受け売りで伝えた。
「分かったっす。いただきます。」「いただきます。」
シュリとアクアは揃ってクッキーを齧ると熱々の紅茶を少し口に含んだ。
「おお、たしかに美味しいっすね。」
「甘くておいしい。」
「よかった。うまく淹れられたみたいだね。」
そう言うとクリムゾンも自分用に淹れた紅茶を飲んだ。
「あれ?なんか味が違うかも。」
クリムゾンは先ほど大統領が淹れてくれた紅茶と自分の淹れた物の味が違う事に首をかしげた。
「私も飲んでみていいですか?」
黙ってクリムゾン達の様子を伺っていたクリムが声を掛けた。
「うん、いいよ。」
クリムゾンは自分のティーカップをクリムに渡し、クリムはすっと一口紅茶を飲んで吟味した。そしてほどなくして口を開いた。
「なるほど。これは水の違いですね。」
「水?どういう事?」
「あなたは魔法で水を産み出していましたから、その成分は限りなく純水に近い軟水なんですよ。一方大統領が淹れてくれた紅茶には冷蔵庫に保存されていた水を沸かして使っていましたから、あれは恐らく紅茶用のミネラル豊富な硬水なのでしょう。ほんのわずかに含まれる成分の違いですが、それらが茶葉の成分と反応して色や味に変化を与えているんですよ。」
「そっかー。魔法で出した水だからダメだったのか。」
クリムゾンはクリムの解説を受けて少し肩を落とした。
「いえ、ダメと言う事はないですよ。あなたが淹れた紅茶は苦みが強く、色はより鮮やかな深紅色になっていますね。ストレートで紅茶だけを飲むには少々硬い味ですが、甘いクッキーとはよく合いますし、お茶請けと一緒であれば反ってこちらの方がよいかもしれませんよ。人によっては苦い方が好きな場合もありますしね。」
「そうなのかな?」
クリムゾンはクリムからティーカップを返してもらうと、クッキーを齧りながら再度自分の淹れた紅茶を飲んだ。
「あっ、たしかにクッキーと一緒なら美味しいね。」
クリムゾンはがっかりした様子から一転しパッと笑顔を取り戻したのだった。
「その色も相まってさながら
クリムはきりっといい顔でクリムゾンの淹れた硬水紅茶に名前を付けた。
「何言ってんすか姉御?」
「かっこいいでしょう?」
シュリはクリムのネーミングセンスに思わずつっこんだが、クリムはふざけているわけではなく大真面目なのだった。
「かっこいい!」
そして実妹でありアクアはクリムに賛同し、当のクリムゾンも特に気にしていない様子であった。
それはドラゴン同士のシンパシーか、あるいは血の繋がりのなせる業か。いずれにせよ彼女達母娘のセンスは常人の物とは一線を画しており、比較的人間寄りの感性を持っているシュリからすると異様に感じられたのだ。
クッキー並びに
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